天井がばりばりと破られようとしていた。細い手が天井をはがしていくのが見える。手は大きい。私たちがハムスターサイズなら、あちらは人間サイズくらいある。でも人間の手ではない。毛は生えてないけど……何か獣の手。


 手の持ち主の顔が次第に見えてくる。こちらは灰色の毛に覆われている。尖った鼻先。ぴんぴんと伸びるヒゲ。つぶらな瞳。丸くてかわいらしい耳。


 ……これは……知ってる。ねずみだ。


 巨大なねずみが天井をひっぱがして、私たちを見下ろしてるー!




――――




「た、食べられる―!」


 私は思わずそう言ってしまった。だって、今の私たちはあのねずみにとってのねずみサイズだし! ん? なんだか意味がよくわからないけど、でも、あのでかさの生物なら、私たちをひょいと捕まえてばりばり食べてしまいそう!


 私たちは逃げた。沢渡さんも、回し車を捨てて。でも、すぐ壁にぶち当たってしまった。白い壁が、私たちを取り囲んでいる!


「どうすれば……」


 私は壁を押して途方に暮れた。と、その時、瑞希が動いた。片足を上げて、思いっきり壁を蹴ったのだ!


 壁が倒れていく。……意外と脆いものだったのね。


 魔法を使わず物理で解決して、私たちは外に出た。箱の外は古い建物内のようだ。講堂っぽい……けど、私たちが小さすぎて全容がよくわからない。


 ねずみが私たちを目で追う。幸い、動作は遅いみたい。私たちは逃げ、でも、逃げてばかりではいられないことに、すぐに気づいた。


 ねずみの手が私たちに伸びる。つ、つかまる! と思った瞬間、地面が揺れた。ねずみが驚いて、その手が止まる。そこにすかさず、暴風がねずみを襲う。ねずみは怯えたように身を縮こませる。


 沢渡さん、楓ちゃんときて、次は瑞希だ。瑞希が特大の水の球をねずみに打ち込んだ。すると、ねずみが溶けるようにその形を失っていく。




――――




 私たちは元の講堂に戻っていた。今回も手際よく、一件落着! でも……。


「私、何もしてない!」


 魔法なんにも使ってない……。せめて、壁を蹴る役目が私だったら。というか、最近あまり活躍していないような気がする。このままではよろしくないな。いらない魔法少女になってしまう……。


「次回、頑張ってね」


 瑞希が私の肩を叩きながら言う。


「うん……。どこかでまとめて、こう、一気に大活躍を……」


 その時、講堂の出入り口から声が聞こえた。


「あなたたち、まだいるの?」


 後藤先生だった。「もう次のクラスが来てるわよ」


「は、はい!」


 私たちは慌てて出ていく。どやどやとやってくる違うクラスの子たちとすれ違い、教室に帰っていく。


 後藤先生、なかなかタイミングのよいときに来るな。前も私と瑞希が敵を倒した直後にひょっこり現れたことがある。たぶん偶然、だろうけど。


 その日の夜、夕飯の席でたまたま後藤先生の話になった。


 私とほたるちゃんとお父さん。三人で食卓を囲んで、他愛もない話をしていた。今日学校であったこと。クラスでのこと。ほたるちゃんが担任の先生の話をしていて、それが一段落した後で、お父さんがふと言った。


「後藤先生は昔から変わってないよなあ」


 どういうこと? お父さんは、後藤先生の昔の姿を知っているのだろうか。


 ほたるちゃんが私が思ったようなことを尋ねると、お父さんはあれ? という顔をした。


「そういえば言ってなかったか? 後藤先生はお母さんの友人だったんだよ」

「そ、そうなの!?」


 初耳! 初めて聞くよそれ! ほたるちゃんも驚いている。


 お父さんは話を続ける。


「お母さんはあの学校の卒業生で、後藤先生もそうなんだ。二人は同い年で中高と一緒で、大学も同じところに行った。お父さんは大学でお母さんに会ったから、後藤先生のことも知ってるんだよ」


 へー、そうだったんだ……。世間って意外と狭い。


「どんな人だったの、後藤先生」


 大学時代の後藤先生。あんまり上手く想像できないけど。


「さっきも言ったけれど、あまり変わってない。あの頃から落ち着いた物静かな人だったし。外見もあまり変わってないかなあ。若く見えるだろう?」


 うーん、そうなのかな。でもお父さんよりは若く見えるかも。お父さんとお母さんは同じ年生まれなので、お父さんと後藤先生も同い年だ。確かに二人を比較すると、後藤先生は若いかも。


「そういえばほたるちゃんは、後藤先生知ってるの?」


 ほたるちゃんのクラスの担任になったことはないはずだ。


「中学のときに、国語を受け持ってもらったことがあるよ。ちょっととっつきづらいところもあるけど、でもいい先生だよね」

「そうそう」


 私たち二人ともお世話になってる。そんな先生が、お母さんと仲良かったのか。お母さんと仲良くしてる後藤先生――これもいまいち……上手く想像できない。後藤先生がにこにこしてるところが思い浮かばない。だからといって、嫌な人というわけでもないんだけど。


 お母さん。そこから連想が働いて、くまのことを思い出した。そして、ほたるちゃんが持ってるうさぎのぬいぐるみも。


 ほたるちゃんは――本当に魔法少女なの? 違う、とは思うけど……。

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