瑞希が私の頭の上に手を乗せた。


「空腹でもなく、寒くもないとしたら、一体なんなの?」

「うん……」


 どう言おう。迷った末、やっぱり何も言わないことにした。瑞希を見上げて笑って言う。


「なんでもない。やっぱりちょっとお腹が空いてるのかも?」

「……嘘だな」


 瑞希が私の頭の上に、手どころか腕を乗せてきた。ちょっぴり力をかけて続ける。


「なんで嘘つくかな」

「嘘じゃないよ」


 瑞希に抑えられながら、私は言う。嘘……だけどさ。でも言えないこと、言いづらいこともあるんだよ。


 秘密ができるって、昨日ほたるちゃんと揉めたときにも思ったっけ。私と瑞希の間にも秘密ができる――のかもしれない。そのうち。大人になれば。今も話してないことはそれなりにあるけど……。


 そういえば、ほたるちゃんが魔法少女かもしれないってこと。沢渡さんと楓ちゃんには言ってない。でも瑞希には言ったんだよ。なのに瑞希は最初は半信半疑で、次はあまり真面目に受け取らなかった。今同じことを話してもやっぱり真面目に受け取ってもらえないと思う。


 幼なじみで親友のはずなのにさ……。時折、ほんの時折だけど、距離を感じることもある。こういうことがこれからもどんどん増えていくの? 嫌だな……。


 でもさ、瑞希も瑞希じゃないかな。瑞希ってちょっと冷たいところがあると思う。はっきりとものを言い過ぎるし。そこがいいとろこでもあるんだろうけど、でももうちょっとこう……。


 私が黙ったまま、胸にもやもやを貯めていると、瑞希がさらに頭に体重をかけてきた。


「ご機嫌斜めじゃん。私たちが信頼できないってこと?」

「……うん……」


 頭が重いよ。私は手をあげて、瑞希を払った。ようやく束縛から逃れる。瑞希と目が合う。私はたぶん怒った顔をしていて、そのせいか瑞希の表情も固くなった。


「言いたくないことも、いろいろあるの」

「どうしたの、ほんとに」


 瑞希の顔を不機嫌になる。私たちの間の空気が途端に悪くなる。瑞希はきつい調子で言った。


「せっかくこちらが心配してあげてるのに」


 せっかく? してあげてる? なんでそんなに上から目線なのかなあ。私もさらにいらいらしてくる。


「心配なんていらないよ。ほっといて。それになんで瑞希っていつもそんなに偉そうなの?」

「偉そう? 私が?」

「そうだよ。気づいてないのかもしれないけど、いつも高飛車」


 瑞希が黙った。怒ってる。これは本気で怒ってる。もはや私たちの間の空気は凍ったようになっている。


 やめておけばよかったのに、私はさらに言葉を重ねてしまう。


「ずっと思ってたんだよ。その性格、どうにかしたほうがいいって」

「ずっと思ってたんなら、黙ってないでそのつど言えばいいのに。なんで我慢してるの?」


 吐き捨てるような瑞希の言葉。私はかっとなって言い返した。


「言ったところできいてくれないの、わかってるもん!」


 またも瑞希が黙った。私はちらりと他の二人を見た。沢渡さんは無表情。見事なポーカーフェイス。でも楓ちゃんはあからさまにおろおろしている。


 ごめん楓ちゃん……。なんか余計な心労をかけている。楓ちゃんのためにもこんなバカなやりとり、すぐにでもやめたほうがいいけど……。ごめんね言い過ぎたねとでも言って、あははと笑ってしまえばいいんだろうけど……。でも、嫌! こちらから頭は下げたくない!


 ぷいっと瑞希が背を向けた。そのまま何も言わず立ち去ってしまう。後には三人が残され……誰も何も言わなかった。


 ……すっごく空気が重いよ。どうしてこんなことになっちゃったんだろう……。




――――




 そのまま瑞希と会話をせず時間が過ぎて、お昼休みとなった。瑞希はこちらを見ず、お弁当を持って教室を出てしまった。声をかけることもできない。


 私はどうしよっか……と思って、やっぱり教室の外で一人で食べることにした。沢渡さんと楓ちゃんには悪いけど……。こちらをちらちらと伺う楓ちゃんの心配顔が見えたけど……。でも今の状態で三人で食べるのは気まずいよ。


 廊下に出たけど、瑞希は追わない。というか瑞希の姿はもう見えなくなってて、どこに行ったかわからない。そして私は……さて、どこに行こう。


 迷って、人気のない場所を選ぶことにした。校内を歩いてよさそうな場所を探す。今日はいいお天気。日差しが眩しくて目に痛くて、暑い。周りの子たちは複数人で集まって楽しそうにしていて賑やかで、私の求めてる場所なんてどこにもないみたい。

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