約束していた時間の五分後に居間に滑り込む。このくらいの遅れはよくあること。と、思ったら、ほたるちゃんが怒っていた。


「遅いじゃない」


 ほたるちゃんはいつも優しいけど、でも全く怒らないわけじゃない。ただ滅多なことでは怒らない。今回は珍しい。


「まだ五分しか経ってないよ」


 私は時計を差しながら言う。こういうことは今までに何度かあったわけで……それで怒られたことはない。まあ私がルーズといえばルーズなのだけど。


「遅れるのなら連絡して」


 私の言葉を聞いてないみたいに、ほたるちゃんは言う。いらいらしてる。何か嫌なことでもあったかな……。


「そりゃあ、三十分とか一時間なら連絡もするけど、これくらいなら……」

「私は待ってたの」


 ……なんだか話がかみ合わないな。どうしたんだろう、今日のほたるちゃんは。ほんとに何があったんだ?


 ほたるちゃんは苛立ちを隠さぬまま私に言った。


「待ってたんだから。帰ってくるの遅いなって」

「それは心配してたってこと?」


 いやでもまだ夕方の早い時間だし外は暗くもないし。小さな子どもならともかく、中学生にそれは変な気もするけれど。


 大体今までこんなことで怒られたことはない。


 質問には答えず、ほたるちゃんは私を見て別のことを言った。


「……。何か隠し事をしてるでしょ」

「隠し事?」


 また話が変な方向に飛んでしまった。隠し事ってなんだ? 私がほたるちゃんに隠していること? ……うん、それなら魔法少女のことがあるけど……でもそれじゃないよね?


「今まで何してたの? 私に黙って、何かしてるでしょ? どうして秘密にするの?」

「いや……」


 今まで何してたって、瑞希とおしゃべりしてたんだよー。学校の、先生やクラスメイトのことでさ。それを逐一話さなくちゃいけないものなの?


 よくわからないことで責められて、なんだか私もいらいらしてきた。むっとした気持ちで言う。


「秘密なんて何もないよ。あったとしても別にいいでしょ。一つくらい」


 そうだよ。私も中学生なんだし、いつまでも小さいままじゃないんだよ。これから大きくなるにつれて秘密もたくさん増えていくよ。たぶん。ほたるちゃんにも言えないようなことがいっぱい出てくると思う。(現に魔法少女のことは言えない……まあこれは成長に伴うものじゃなくてイレギュラーなものなんだけ)


 いつまでたっても子どもじゃないんだし。


 でも私の言葉はほたるちゃんの神経を逆なでしただけだった。


「よくないよ! 秘密なんてだめ! そんなものあってはいけないの! だって……!」


 そこでほたるちゃんが言葉を詰まらせた。いつになく怒っている。私はびっくりしてしまった。私の驚きに、ほたるちゃんも気づいて、少し冷静になったみたいだった。


「……ごめん。そうよね、秘密くらい、ある」


 俯いてほたるちゃんは言う。そして顔をあげて、ぎこちない笑顔を作った。


「ごめんね。今日はなんだかいらいらしてるんだ。どうしたんだろう……」

「身体の具合でも悪いの?」


 私は急にトーンダウンしたほたるちゃんの態度に戸惑い、そして若干心配になってきいた。


「ううん……違う。……じゃなくて、そうかも。ちょっと頭が痛いし……」

「休む? 夕飯の支度は私一人がやろうか?」

「ううん。大丈夫」


 そう言ってほたるちゃんは笑顔を見せる。


 私は何が何やらわからず戸惑ったままだ。ともかく――最近のほたるちゃんはどこかおかしい。




――――




 翌日はもやもやした気持ちを抱えたまま登校した。


 ほたるちゃんは本当にどうしちゃったんだろう。頭が痛いと言ってた。何か身体の不調を抱えてて、それで精神的にも不安定になっているんだろうか。


 やだなあ。深刻な病気とかじゃなければいいけど……。ほたるちゃんがいなくなったら、私は……。


 そんなこと起こらないって、思ってる。でも考えずにはいられない。だって、お母さんはいなくなっちゃったんだもの。そういうことだって、全くあり得ないことだなんて、言えない。


 教室に入り、机に頬杖ついて、ぼんやりしてると瑞希がやってきた。その後ろから沢渡さんと楓ちゃんも。


「どしたの? なんだか暗いけど」


 瑞希が言う。……なんて答えればいいんだろう。ほたるちゃんの様子がおかしくて心配。でも身内のことってそんなに軽々しく人に相談できないような、そんな気持ちがある。それが親友の瑞希であっても。


「お腹空いてるの?」


 真面目な顔して楓ちゃんが尋ねてきた。……いや、お腹は空いてない。


「大丈夫だよ。ちゃんと朝ご飯は食べてきた。食パンと目玉焼き」


 寝つきが悪かったせいか、いまいち美味しく感じられなかったけど。楓ちゃんは安心したように微笑んだ。


「そう。お腹が空いてると力が出ないし、憂鬱な気持ちになっちゃうもんね。私は気分が沈んでるときに、自分に尋ねることにしてるの。今、お腹が空いてない? って」

「寒いときとかもそうだよね」


 横から沢渡さんが言った。「私、寒いのすごく苦手」


「そうなんだ。私は暑がりなほうかなあ」


 沢渡さんと楓ちゃんが和やかに会話してる。いや……寒くはないよ。だって今七月だし。

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