9
「ところで」
瑞希が話に入ってきた。「無事くまが見つかったんだし、早くここから出ようよ。敵はどこなの?」
「敵は……」
さっきの木じゃなかったのかな? と思う。私たちは来た方向を振り返った。木々はそれなりに痛めつけたけれど、この空間から出ることはできない。ボスとなる木がいてそれをやっつけなくちゃだめなのか、それとも全く別の敵がいるのか。
私たちのいる場所は周りを暗い森に取り囲まれている。ここから移動するとなると、結局また森に戻らなければならない。けれどもさっきまでいたところには戻りたくない……。
私はやってきた方に背をむけて言った。
「とりあえず、先に進んでみようか」
――――
また森に入る。やっぱりここも薄暗い。けれども木は攻撃してこなかった。ほっとするものの、でも気は抜けない。
私たちは黙って慎重に歩く。くまは飛んでいる。木漏れ日が道に点々と落ちて、それが多少でも場の雰囲気を和らげている。シダのような植物が緩いカーブを描いて、白い小さな名前のわからぬ花も咲いて、美しいといえば美しいけれど、でもやっぱり動物の気配がしない。
用心して辺りを見回したときに、私の目にあるものが飛び込んできた。人だ。この死んだような森に人がいる!
遠くてはっきりとは見えない。木の影に隠れ、こちらを伺っているようだ。それは私に気付いたのかた
ちまち隠れた。見たのは一瞬だけで、どういう人物だったかはっきりと頭に残ってない。
でも……黄色っぽい服を着て、背はそんなに高くなくて――ひょっとすると、子どもかな? と思う。でもすごく子どもじゃなくて私たちと同じくらいの年代。髪が長くてたぶん女の子で、そうスカートだった。私たちみたいな、短いかわいらしいスカートを……。
魔法少女?
そう思ったとたん、私の脳裏にほたるちゃんの顔が浮かんだ。そして、人影が消えたほうに向かって走り出していた。楓ちゃんが驚いて、呼び止める声が聞こえる。でも、かまってはいられない。
ほたるちゃん? ほたるちゃんが本当に魔法少女なの?
ううん、ほたるちゃんじゃなくても、私たちの先輩にあたる魔法少女かもしれない。だったら、もしそうだとしたら、なぜこんな風に隠れるの?
どうしてこちらに声をかけてくれないの?
小枝を踏み倒木を飛び越え、人影を見た辺りまで走る。けれどもそこには誰もいなかった。確かこの木の近くだったんだけど……と思って周辺をめぐるも、けれどもやっぱり誰もいない。
じゃあ――やっぱり見間違い? スノードームのときと同じように……。
「何かあったの?」
瑞希の声だ。沢渡さんも楓ちゃんも、くまもやってくる。私はどう答えるべきか迷った。
見間違いだったのかも。だったら、特に何も言わないほうがいいのかな……。瑞希にはスノードームでの件を言ったけれど、他の二人には言ってない。下手に心配させるだけかもしれないし……。
「敵みたいなものが見えたように思ったんだけど、気のせいだったみたい」
迷った末に私は言った。そう、なんでもなかった。こうやってここまで来ても何もないのだし。
ほたるちゃんのことを妙に気にしているから、変な見間違いをするんだろう。私はそう思うことにした。
「そう。いきなり走り出すからびっくりしたよ」
瑞希が言う。
「ごめんね。早くここを抜け出したいなあって思ってたから――ん?」
何かがぺちゃっと私の頭に落ちた。私は手を頭の上にやる。ぬるりとしたものが手に触れてぎょっとする。
「な、何これ!」
気持ち悪くなって、大急ぎで払った。頭の上のものが地面に落ちる。黒くて小さなものだ。丸い頭に尻尾みたいなものが生えて、土の上でぴくぴく動いている。
「なんなの!?」
みんなその黒いものの周りに集まってきた。生き物っぽい……けど、気持ち悪いよー! 冷静に観察して、沢渡さんが言った。
「おたまじゃくしに似てる」
かえるの子どもの? なんでそんなものが空から降ってくるんだよー!
沢渡さんはかがんで、おたまじゃくしをつんつんとつついた。
「でもおたまじゃくしではないな。別の何か。これが敵なのかな……」
「おそらくそうだろう」
沢渡さんの肩越しに、くまが覗き込んで言う。なら、やっつけなきゃ! でも一体これはなんなの? これの元の姿は。
「ここ、音楽室だから」
これは瑞希の声。それに沢渡さんが続ける。
「それでおたまじゃくしっぽい敵なんだね。おたまじゃくしってほら楽譜の音符をそう言うじゃない? 音符が魔法で姿を変えられてこうなった」
「なるほど!」
楓ちゃんが感心した声をあげる。いやいや。たしかになんとなく説明はついたけどさ。
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