魔法だよー。単純なんて言ってるけど、魔法だよ! 魔法が使えるの! すごく嬉しくなってきた。あ、でも不安が一つ。


「火の取り扱いには注意したほうがいいですよね……。火事になったら困るし」


 戦うときには気をつけなきゃ。敵はやっつけたけど、辺りが大惨事、みたいなことになったら目も当てられない。難しいなあと思っていたらくまは言った。


「これは魔法の火だから大丈夫」


 そうなんだ! 私はほっとして、もう一度炎を呼び出す。今度はすぐに、ぴょこんって感じで現れた。やっぱりかわいい……と思ってると、横から水がぱしゃっとかかって消えてしまった。


「水は火よりも強い」


 瑞希が言ってる。「魔法の火と水だけど、ここのところは現実と一緒なんだね」


「消さないでー!」


 もう一度、炎を出現させようとすると、くまが言った。


「遊ばない。さて、君たちにはさっそくやってもらいたいことがある。――窓の外を見てごらん」


 私たちは窓に近づいた。外を見る。隣のおうち、似たような家が並ぶ住宅地、下を見れば我が家のささやかな庭。そして――。……庭に何かがいる!


 それは黒くて大きなものだった。黒い影だ。ただの影じゃない。光るものが二つ見える。目……、のようにも見えるけど、あれは……。


「あれが、君たちが戦う相手だ」




――――




 くまはさらっと言ったけど、結構大きいよこの敵! 普通車くらいある! 全身真っ黒でなんか強そう! 気持ちがくじけてしまう……。火と水で……どうにかやっつけられるのかな。


「なるほど。じゃあちゃちゃっとすませてくる」


 あっさりとなんでもないことのように、瑞希は言った。私は不安になったけど、瑞希は全然そんなことないみたいだ。部屋から出ていこうとすると、くまがそれを呼び止めた。


「窓から跳び下りてごらん?」

「どういうこと?」

「変身によって、運動能力が格段に上がっているはずだ。たんに服が変わっただけじゃない」


 瑞希はまたも窓に近寄り、庭を見下ろした。ここは二階だ。それなりの高さがある。


「と、跳ぶの?」


 私は瑞希の腕を取った。瑞希は私を見て笑った。


「これが夢の中ならば――夢の中って、空を飛べたりするもんじゃない?」


 そう言って、瑞希は窓の敷居に足をかける。そして次の瞬間、姿が消えた! 慌てて下を見ると、瑞希が庭に立ってこちらに手を振っている。


「大丈夫だよー。簡単に着地できる」


 楽しそうだ。瑞希もちょっとずつテンションが高くなってるみたいだなあ。私は窓から身を乗り出して、迷った。私も……できる……のかな? 瑞希は大丈夫って言ってたし、なんだかできそうな気もするけれど……。


 えいって覚悟を決めて、私も跳び下りる。気付いたときには、庭に難なく立っていた! 階段の一番下の段から、ぴょんと跳び下りるような感じ。これは本当に、すごく簡単だ!


 楽しい~! って、そんなことを思ってる場合じゃなかった! 戦わなければいけない相手がいるのだった。えっと……。私はその姿を探す。庭の北のすみっこに、うずくまるようにしていたそれは……。


 その時、とても奇妙なことが起こった。世界が揺れた。でも地震じゃない。めまいのような感覚があって、目の前の光景がたちまち変わった。形を変えていく。何もかもが。ぶれ、重なり、離れ、その姿を保てなくなる。


 混乱は少しの間だった。すぐに落ち着いた。けれども――そこにあるのは私の知ってる庭じゃなかった。庭がない。家もない。となりの家も。住宅地も。


 白い空間がそこにはある。その中にいる、私と瑞希。そして目を持つ影。




――――




 こ、これはどういうことなの……。恐怖と不安で瑞希に寄り添ってしまう。と、そこに声が聞こえた。くまの声だ!


「これは異空間だ」


 声のするほうを見ると、くまがふわふわ浮かんでいた。君もいたんだね。どこから現れたんだか、わからないけど。


「魔法少女と、魔法によって姿を変えられたもの。その二つの距離が近くなると、このように歪みが生じて、異空間に取り込まれてしまう」

「あの……どうやったらここから出られるんですか?」


 くまは親切に教えてくれる。説明係だ。くまの存在がありがたい。


「あの影をやっつけて、魔法の力を切り離し、彼を元の姿に戻すことができれば、全てがあるべき状態に戻る」


 ありがたいくまはそう言った。瑞希がきっと、影をにらんだ。


「じゃあやっぱりさっさとやっつけなくちゃ」


 瑞希が跳ぶ。影へと近づく。影が、はっと身を強張らせたように見えた。そして逃げる。


「待てー!」


 瑞希が言って、影を追いかける。私も行かなくちゃ! 瑞希だけに任せておくのは悪い気がして、私も後を追った。……すごく身が軽い! 足が早い! 一歩でたくさん移動できるし、ジャンプも人間離れしてる!

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