7
「掌に人って書いて、それを呑み込むとか!」
古典的なおまじないを教えたりする。そうしてふと、くまの方を見た。くま、大人しくしてるかな、って。
そうしたら、予想外のことが起きていた。
くまがいないのだ。忽然と、姿を消している。窓際の机の上には何も乗っていない。
私は机に近づいた。楓ちゃんもついてきた。
「どうしたの?」
楓ちゃんが尋ねる。私は不安な声で言った。
「……くまがいないの。この机に置いておいたのに……」
落っこちちゃったのかな、と思って下を見る。けれどもやっぱりくまはいない。まさか、誰かが盗っていったとか……くま、かわいいから……。ううん、うちの学校にそんなことをする人がいるとは思えない。
「何かあったの?」
瑞希と沢渡さんもやってくる。私はくまを探しながら、二人に答えた。
「くまがいなくなっちゃったの。机の上に置いておいたのに、今見たら、どこにもいないの」
楓ちゃんもあちこちを見て回っている。瑞希は眉を寄せた。
「あのくま動けるでしょ。どこか散歩に出かけたんじゃないの?」
「そんな誰かにばれたら大騒ぎになるようなこと、くまはしないよ」
「ここは乙女の園だから……やつは舞い上がって、もっといろんなところを見てみたくなった」
「くまはそんなことしないってばー」
しないと思う。うん。
不安な気持ちが増してきた。沢渡さんが別の仮説を出す。
「窓際は暑いから、少し涼しいところに移動したんじゃない?」
「そうかも……」
置き場所を間違えてしまったのかも。そこで私たちは影になってる部分を見ていった。けれどもやっぱりどこにもいない。
四人で教室中を探し回る。他の子にも尋ねたけれど、でもみんなくまの行方を知らない。
不安はもはや、とても大きなものになっていた。どこに行ったの、くま。
私は混乱した頭でもとの場所に帰った。くまがいなくなっちゃった……。そうしたら、どうなるんだろう。本体は異世界にあると言ってた。だから、本体は無事だし、コンタクトを取ろうと思えば、別の何かをよりどころにしてそうすることもできるはずだ。たぶん。
でも、でも――あのくまは――……。
「……あのくま、お母さんが作ってくれたものなの」
私は集まってきた三人に言った。みんな何も言わず、私の言葉を待っている。
「お母さんが作ってくれて、この世に二つとないもので、だから……だから……」
鼻の奥がつんとした。まずい。動揺して涙が出そうになってる。でも、あのくまがなくなるのは困るんだもの。だって、なくしたらもうそれで最後なんだもん。買い替えれば済むという問題じゃなくて、この世にただ一つだけで、とても大切なもので、何かと引き換えになるというものじゃなくて。
あれは――あれは――。
涙を見られたくなくて、うつむく私の耳に、きっぱりとした瑞希の声が聞こえた。
「探そう!」
私は顔をあげた。瑞希が言う。
「私たちのクラスの出番まで、まだ時間あるし。みんなで探そうよ!」
「うん!」
「そうだね」
楓ちゃんと沢渡さんも賛同する。私は一生懸命、涙を我慢しながら顔をあげて、笑顔になった。
今度は別の涙が出そう。悲しい涙じゃなくて、嬉しい涙。
友達に恵まれてるんだなって、思ったんだ。
――――
もう一度教室を隅々まで探す。ゴミ箱の中まで。けれどもくまはいなかった。
諦めて、教室の外に出た。これから学校中を探してみようと思う。学校中……。その広さに私は頭がくらくらした。本当に見つかるんだろうか……。でもなんとかして見つけたい。時間はかかっても、でも絶対に見つけるんだ。
とりあえず、みんなで一階へ降りる。音楽室の前を通ったとき、ふと、予感がした。敵の気配。私たちは示し合わせて、音楽室に入る。
幸いなことに誰もいなかった。瑞希が尋ねる。
「どうする? ここでやっつけちゃう?」
くまを探している途中だけど……でも見過ごすのも気が咎める。それに、くまの消失とほぼ間を置かずして敵の出現だ。ひょっとしたら何か関係があるのかもしれない。
「やっつける。変身しよう」
私が言い、それに反対する人はいなかった。
四つの光がそれぞれの身を包む。いつもと違う姿になって、そして異空間へ。
――そこは森だった。
背の高い木々が空を遮っている。少し暗い。辺りはひっそりとしていて、鳥の鳴き声一つしない。不自然な静けさだ。
下生えに足を取られながら、ゆっくりと進む。敵を探しながら。その時、何かが頬をかすめた。
木の枝だ。私がうっかりしていて当たったわけじゃない。枝のほうが動いたのだ。するすると伸び、私をひっかくようにして横を過ぎて、また元に戻りつつある。
「……気をつけて!」
沢渡さんの声だ。辺りを見ると、動く枝は一つだけじゃなかった。多くの枝が、こちらを狙うようにうねったり伸びたりしている。
……文芸部の時みたいだ。植物が勝手に動いて、こちらを襲おうとしている!
今回はそれよりずっと数が多い。私たちは彼らに包囲されたようになってしまった。抜け目なく残忍に、こちらをうかがうかのような木々たち。私たちは背中合わせになって、彼らを注視する。そして、一斉に枝が襲い掛かってきた!
自分の身をまず守るのに精いっぱい。炎をぶつけて、捕まらないように逃げる。よかった、今度はちゃんと魔法の炎が効くみたい。枝はびっくりしたようにその手をひっこめた。けれども諦める気はないみたい。
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