11

 黙ったまま廊下で仰向けになっているくま。その姿はまさにぬいぐるみで、全く動かない。……死んではない……よね。本体別のところにあるし。でも相当痛かったのでは……。


 私よりもほたるちゃんのほうが動くのが早かった。ほたるちゃんは身をかがめてくまを拾うと、優しくはたいて埃を払って、私に手渡した。


「――あ、ありがとう……」


 私は受け取る。ほたるちゃんは微笑んだ。


「これはお母さんのくまだから。だから、お守りになるって思ったの?」

「う、うん、そう! これはすごく大事で、なんていうかパワーを感じるっていうか……」

「大事……。そうだね」


 ほたるちゃんが言った。少し目を逸らして。顔からは微笑みが消えて、何か別のことを考えているようだった。わずかな影のようなものがその表情に見えて、私は気になった。けれどもほたるちゃんはすぐにまた穏やかな顔に戻った。


「じゃあ、私これから講堂に行くから」


 ほたるちゃんはそう言って去っていく。私はくまを抱いて、それをぼんやりと見送る。ほたるちゃん――教えてほしい。魔法少女なのかどうか。もしそうだとしたら、どうして……。


 って! いやいや! それよりも今心配すべきはくまのことだ!


 私たち(私と瑞希と沢渡さんと楓ちゃんと、そしてくま。ぴくりともしないくま)は渡り廊下を走って大急ぎで校舎に入った。私は廊下の窓を背にして立つ。その周囲を他の三人がぐるりと囲む。誰か来たときのために用心して。


「くま! くま、大丈夫!?」


 私は手の中のくまに呼びかけた。力のない返事が返ってくる。


「……大丈夫……だよ」


 わーん、生きてたー! 生きてるとは思っていたけど! 


「ごめんね、落っことしちゃったよー! 痛かったでしょ!?」

「うん……」


 やっぱりくまは元気ない。相当痛かったんだね。でも悲鳴もあげず、動かず頑張ったんだね。偉いぞくま。


「かわいそう……」


 楓ちゃんが言って、そっとなでる。


 くまは無理してるような感じで明るく言った。


「いや、心配いらない。少し痛かっただけだ。本体が傷を負ったわけではないし」

「まあ無事でよかったよ」


 今度は瑞希が言って、くまの頭を軽く指で触った。あんまり偉そうにしてるとお風呂に入れる、とか言う瑞希だけど、本当はそんなにくまに反感を抱いているわけではない、と思う。


 無事でよかった、は本音で、ほっとしているように見えるし。


 沢渡さんも少しくまに触れた。


 くまはちょっぴり恥ずかしがっている……みたい? でもすました顔をしている。


 私もくまをなでた。くまはなんだかくすぐったそうだ。




――――




 それから先は特に何も起こらず、無事家に帰る。


 コンクールの結果が発表されて、特に賞をもらうということもなかったけれど、私たちは満足して解散した。十分頑張ったと思うし。


 部屋に入り、くまを本棚の定位置に戻した。……今日はほんと、くまにとっては散々な日だったね……。


 私は本棚に座るくまを見て言った。


「ごめんね」


 無理やり学校につれて行ってしまって。


「どうして謝るんだ?」


 くまが尋ねる。


「だって、今日大変だったでしょ? とらわれたり落っことされたり……。私が学校に連れて行かなければこんなことには……」

「いや、私も実は学校に行きたかったんだ。この部屋以外の場所を見てみたかったんだよ。そして実際に見れて嬉しかった」

「……ほんとに?」

「本当だよ」


 くまは優しく言った。少し微笑んで、こちらをなごませるように温かい眼差しで。


 私はちょっとどぎまぎしてしまった。くまの言うことはほんとにほんとかな。でも嘘を言ってるのかも。でももしそうだとしてもこちらに気をつかってのことだから、それは嬉しいし、けれどもそこをはっきり態度に表すのは恥ずかしい気もする。


 私はなんとなく居心地悪くなって話題を変えた。


「もしこのくまのぬいぐるみがなくなっちゃったら……でも、本体は異世界にあるから、くま自身は大丈夫なんだよね?」

「そうだが、接続が続いている状態でアクシデントに会うと、こちらの身体にも負担がかかるな。アクシデントの種類にもよるが」

「今回のは?」

「異空間に強制的に取り込まれてしまったのは、危険なことだった。悪ければあのまま意識が戻らなかった可能性もある。だから、助けに来てくれて本当に助かったよ。感謝している」


 今度は感謝をされてしまった。今日のくまは妙に優しいな……。なんだか調子がくるってしまう。


「……私、役に立った?」


 くまの目を見て尋ねる。くまも私を見返した。


「役に立ったよ」

「立派な魔法少女かな?」

「そうだよ」


 くまが笑う。私も笑った。ふーん、そうなんだ。私って役に立つ、立派な魔法少女なんだ。


 心がほかほかして、うきうきしてきた。くまをぎゅっと抱きしめたくなったけど、でもやめる。やっぱりなんだか恥ずかしいから。


 今日は私とほたるちゃんで夕食の当番なんだ。くまにも私たちが作ったものを持っていってあげたい。でも食べられないんだよね、残念だけど。


 私たち魔法少女は世界のために戦っているという。でもそんな実感はあまりない。もっとこう、はっきりとした手ごたえが欲しいなと思わなくもなかった。でも今日、くまが私のことを「役に立つ」って言ってくれた。


 だったら――そんなことを言ってくれるくまのために戦うのも悪くはないと思う。たぶんね。


 でもこんなこと、絶対くまには言わないけどね。

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