他の子たちがどうなっているのか少し気になる。目の端に、楓ちゃんが映る。楓ちゃんはその風の威力で、枝を翻弄している。大丈夫。みんな強いから、上手くこの場を切り抜けることができる。


 私は走って逃げる。枝が追いかけてくる。一つの木からまた次の木へ。木そのものは動かないけど、まるで連携があるがごとくに、私を追いかけてくる。


 どこかで……まとめて焼いちゃったほうがいいのかな、と思っていると、ひと際大きな木が見えた。その梢に、光るものがある。幹との付け根に、固まりのようなものがあって、それが光ってるんだ。


 光らなければ、鳥の巣か何かかなと思うところだった。小さな枝や葉っぱが集まって、くるりと丸く何かを包むような形になり、その間から光が漏れている。何故だかひどく気になって、私はそれをじっと見つめた。それは私の頭より少し上のところにある。背伸びをすれば届きそうな場所。


 私は立ち止まって、それに向かって手を伸ばした。静電気のような、ぴりりとした衝撃が指に走る。でも私は見た。小枝や葉のすき間から、なじみ深い茶色の布が覗いている。


「くま!」


 私は叫んだ。こんなところに――こんなところにいたんだ!


 でもその時、私の腰に絡みつくものがあった。私を追いかけてきた木の枝だ。私は身をひねって力いっぱい、炎をぶつける。枝が私を離した。私は逃げ、いったん大木の後ろに隠れる。そして今度は反対側から、謎の光るものに触れた。


「くま――」


 今、助けてあげるからね。指の先から小さく炎を出す。そっとくまを覆っているものを焼き払う。くまは焼かないように気をつけながら。


 ぽろぽろと葉や小枝が焼け落ち、光が溢れていく。それは次第に弱まり、くまの形がはっきりと見えるようになる。くまが枝から落ちる前に、私が受け止めた。


 くまはじっとして動かない。でも「いない」わけではない。異世界の誰かが、くまの中に「いる」のが

わかる。気絶したような状態になっているんじゃないかと思う。


 ざわざわと頭上で音がした。くまを抱えていた大きな木が、まるで怒ったかのように揺れている。他の木たちもそれに呼応するかのように動く。そこへ、足音が聞こえた。瑞希たちだ。


「くま、いたよ!」


 私はくまを、高く掲げる。みんなが嬉しそうな顔になった。でも、状況はよろしくない。木々が怒って、私たちを狙っている。そんな気配がする。


「ここから出るよ!」


 瑞希が言って、私たちは枝の攻撃を避けて走った。走り、時には跳んで、障害物は魔法で排除する。炎が走り、水しぶきが跳ね、風がうなり、大地が揺れる。出るといってもどこが出口だかはわからないけれど、走っているうちに、光が見えてきた。木々が途切れる場所がある。あっちだ。


 光差すほうに向かって私たちは走る。


 そしてようやく森を抜け出した。




――――




 そこも森、ではあったんだけど、少し開けた場所になっていた。とりあえず、木々は追ってこない。私たちは深い息を吐いた。


「――いや、よかった……」


 なんとかピンチを切り抜けたよ。ほっとしてると心配そうに楓ちゃんが言った。


「くまは無事なの?」


 くまは私の手の中でぴくりともしない。私は両手でくまを抱き、目の高さまで持ち上げた。


「死んでるわけじゃないと思うんだけど……たぶん、気を失ってる。パソコンの上につっぷしてる」

「なんでパソコンなの?」


 瑞希がきいて、なんと答えればと思っていると、突然くまがぴくりと動いた。


 まるでスイッチでも入ったかのように、その身体に、生命の気配とでもいいたいような何かが流れていく。プラスチックの目がプラスチックじゃなくなり、刺繍の鼻と口が刺繍でなくなる。ううん、材質は同じなんだけど、そうとは見えないものになっていく。


 くまが私を見た。その中に誰かが「いて」、こっちを見ているのがわかった。


「……ほのか……」


 くまが言った。私はくまをぎゅっと抱きしめた。


「……急にいなくなるから、心配したんだよ!」


 お母さんのくま。やっと、ちゃんと私の元に戻ってきた。信じてたけど、戻ってくるって。でもそうじゃないかもとも思って怖かった。ひとしきり抱きしめて、安心して、そっと離すとくまはふわふわと浮かび上がった。


「でもどうしてこんなところにいるの?」


 私は尋ねた。くまがいなくなったわけ。なぜか異空間にとらわれていたわけを。


「この学校には世界と世界をつなぐ穴があると言っただろう。そのせいで場が不安定になっている。そこ

に異世界の私がよりどころとしているくまが現れたから、ますます不安定になり、おそらくそれでこのようなことになったんだろう。気づいたらこの空間に取り込まれていたんだ」

「ああ、それで、学校に行くのを渋ってたんだね!」


 じゃあ、私のせいじゃない! と思った。私が無理に連れてきたから……。後悔しているとくまが優しく言った。


「学校に行って何が起こるか、私も正しくは予見できなかった。何も起こらないかもしれないと思っていたのだよ。それに魔法少女の近くにいれば、その魔法に包まれていて安全だろうと」

「……私が目を離したから……」


 他のことに気を取られて、くまを見ていなかったから。やっぱり私のせいじゃない? と思っていると、くまの小さな手で頭を撫でられた。


「私も不注意だったんだよ。油断していたし、それにほのかに最初にこの話をしておけばよかった。そうしていたらこんなことも起こらなかっただろう」


 くまが優しい。偉そうだとか言われるけど、でも本当は優しいんだと思う。異世界にいる誰かさん。それがどんな人か顔も見たことないし、そもそも人かさえもわからないけど、でもきっと綺麗な心の持ち主だよ。

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