最初に会った日の夜、私は想像したのだった。パソコンの前に誰か座ってて、その人がそこからくまを動かしている。その人はずっとそこにいるわけじゃなくて、仕事が終わったら帰っていく。そんな光景を。


 だから異世界人はこの世界と、なんといえばいいのか――接続しているときと、そうじゃないときがある。気がする。パソコンの前にいるときと、いないとき。私はそれがうっすらと分かるようになっていた。今は「いない」んだな、とか、今は「いる」な、とか。


 だからくまも私が部屋にいないときは接続を切って別のことをしているのかもしれない。だからそんなに退屈じゃないのかもしれない――けど、それはさておき、別の光景というのも見たくないのかな。


「本当は学校にぬいぐるみを連れていくなんてほめられたことじゃないんだけど」


 私はくまに言う。続けて、


「でも合唱コンクールの日ならいいんじゃないかな、と思う。この日って、みんな自由だし」


 舞台となる講堂は狭くて全校生徒が入れないので、好きなときに好きなメンバーで自由に聴きにいってよいことになってる。自分のクラスの出番にちゃんと参加さえすれば、後は全くの自由。出番以外で講堂に足を運ばなくても、それで怒られることはないし。


 だからみんな好きなところで好きなことやってる。さすがにすごくはめを外したら怒られるだろうけど……ぬいぐるみを持ち込むくらい全然オッケーだと思う。


「ね、行こうよ」


 私はくまに言った。くまは迷っているようだった。何故なのだろう。


「嫌なの?」

「そういうわけでもないが」


 くまはそう言って、いったん言葉を切って、けれどもようやく重い腰を上げるように口を開いた。


「……わかった。じゃあ行ってみよう」

「わーい!」


 くま連れていくの、なんか嬉しい! 私が今までしゃべってきた学校を、実際に見せることができるのがなんだか嬉しい。いいとこなんだよ、って自慢したいんだ。そこでふと思うことがあって、私はくまに尋ねた。


「そっちの世界はどんななの?」


 くまが、その中に入ってる人がいるところ。こことは違うのかな。それとも似てるのかな。


「それは――」


 言いかけて、くまが言葉を濁した。さっきから、なんとなく歯切れが悪い。


「いいところ……だよ」


 くまは言った。「すごく、綺麗なところだ。美しくて――」


 そこでまた言葉が止まった。あまり語りたくない事情があるのかもしれない。


「行ってみたいなあ」


 異世界。だって、わくわくするじゃない? くまはなんだか隠しておきたいことでもあるみたいだけど、でも私は知りたいよ。


 くまが本当に奇跡のように美しいのかも気になるし。


「それは無理だろう。私だって、本来の身体でこちらの世界に行くことはできない」


 くまは即座にきっぱりと否定した。それは残念。なんだか来てほしくないかのようだけど。……奇跡のように美しいが、真っ赤な嘘でそれをばらしたくないから、……ではないと思うけど。


 行けないのだとしたら、他に。私は別の案を考えてみた。


「じゃあ、何かそっちのぬいぐるみにでも入って、こんな風にコンタクトをとるとか!」

「それも無理だろう」

「ええー」

 

 私がくまのいる世界をのぞくのは不可能なようだ。そっちはこちらの世界を見ることはできるのにさ……。なんだか不公平な気がする。


 私は頬杖をついて、ペンを手に取った。魔法少女になって幾日か経つけれど、知らないことはまだまだある。くまは少し秘密主義なところがあるし。たぶん教えてくれないだろうなってことがたくさんあって、きくのをためらうこともある。


 今も一つ、気になっていることがある。


 先日のことだ。私と瑞希がちょうどこの家にいたとき、敵の気配がした。居間からだった。変身して居間へ。足を踏み入れたとたん、雪の世界に取り込まれた。


 景色から、居間に飾られてるスノードームの中に入ったんだなというのがわかった。敵は雪だるまで、私と瑞希はそれをやっつけてそこから出たのだけど……スノーボールの世界で、私は不思議なものを見たのだった。


 それは人影。誰か、人間の姿。


 敵かと思ったけれど、そうではなかった。雪だるまをやっつけると異空間は消えたのだ。


 異空間に入ることのできる人間。とすると私が見たものは魔法少女? 私たちの先輩にあたる魔法少女がまだ同じ学校にいるのだから、ひょっとして、その人?


 そんなこを考え、瑞希と一緒に居間に立っていると、ほたるちゃんが帰ってきた。すごく――タイミングよく。


 私は以前、ほたるちゃんも魔法少女なのかな、って思ったことがある。だって、私のくまのぬいぐるみとほたるちゃんのうさぎのぬいぐるみはどちらもお母さんが作ったものって、共通点があるし……。ううん、だからといってほたるちゃんが魔法少女であるという証拠にはならないけど。


 そのことを後で瑞希に話したら、瑞希は人影など見ていないと言っていた。ひょっとすると私の見間違いだったのかもしれない。でも――と思っていると、瑞希が言った。


「きいてみればいいじゃない」

「誰に? 何を?」

「ほたるちゃんに。あなたは魔法少女ですか、って」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る