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これが気になっていたこと。一度芽生えた疑惑は、一夜明けても上手く消すことができなかった。ほたるちゃんが魔法少女だったら――だったら――うん、それで、何かが困るとかいうわけじゃないけど、私たちの先輩なんだし、いろいろ相談に乗ってくれたりするかな?
「なんでまたそう思うの?」
瑞希は冷静だ。
「あのくまのぬいぐるみはお母さんが作ってくれたものなんだ。同じくお母さんが作ってくれたぬいぐるみをほたるちゃんも持ってる」
「……ほのかのお母さんは異世界人とコンタクトができるぬいぐるみを作れる人だったの?」
「いや、そういうわけではないけど」
異世界人がこの世界の人たちとコンタクトをとるためには何か媒介――ぬいぐるみのような――が必要みたい。でもそれらに共通点があるのかは――私もわからない。だから、ほたるちゃんが似たぬいぐるみを持っていても、それすなわち魔法少女である、ということにはならないのだけど……。
「うちの高等部の三年生はたくさんいるよ。たまたま、姉妹で魔法少女、ってあり得るかなあ」
「うーん……」
可能性は低いのだろうか。瑞希と話すうちに、自分の考えがただの空想に思えてきた。
「じゃあ、違うのかな」
瑞希は否定も肯定もしない。瑞希自身もはっきりとした答えを持っているわけじゃないからだろう。
私たちは少し黙って、歩いていく。古風な形の窓から差し込む光が綺麗。……ほたるちゃんのことは少し脇に置いておこう。それよりも今は――沢渡さんだな。
――――
放課後、理科の先生に捕まってしまった。明日の授業の準備をお手伝い。だから、下校が遅れてしまった。
理科室から教室に、荷物を取りに戻る。吹奏楽部の練習の音が遠くから聞こえる。やわらかなホルンの音。廊下には人気がない。各教室にも誰もいない。
うちのクラスの教室もそうなんだと思ってた。でも違った。沢渡さんがいたのだ。私はちょっとドキッとして、でも何気ない風で中に入る。
沢渡さんは自分の席に座って、本を読んでいた。窓際の席。傾いた陽射しが教室に静かに落ちている。私は沢渡さんに声をかけた。
「まだいたんだ」
「うん。そろそろ帰らなくちゃ」
「私も」
沢渡さんは本を閉じて立ち上がった。机に置かれた本にはブックカバーがかけてある。文庫本だけど、その中身はわからない。やっぱり、難しそうな本なのかな……。
せっかくだから、また少し話がしてみたいけど……。本の話がいいのかな。でも何の本を話題に出せばいいんだろう……。難しそうな本をたくさん知ってる沢渡さん。一方で私の方は……えーとえーと。
頭の中で懸命に、今まで読んだ難解な本、を検索していると、沢渡さんが話かけてきた。
「今日はなんだか、縁があるね」
「縁?」
「というのかな? 話す機会が多いね、っていうか」
微笑んで、そう言う。私も笑顔になった。
「そうだね。私、沢渡さんともっと話してみたかった」
「そうなの?」
少し、驚いた様子を見せる。
「そうだよ! 沢渡さんは大人っぽいからちょっと近づきがたい……あ、これはそんな悪い意味じゃないんだけど、えっと……そう、でも、勉強も運動もできるし、お話してみたらきっと楽しいだろうな、って」
「そうかな」
沢渡さんがまた、笑う。綺麗な笑顔だな、とふと思った。やっぱり顔立ち整ってるなあ。私より背が高くて、優しそうに、そっと私を見下ろしている。
髪の毛も綺麗。さらさらだ。目が合ってしまい、なんとなく気まずくてすぐそらしてしまった。
少しの間沈黙。生徒たちの声が微かに聞こえる。――なんなんだ、この雰囲気は。
放課後。二人で。教室で。二人きりで、誰もいなくて、いい感じに夕日が差し込んでいて。そんな中私たちは二人きりで。沢渡さんは綺麗で。
い、いや、なんか顔が熱くなってきた! 赤くなってるのばれたら困る! 私はなんとか気持ちを落ち着けようとして、とりあえずしゃべった。
「楽しいよ! きっと! 私、沢渡さんのことまだよく知らないから、知りたいこともたくさんあって……その……」
ますます体温が上がってしまう。ちょっとずつ後ずさりを始める私に、沢渡さんは、微笑みを浮かべたまま、言った。
「私に、興味があるの?」
落ち着いた声。少し低めでやっぱり大人っぽい。ほんの少し、からかうような色もあって、私は、私は――。
「ご、ごめんなさい! あんまりあれこれつきまとうのはよくないね!」
限界だった。私は、すでに帰り支度のしてあった荷物をひっつかむと一目散に教室を逃げ出した。
――――
翌日。私は冴えない気持ちで登校した。教室には沢渡さんがいる。いて駄目なわけじゃないけど……うう、なんとなく顔を合わせづらい……。
「どうしたの?」
瑞希がきく。私の異変に目ざとく気づくやつなのだ。私は答える。
「……三歩進んで五歩下がったというか……」
「何があったのよ?」
詳しいことはノーコメントとする。
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