「それで、敵はどこに……」


 瑞希が言いかけると、かすかな足音が聞こえた。私たちはそちらのほうへと顔を向ける。


 そこにいたのは――篠宮さんだ。


 崖っぷちに、暗い空を背景に、風に髪をなぶられながら、篠宮さんが立っている。変身して魔法少女の姿をしている。篠宮さんは私たちを見て、はっと、身を強張らせた。


「みんな……」


 両手を胸の前で組み合わせて、小さな声で篠宮さんが言う。「――図書室に用があるというのは嘘で、みんなと顔を合わせるのが気まずくて、でも魔法少女をやめることみんなに了承してもらいたいから、きちんとまた話もしたくて――どう声をかければいいかわからずにそっと後をつけてたんだけど、みんなが変身するから、私もつい変身してしまって……」


「篠宮さん! そこ危ないよ! もうちょっとこっちに来て!」


 私は注意したけど、篠宮さんは聞いてないっぽい。篠宮さんは硬い声で言った。


「また、変身してしまったけれど、私はやっぱり魔法少女にはなれないから……!」

「いや、それは後で話そう。今は敵をやっつけてここから出ようよ」


 瑞希が冷静に言う。沢渡さんは空を見上げた。


「雨でも降りそうだしね」


 二人は冷静なんだけど、沢渡さんはちっともそうじゃなかった。とにかく言いたいことがいっぱいあるみたいだった。


「石を返したいの! 一瀬さんには断られてしまったけど、でも、私……」

「あ、あのね、篠宮さん!」


 私は大声で言った。「篠宮さん、勘違いしてる」


「何を?」


 低い声で、篠宮さんが私に尋ねた。


「――篠宮さんは運動神経が悪くて私たちの足を引っ張る、っていうけど、でも違うの。魔法少女になれば、いつもの運動神経なんて関係なくなるの。くまがそう言ってた。自分は上手く動けるんだって、そう思ってそこに自信があれば、ちゃんと思った通りに動けるって」

「自信……」


 篠宮さんは呟いた。視線を落として。小さな声で言葉を続けた。


「私には……自信なんてない……」

「そんなこと……ないでしょう?」


 いや、そんなふうに言うだろうなって思ってたけど。篠宮さんは目を上げ、私のほうを見て、はかない笑顔を浮かべた。


「私は不器用でできないことばかりで。私に得意なものなんて……何もないもの」

「い、いや……。ピアノが得意じゃない!」


 そう、ピアノ! 上手だった。みんなうっとり聴き惚れてた! なのに篠宮さんはたちまち否定してしまう。


「あんなのはただ、少し弾ける、にすぎないもの。プロになれるほど上手いわけじゃない」


 プロって……。いや、ピアノ習ってる人って、みんなプロを目指してるのか? もっと、楽しければそれでいいような……。ううん、でも、ここはもっと篠宮さんの得意なことをあげていかねば!


「……えっと……」


 得意なこと……なんだろう……。……そうだ!


「真面目で頑張り屋さん! が、篠宮さんのいいところ!」

「それは性格……。得意なところじゃない……」

「あー! じゃあ、努力するのが得意!」

「そういうの、得意っていうの? それに私、そんなに努力家じゃない……。今も魔法少女になるのをこうやって諦めようとしているし……」


 も、もう!! じゃあ、なんて言えばいいのよ! 私は頭をフル回転させた。そして大いに回転させた末、思ってもなかったような言葉が出てきた。


「篠宮さんは……顔がいい!」

「え?」


 篠宮さんが面食らう。そうだろうな。私ももはや何を言ってるんだかよくわからない。


「顔がいい! 美人! これはすごくいいことだよ! 羨ましいし!」


 もはや得意なことでもなんでもないけど。私は一生懸命褒めた。だって少しでも自信を持ってもらいたいから……! このネガティブなやりとりを終わらせたいから!


「それは……」


 篠宮さんは言葉を探す。迷うように。一瞬の沈黙の後、篠宮さんは言った。


「それは……そうね」


 あ、否定しないんだ。そこは。


 私が黙っていると、篠宮さんは少し視線を逸らし、やや照れくさそうに付け加えた。


「鏡を見るの、好きなの私……」


 そうなんだ。それはよかった。


 すっかり次に言うべき言葉を見失っていると、横から瑞希が出てきた。そして篠宮さんに近づき、強い調子で言う。


「結局、あなたはプライドが高いのよ!」

「プライドが高い……? 私が……?」


 篠宮さんは衝撃を受けた顔で瑞希を見た。瑞希は背の高い篠宮さんを見上げて、


「そう! 自信のなさはプライドが高い反動なの! プライドが高くて、美人な私にはそれに相応しい中身がともなっていないといけないと思ってるから、不器用な己を許せないのよ!」


 瑞希がきっぱりと言い放った後、今度は沢渡さんが動いた。近づいて、そっと篠宮さんの肩に手を置く。いたわるように。


「篠宮さん、あなたはそれほど大した人物じゃないの」


 沢渡さんが言う。口調がすごく優しい。言ってることはちっとも優しくないけど。優しい声で沢渡さんは続ける。


「それを受け入れて。得意なものがないんだとしても、それが自分なんだと」

「それが……私……」


 篠宮さんが心を揺さぶられたように呟く。二人の言葉が彼女にとても感銘を与えたみたい。……って、感銘を与えるような言葉か?

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