8
他の子たちがどうなっているのか少し気になる。目の端に、楓ちゃんが映る。楓ちゃんはその風の威力で、枝を翻弄している。大丈夫。みんな強いから、上手くこの場を切り抜けることができる。
私は走って逃げる。枝が追いかけてくる。一つの木からまた次の木へ。木そのものは動かないけど、まるで連携があるがごとくに、私を追いかけてくる。
どこかで……まとめて焼いちゃったほうがいいのかな、と思っていると、ひと際大きな木が見えた。その梢に、光るものがある。幹との付け根に、固まりのようなものがあって、それが光ってるんだ。
光らなければ、鳥の巣か何かかなと思うところだった。小さな枝や葉っぱが集まって、くるりと丸く何かを包むような形になり、その間から光が漏れている。何故だかひどく気になって、私はそれをじっと見つめた。それは私の頭より少し上のところにある。背伸びをすれば届きそうな場所。
私は立ち止まって、それに向かって手を伸ばした。静電気のような、ぴりりとした衝撃が指に走る。でも私は見た。小枝や葉のすき間から、なじみ深い茶色の布が覗いている。
「くま!」
私は叫んだ。こんなところに――こんなところにいたんだ!
でもその時、私の腰に絡みつくものがあった。私を追いかけてきた木の枝だ。私は身をひねって力いっぱい、炎をぶつける。枝が私を離した。私は逃げ、いったん大木の後ろに隠れる。そして今度は反対側から、謎の光るものに触れた。
「くま――」
今、助けてあげるからね。指の先から小さく炎を出す。そっとくまを覆っているものを焼き払う。くまは焼かないように気をつけながら。
ぽろぽろと葉や小枝が焼け落ち、光が溢れていく。それは次第に弱まり、くまの形がはっきりと見えるようになる。くまが枝から落ちる前に、私が受け止めた。
くまはじっとして動かない。でも「いない」わけではない。異世界の誰かが、くまの中に「いる」のが
わかる。気絶したような状態になっているんじゃないかと思う。
ざわざわと頭上で音がした。くまを抱えていた大きな木が、まるで怒ったかのように揺れている。他の木たちもそれに呼応するかのように動く。そこへ、足音が聞こえた。瑞希たちだ。
「くま、いたよ!」
私はくまを、高く掲げる。みんなが嬉しそうな顔になった。でも、状況はよろしくない。木々が怒って、私たちを狙っている。そんな気配がする。
「ここから出るよ!」
瑞希が言って、私たちは枝の攻撃を避けて走った。走り、時には跳んで、障害物は魔法で排除する。炎が走り、水しぶきが跳ね、風がうなり、大地が揺れる。出るといってもどこが出口だかはわからないけれど、走っているうちに、光が見えてきた。木々が途切れる場所がある。あっちだ。
光差すほうに向かって私たちは走る。
そしてようやく森を抜け出した。
――――
そこも森、ではあったんだけど、少し開けた場所になっていた。とりあえず、木々は追ってこない。私たちは深い息を吐いた。
「――いや、よかった……」
なんとかピンチを切り抜けたよ。ほっとしてると心配そうに楓ちゃんが言った。
「くまは無事なの?」
くまは私の手の中でぴくりともしない。私は両手でくまを抱き、目の高さまで持ち上げた。
「死んでるわけじゃないと思うんだけど……たぶん、気を失ってる。パソコンの上につっぷしてる」
「なんでパソコンなの?」
瑞希がきいて、なんと答えればと思っていると、突然くまがぴくりと動いた。
まるでスイッチでも入ったかのように、その身体に、生命の気配とでもいいたいような何かが流れていく。プラスチックの目がプラスチックじゃなくなり、刺繍の鼻と口が刺繍でなくなる。ううん、材質は同じなんだけど、そうとは見えないものになっていく。
くまが私を見た。その中に誰かが「いて」、こっちを見ているのがわかった。
「……ほのか……」
くまが言った。私はくまをぎゅっと抱きしめた。
「……急にいなくなるから、心配したんだよ!」
お母さんのくま。やっと、ちゃんと私の元に戻ってきた。信じてたけど、戻ってくるって。でもそうじゃないかもとも思って怖かった。ひとしきり抱きしめて、安心して、そっと離すとくまはふわふわと浮かび上がった。
「でもどうしてこんなところにいるの?」
私は尋ねた。くまがいなくなったわけ。なぜか異空間にとらわれていたわけを。
「この学校には世界と世界をつなぐ穴があると言っただろう。そのせいで場が不安定になっている。そこ
に異世界の私がよりどころとしているくまが現れたから、ますます不安定になり、おそらくそれでこのようなことになったんだろう。気づいたらこの空間に取り込まれていたんだ」
「ああ、それで、学校に行くのを渋ってたんだね!」
じゃあ、私のせいじゃない! と思った。私が無理に連れてきたから……。後悔しているとくまが優しく言った。
「学校に行って何が起こるか、私も正しくは予見できなかった。何も起こらないかもしれないと思っていたのだよ。それに魔法少女の近くにいれば、その魔法に包まれていて安全だろうと」
「……私が目を離したから……」
他のことに気を取られて、くまを見ていなかったから。やっぱり私のせいじゃない? と思っていると、くまの小さな手で頭を撫でられた。
「私も不注意だったんだよ。油断していたし、それにほのかに最初にこの話をしておけばよかった。そうしていたらこんなことも起こらなかっただろう」
くまが優しい。偉そうだとか言われるけど、でも本当は優しいんだと思う。異世界にいる誰かさん。それがどんな人か顔も見たことないし、そもそも人かさえもわからないけど、でもきっと綺麗な心の持ち主だよ。
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