「……私……」


 篠宮さんの声が聞こえた。青ざめて、動揺している。落ち着かない目で、私に謝った。


「ごめんなさい……。私が……私の風のせいで……」

 

 確かにあれがなければ炎がこちらに来ることもなかったような気もするけれど、私は首を振った。


「ううん。私が転ばなければよかったんだし」


 だから結局は私のドジのせいとも言える。けれども篠宮さんは納得しなかった。


「……でも、私が……」


 そう言って篠宮さんは少し後ろに下がった。その際、足に何かが触れたらしい。音がした。見てみると、床に裁ちばさみが落ちている。私のだ。


 篠宮さんがそれを拾おうと身をかがめ、そして触れる直前で、恐ろしそうにその手を止めた。私が素早く横からはさみを拾った。これは早々に片付けてしまうに限る。


「――私……、やっぱり魔法少女なんて無理」


 篠宮さんが、止めていた息を吐き出すように言った。私は驚いて彼女を見た。


「え、なんで……」

「私はどんくさくて、運動が得意でないし……。きっとこれからもみんなの足を引っ張るだけ。迷惑をかけるのはわかってる。だから――私にはできないの! お願い、誰か別の人を探して」


 え、ええー……。急になんてことを言い出すの。篠宮さんの顔はひどく真剣だ。




――――




 それから、私たちは一緒に下校した。篠宮さんは魔法少女をやめると言い張る。私はそれをなだめる。瑞希と沢渡さんは口数が少ない。


 疲れた気分で帰宅して、この件をくまに報告した。


「やめる?」


 くまも驚いている。私は頷いた。


「ねえ、魔法少女ってやめることができるの?」

「……そういった話も聞いたことはあるような……」

「できるんだ?」

「聞いたことがあるだけだ。実際によくあるわけではない」

「篠宮さんがやめちゃったらどうなるの? 緑の石は?」

「石が自分の持ち主を選ぶのだよ。だから、彼女が魔法少女になることを拒否すれば、石がまた新たに魔法少女に相応しい人物を選ぶだろう。おそらく。……そういうことになると思うが……」


 くまの言葉は曖昧だ。例が少なくて、くま自身もいまいちわからないことなんだろう。


 私は本棚からくまを抱き上げ、ベッドの上に置いた。私もその隣に座る。


「でも石は今まで何も反応しなかったんだよ。それが転校生がやってきて」


 また転校生がやってくるのを待つのかなあ……と思う。転校生ってそんなにちょくちょく来るものなのかな。


「でも面白いね」私はくまを見て言った。「石が魔法少女を選ぶんだ」


 くまが選ぶのかと思ってた。くまとその仲間たちが。


「そう。石が彼女らに力を与えるわけなのだし」

「石に意思があるの?」


 石の意思。ダジャレみたい。


「そういうわけでもないのだが……」

「緑の石はきっと好みがうるさいんだ」


 私はベッドにひっくり返った。散々ねばって、せっかく美しい魔法少女を見つけたというのに。捨てられようとしている緑の石。ちょっとかわいそう。


「しかし、ともかく、困ったことだよ」


 くまはため息をついた。「私の管理能力が劣っているのだと思われるよ」


 誰に? 仲間たちにかな。そもそもくまはそんなに私たちを管理しているというわけでもないけど……。


 私も困る。くまだけじゃなくて。また緑の石を持ってうろうろしなければならない、というのも困るけど、篠宮さんが魔法少女じゃなくなってしまうというのが悲しい。寂しいし切ないし、やっぱりとにかく、困る。


 せっかく、仲良くなれたのに……。これから楽しく一緒に魔法少女活動(?)を続けていくつもりだったのに……。


 篠宮さんの真面目な性格を思い出す。それは長所であるけれど、こういうところでも深く真面目に考えてしまう人なんだ。


 私はくまに言った。


「運動が苦手だから、みんなに迷惑かけるだけって、篠宮さんは言ってた」

「実際の運動神経と魔法少女としての身体能力は関係がないのだよ。ほのかだって、普段はできないことが変身をするとできるようになるだろう? 二階から跳び下りたり。それと同じことで、魔法少女になれば、実際よりもうんと早く走ることも高く跳ぶこともできる。ただ――それは、そういったことができるのだ、という自信がなくてはいけない」

「自信――」


 自分には得意なものが何もない――前に、そんなことを言ってたっけ。篠宮さんに自信をつけさせる……のは、なかなか難しそうだ。


 私もため息をついた。


 翌日学校で、私はたちまち篠宮さんに捕まってしまった。朝の、まだホームルームが始まる前の教室で。私が机にかばんを置いた途端だった。


「石、返すね」


 思いつめた表情で、篠宮さんは言う。私は慌てた。待って! 返すって! ほんとに魔法少女をやめる気なの?


「だ、だめ!」


 うろたえつつも、私ははっきりと言う。「だめ! うけとらないから!」


「でも……。私が持ってても仕方がないでしょう?」

「仕方なくないよ! とにかくそれは篠宮さんのだから!」


 私の断固たる拒否に、篠宮さんは諦めて自分の席に戻った。私は瑞希と沢渡さんのところに行き、二人を誘って廊下に出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る