10

 もう一匹、今度は私の足元に落ちた。慌てて足をどける。おたまじゃくしと思えば、かわいい……とも言えなくもないけど、でもやっぱり不気味! しかも空から落っこちてくるの嬉しくない! おたまじゃくしは池でかわいく泳いでててほしい!


 また一匹落ちる。さらにもう一匹。次から次へと落ちてくる。明らかに奇妙な事が起きていて、もうみんな呑気に構えていられなくなった。おたまじゃくし(と呼ぶことにする)の雨を避けようと、右往左往する。


 雨宿りみたいに木の下に入ればおたまじゃくしを避けられるかな、と思ったけれどそうでもなかった。木からも降ってくる。おたまじゃくしが為る木なのかもしれない……気持ちの悪い想像をしてしまった。


「ともかく逃げよう!」


 瑞希が慌てながら言う。珍しく取り乱している。けれどもすぐに、



「でもこのおたまじゃくしが敵だとすると逃げるわけにも……」


 そう言いながら、瑞希が小さな水の塊をおたまじゃくしにぶつけた。たちまちその姿が消滅してしまう。強くはなさそう。でも数が多いな……。


 沢渡さんは顔をしかめ肩に落ちたものを払い、楓ちゃんはあたふたしながらおたまじゃくしを風で吹き飛ばす。くまは表情を変えず空を飛んで落っこちてくる彼らを避ける。そもそもくまは小さいからおたまじゃくしに当たりにくい。なんだか羨ましい。


 私は手から小さな炎を出した。おたまじゃくしを焼く……のはなんだか申し訳ないけど、でもこのままここにはいられない。小さな炎をそっと地面に置き、それを魔法の力で動かす。火が地面を走っていく。


 明りと熱が周囲に広がる。私を――私たちをここから出して! 炎が草や木に触れ、彼らの形が失われていく。崩れていくように。そしてそれは辺り一面に広がり、気付いたときには――。


 ――私たちは音楽室に立っていた。


 よかった……。なんとかあの変な森を出られたんだ。瑞希が私の背中を叩いた。


「今回はちゃんと活躍したじゃない」

「そ、そうだね!」


 最近活躍の機会がなかったから! それを思うと嬉しい。


「しかもくまも見つかった」


 私はくまを見た。くまはまだ宙に浮いていた。こんな姿を見られたら大変。私は手をあげ、くまをつかまえた。


 私のところにちゃんと戻ってきた、私の大切なくま。


 くまはぬいぐるみっぽく、私の手の中でじっとしている。学校に戻ったので、もう不用意に動いてはいけないと思っているのだろう。


「早くすんでよかったね。教室に帰ろう」


 瑞希が声をかける。そうだ、そろそろ私たちのクラスの出番が近いのだった。と、楓ちゃんがいきなり大きな声を出した。


「ああ!」

「どうしたの!?」


 驚いて尋ねる。楓ちゃんは青い顔をしている。


「……もう少しで本番……。ばたばたしてて忘れてたけど……」


 どっかにいってた緊張が、突然戻ってきたらしい。そのまま緊張を忘れていてほしかったけど、でももう遅いみたい。


 瑞希が楓ちゃんの腕に触れ、沢渡さんが安心させるような眼差しで見つめて、私はさてどうしようと思っていると、突然、楓ちゃんが私の手をつかんだ。


 そして大いに真剣な表情で私に言ったのだった。


「くま、貸して!」




―――― 




 かくしてくまは楓ちゃんに貸し出されることとなった。ピアノの弾く楓ちゃんの、その隣にくまもちょこんと座る。傍にくまがいると安心する、ってことらしい。


 目立ってしまって、逆に注目を集めちゃってる気もするんですけど……。でも楓ちゃんにはそこはちっとも問題ではなかったらしい。実に立派に堂々と、楓ちゃんは伴奏の務めを果たした。


 魔法少女の近くにいたほうがくまも安全らしいから、楓ちゃんの申し出はありがたいことでもあったんだけどね。でなければ、私がくまを持って歌うところだった。


 もう離れ離れになるのは嫌だし。


 無事出番も済んで、教室へと帰る。渡り廊下を歩いていたときに、向こうから見知った顔がやってきた。


 ほたるちゃんだ。


 私はどきりとした。同じ学校に通っているから、こうして校内で顔を合わせることはある。だから、そんなに驚くことでもないんだけど……でも私はさっきの異空間での出来事を思い出した。


 黄色い服を着た、魔法少女らしき人影。私たちと同じくらいの年代の、どことなくほたるちゃんに似ているような……。


 その子がこちらをじっと見て、そして逃げていった。


 あれは私の見間違い。そう思おうとした。けれども心が揺らぐ。本当に見間違いなの?


 ほたるちゃんがこちらに近づく。私の抱いているくまに気づき、驚いた顔をした。


「それ、うちにあるのじゃない? どうして持ってきたの?」


 ほがらかにほたるちゃんが言う。私は慌ててしまった。


「えっ、えっとそれは……その――あっ、お守り! 合唱、上手くいきますように! ってその……」


 明らかに不自然になってしまう。動揺をごまかすように、くまを抱きしめたつもりが、手がすべってしまった。くまが手からすり落ちる。慌てて受け止めようとするも間に合わなかった。


 くまが落っこちて、コンクリートの廊下に転がった。


 え、えっと……。くまって痛覚あるって言ってたよね! 結構な高さ(くまとしては)から落っこちて、コンクリートにぶつかっちゃったんだけど! 大丈夫なの、これ! くまはうんともすんとも言わないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る