8
廊下の隅、あまり人の来ないところで二人に先程あったことを話した。それから、くまが言っていたことも。石が魔法少女を選ぶということ。
「じゃあ、やめようと思えばやめられるんだね?」
瑞希が言った。
「そうみたい。ただ後任の問題はあるけど。でも私は篠宮さんにやめてほしくない」
「それは私もそうだけど……。でも……」
手すりに腕を乗せて、瑞希は難しい顔をした。風が瑞希の髪を揺らす。空が暗い。今日は朝から厚い雲に覆われてるのだ。風は少し湿り気を含んでいて、今にも雨が降りそうだ。
瑞希は空を見上げ、続けた。
「でも、本人の意思を尊重したいよ。強制はできないんじゃない?」
「それは――そうなんだけど……」
無理やり、は私も嫌だ。沢渡さんはどう思っているのだろう。私は沢渡さんを見た。
私の気持ちを察して、沢渡さんが口を開く。
「敵と戦うのは危険なこともあるでしょ? だとしたらますます強制はできないよね」
「……うん……」
渋々と私は頷く。危険なこと。敵との戦いは今まで楽しいことだったけど、でもほんとは恐ろしいこともあるんだって、この前の戦闘で初めてわかった。でも。私は二人に言う。
「でも、くまが助けてくれるって言ったから。だからそんなに危険じゃないよ」
「ほのかはやたらあのくまを信じるね」
瑞希が呆れた声で言う。
「だ、だって、マスコットキャラと魔法少女の絆って大事なもので……」
「それは知らないけどさあ」
……くまは嘘を言ってるのだろうか。そんなことはない……と思うけど、それをはっきりと主張できる根拠もない。でも、普通、魔法少女ものにおいてマスコットキャラって私たちの大切な味方で仲間じゃない!?(そうじゃないこともあるかもしれない)
いや……とりあえずくまのことは置いといて。今は篠宮さんだ。彼女のことをまずなんとかしなくてはいけない。
昼休み、私は篠宮さんを素早く捕まえた。
「一緒にご飯食べよ!」
だって、いつもそうしてるし。篠宮さんはなんだか私たちと接するのをためらっているみたいで、休憩時間もずっとこちらに近寄ってこなかった。でもご飯は一緒に食べたいよ。
戸惑う篠宮さんを私たちの席まで連れていって。机をくっつけて、瑞希がおいでおいでしてる。隣には沢渡さんも。いつもの、今までと同じ昼食が始まる。
魔法少女の話題は一切出なかった。最初、篠宮さんは口数が少なく、表情も固かった。でもそのうち、雰囲気が和らぎ、少しずつしゃべるようになった。瑞希や沢渡さんが話すのは、魔法少女とは全然違う、先生のこととか授業のこととか最近の流行りについてのこと。篠宮さんは話を合わせ、少し笑みも浮かべた。
雨はやっぱり降ってきて、今も外は雨。かわいらしい雨じゃない。どしゃぶり。教室は暗い。でも私たちは笑いながらお弁当を食べていて……。
篠宮さんが魔法少女じゃなくても、こんな風に友達でいられるんだな、っていうのはわかる。わかるんだけれども……。
――――
雨は下校時間には止んだ。私と瑞希と沢渡さんで(今日は文芸部はないみたい)一緒に下校する。
雨は止んだけど雲は重くて、あちこちに水たまりがある。私たちはそれを避けながら歩いていく。篠宮さんも誘ったんだけど、図書室に用があるとかで、私たち三人だけ。
結局……。石を返されるのは阻止したけど、状況は何も昨日と変わってないわけだし……何も解決していないんだけど……と思っていたら、ふと、嫌な予感が走った。
注意深く辺りを見ると、きらきらと光るものが目の高さを飛んでいった。それは体育館の裏へと姿を消す。私は他の二人と目を合わせた。そして一緒にそれを追う。
体育館の裏とは都合がいい。ここなら人気がなくて変身しやすいから。
やらなくちゃいけないことはわかってる。変身して、さくっとそれをやっつけてしまおう!
――――
「い、いやあ~~!!」
変身して異空間に入って。その途端、目のくらむような光景が待っていた。目のくらむ、といっても、美しさでとかではない。恐怖で。
崖っぷちに私は立っていた。海に面した高い崖。暗い空と暗い海。弾ける波しぶき。
私のはるか下に海面があって、崖にしきりに波が打ち寄せていた。天気は悪くて風が強い。波も荒いのだ。
私は大急ぎで崖っぷちから撤退した。怖い! 足が震えるよ! 崖の上は芝に覆われてて、私は転がるように、もう十分大丈夫だというところまで下がる。
「どうしたのよ」
瑞希が言って、ゆっくりこちらに近づいてくる。沢渡さんも。
「私、高いところ嫌い!」
きっぱりと言うと、瑞希は笑った。
「二階の窓から跳び下りたじゃない」
「ここ、二階どころの高さじゃないよ!」
その五倍くらいある! ううん、もっと、高層ビルくらい高いかも! ……いや、そこまではないかな? でもそれくらいある! 気がする。ともかく下を見ると眩暈がするんだもん!
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