もう一人の魔法少女
1
日が暮れようとしている。
それがいつだったかは覚えてない。今よりもずっとまだ小さかったとき。季節もいつだったか……たぶん、冬かな? ちょっと寒かったように思うし、夏の日没はもう少し遅い時間だと思うから。
特定できないのは、それがよくある光景だったからかも。
私は公園にいる。ブランコをこいでいる。高く高く、もっと遠くへ行けるように。もしくは鉄棒でくるくる回っていたのかも。
一緒に遊んでたのは瑞希とそれから他の友人たち。
それは本当によくある光景だったんだ。私たちはしょっちゅう公園で遊んでた。家に帰らなければならない時間になるまで。西の空が赤く暮れていくまで。
そこにほたるちゃんがやってくる。私を呼びに来たんだ。
私たちはそこでお開きとなる。みんなで一緒に帰って、少しずつ数が減っていく。私とほたるちゃんはずっと一緒。だって、同じ家に帰るわけだし。
空が不思議な色をしている。少し灰色がかってちょっぴり青くてうっすらと赤い。一日の終わりを優しく告げる色。
その空の下を、私とほたるちゃんで歩いていく。
――――
七月になった。まだ梅雨は開けないけど、気分的には夏だ。あともう二週間と少しすれば夏休みだし!
でもその前に期末テストとクラスマッチがある。クラスマッチはクラス対抗でスポーツをやる。今回はバスケとバレーとソフトボールがあって、そのどれかに出なくちゃいけない、んだけど……。
「はあ……」
教室で、窓にもたれて楓ちゃんがため息をついている。楓ちゃんが暗い表情のまま言葉を続けた。
「どれも出たくない……」
スポーツが苦手な楓ちゃんにとって、クラスマッチは荷が重いものなのだ。とはいえ、さぼってしまおうなどという考えは楓ちゃんにはないわけであって。
「どれも選びたくないけど、どれか選ばなくちゃいけないのよね……」
「そんなに深刻に考えることないよ。好きなのを軽い気持ちで選択すればいいんだよ」
私は横で勇気づける。楓ちゃんは首をひねった。
「好き? ……どれが好きなのか……。どれならちょっとはまともにできるのか」
楓ちゃんはくるりと私の方に身を向けた。力を込めて言う。
「私ね、チームスポーツって本当に苦手なの! 個人のならいいの。それならどんなに下手くそでも私が少し恥ずかしい思いをすればすむことでしょ? でもチームスポーツは違うじゃない。私が下手なばっかりにみんなに迷惑かけてしまう……」
「迷惑だなんてそんなの気にしないほうがいいよ」
近くの机の上に腰掛けていた瑞希がさらりと言った。「チームっていうのはそんなもんなんじゃないの? みんな迷惑かけたりかけられたり。お互いさまだよ」
「そう。そして補いあっていくもの」
これは瑞希の傍にいた沢渡さん。私も明るく声をあげた。
「私たちみたいにね! ほら私たちが魔法……」
おっと。いけない。魔法少女として戦っているときに、互いに助け合ったりするように、って言おうとしたのだけど、魔法少女であることが周囲にばれるのはご法度なのだった。私はあわてて口をつぐむ。
楓ちゃんは笑った。
「ありがとう。なんだか元気が出てきた」
「立ち直りが早いね」
瑞希が机から下りて楓ちゃんに近づく。「ともあれ元気になったのならよかったけど」
楓ちゃんは笑顔で、小柄な瑞希を見下ろした。
「立ち直ったっていうか……嫌なものは嫌なままなんだけど、でもこんなふうに言ってくれる友達がいて嬉しいなあって思ったの」
実に屈託のない笑顔と台詞だった。虚を突かれたように瑞希が止まり、次の瞬間、手をあげて楓ちゃんの肩に腕を回した。
そしてぐいぐいと引っ張りながら言う。
「そんな殊勝なこと言ったって、真に受けないからなー!」
瑞希が照れてるんだってことがすごくよくわかる。楓ちゃんは楽しそうに笑って、そんな二人を沢渡さんが微笑まし気に見てる。とても平和。……なんだけど。
私はちょっぴり気になっていることがあった。
ほたるちゃんのことだ。
ほたるちゃんが魔法少女なのか――それはまだわからないのだけど、とりあえずそれは脇に置いておくとして。
ほたるちゃんの様子が最近おかしいのだ。
心こにあらずという感じがする。元から少々ぼんやりした人だったけど、さらにぼんやりしてる。
そしていつもより暗い。たぶん何か心配ごとを抱えているのだ。けれどもそれを私に話す気はないみたい。
異空間で見た謎の人影を思い出す。
あれはほたるちゃんだった――ううん、私の見間違いなはず。
でももし見間違いじゃなかったら……。最近のほたるちゃんの異変と、異空間での出来事は何か関連があったりするのだろうか。
――――
その日は帰宅が遅くなってしまった。
瑞希の家でおしゃべりに夢中になってて、時計を見るのを忘れてた。私は急いで帰る。今日は夕飯づくりを手伝わなくちゃいけないのに。走って帰ったので、いくらか遅れは取り戻せた。
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