「ところで」


 瑞希が話に入ってきた。「無事くまが見つかったんだし、早くここから出ようよ。敵はどこなの?」


「敵は……」


 さっきの木じゃなかったのかな? と思う。私たちは来た方向を振り返った。木々はそれなりに痛めつけたけれど、この空間から出ることはできない。ボスとなる木がいてそれをやっつけなくちゃだめなのか、それとも全く別の敵がいるのか。


 私たちのいる場所は周りを暗い森に取り囲まれている。ここから移動するとなると、結局また森に戻らなければならない。けれどもさっきまでいたところには戻りたくない……。


 私はやってきた方に背をむけて言った。


「とりあえず、先に進んでみようか」




――――




 また森に入る。やっぱりここも薄暗い。けれども木は攻撃してこなかった。ほっとするものの、でも気は抜けない。


 私たちは黙って慎重に歩く。くまは飛んでいる。木漏れ日が道に点々と落ちて、それが多少でも場の雰囲気を和らげている。シダのような植物が緩いカーブを描いて、白い小さな名前のわからぬ花も咲いて、美しいといえば美しいけれど、でもやっぱり動物の気配がしない。


 用心して辺りを見回したときに、私の目にあるものが飛び込んできた。人だ。この死んだような森に人がいる!


 遠くてはっきりとは見えない。木の影に隠れ、こちらを伺っているようだ。それは私に気付いたのかた

ちまち隠れた。見たのは一瞬だけで、どういう人物だったかはっきりと頭に残ってない。


 でも……黄色っぽい服を着て、背はそんなに高くなくて――ひょっとすると、子どもかな? と思う。でもすごく子どもじゃなくて私たちと同じくらいの年代。髪が長くてたぶん女の子で、そうスカートだった。私たちみたいな、短いかわいらしいスカートを……。


 魔法少女?


 そう思ったとたん、私の脳裏にほたるちゃんの顔が浮かんだ。そして、人影が消えたほうに向かって走り出していた。楓ちゃんが驚いて、呼び止める声が聞こえる。でも、かまってはいられない。


 ほたるちゃん? ほたるちゃんが本当に魔法少女なの?


 ううん、ほたるちゃんじゃなくても、私たちの先輩にあたる魔法少女かもしれない。だったら、もしそうだとしたら、なぜこんな風に隠れるの?


 どうしてこちらに声をかけてくれないの?


 小枝を踏み倒木を飛び越え、人影を見た辺りまで走る。けれどもそこには誰もいなかった。確かこの木の近くだったんだけど……と思って周辺をめぐるも、けれどもやっぱり誰もいない。


 じゃあ――やっぱり見間違い? スノードームのときと同じように……。


「何かあったの?」


 瑞希の声だ。沢渡さんも楓ちゃんも、くまもやってくる。私はどう答えるべきか迷った。


 見間違いだったのかも。だったら、特に何も言わないほうがいいのかな……。瑞希にはスノードームでの件を言ったけれど、他の二人には言ってない。下手に心配させるだけかもしれないし……。


「敵みたいなものが見えたように思ったんだけど、気のせいだったみたい」


 迷った末に私は言った。そう、なんでもなかった。こうやってここまで来ても何もないのだし。


 ほたるちゃんのことを妙に気にしているから、変な見間違いをするんだろう。私はそう思うことにした。


「そう。いきなり走り出すからびっくりしたよ」


 瑞希が言う。


「ごめんね。早くここを抜け出したいなあって思ってたから――ん?」


 何かがぺちゃっと私の頭に落ちた。私は手を頭の上にやる。ぬるりとしたものが手に触れてぎょっとする。


「な、何これ!」


 気持ち悪くなって、大急ぎで払った。頭の上のものが地面に落ちる。黒くて小さなものだ。丸い頭に尻尾みたいなものが生えて、土の上でぴくぴく動いている。


「なんなの!?」


 みんなその黒いものの周りに集まってきた。生き物っぽい……けど、気持ち悪いよー! 冷静に観察して、沢渡さんが言った。


「おたまじゃくしに似てる」


 かえるの子どもの? なんでそんなものが空から降ってくるんだよー!


 沢渡さんはかがんで、おたまじゃくしをつんつんとつついた。


「でもおたまじゃくしではないな。別の何か。これが敵なのかな……」

「おそらくそうだろう」


 沢渡さんの肩越しに、くまが覗き込んで言う。なら、やっつけなきゃ! でも一体これはなんなの? これの元の姿は。


「ここ、音楽室だから」


 これは瑞希の声。それに沢渡さんが続ける。


「それでおたまじゃくしっぽい敵なんだね。おたまじゃくしってほら楽譜の音符をそう言うじゃない? 音符が魔法で姿を変えられてこうなった」

「なるほど!」


 楓ちゃんが感心した声をあげる。いやいや。たしかになんとなく説明はついたけどさ。

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