6
二人、三人、ときには十人弱の団体になってはしゃぐ女の子たちをちらりと見る。楽しそうな声が聞こえる。背後の廊下をおしゃべりに夢中な子たちが通っていく。誰も私に注意を払わない。でもそのほうがほっとする。
今日は頑張って全部食べた。水筒のお茶を飲んで一息つく。と、その時、嫌な予感がした。敵の気配
だ。
でも……今は変身できない。人が多すぎる。敵はどこ? と眩しさで目を細め中庭を見渡すも、その姿を捉えることができない。やがて予感は消えていった。敵はどこかへ去ったのだ。
放課後にまたここに来よう、と思った。その頃には他の生徒もいないだろうし。瑞希たちにこのことは――話すべき、なのだろうけど……。
――――
でも結局話さなかった。
話せなかった、といったほうが正しいけど。午後も瑞希たちと会話をすることがなかったし。
中庭の敵は自分一人でなんとかしようと決意する。なんとかなる……、よね? 多分大丈夫。今までだってそんな強敵いなかったじゃない。被服室のハサミムシとかはあったけど、あれは私がすっ転んだからピンチを招いたようなものだし。
でも……今度転んでも、誰も助けてくれないよね。
いや、くまがいる! くまが助けるって言ってた! くまを信じよう! そう思って私は不安を払いのけた。だからきっと、大丈夫。
午後の授業が終わって、私は図書室へと赴いた。生徒たちの大半が帰るまでここで時間をつぶそうと思ったのだ。冷房の効いた図書室は静かだ。本を読んでる子、勉強をしている子が幾人か。あまり人がいない。
開架をまわって適当な本を取って、椅子に座った。本を読みながら時が来るのを待とうと思う。でも目は活字の上をすべっていくばかり。内容が頭に入らない。せっかく、明るく軽く楽しそうな小説を選んだのに。
下校の時間が近づいて、図書室から人が段々と減っていく。私も本を棚に戻して、中庭へと向かう。この時間だと校内に人は少ない。中庭も、幸いなことに誰もいなかった。
中庭を見回した。確かに、何かがいる。予感がある。まずは偵察。怪しいのは、池だ。
レンガで囲われた池に近づいて、中を見た。睡蓮の葉の下を小さなめだかたちが泳ぐのが見える。でもその向こう。奥のほうに、黒い影が見えた。それは動いている。何か大きな魚がいて、静かに底をさらっているように。
これだ。これが敵の姿だ。わかったので、変身をしたいところ。でも人の目を考慮して、近くの教室へと移る。
無人の教室で変身をすませて、扉から辺りを伺う。誰もいないのを確かめて、中庭へと走った。
――――
ほのかに青みを帯びた世界が私を取り巻いた。光りがゆらゆらと揺れている。それは私の頭上から頼りなげに降り注ぎ、太陽との距離の遠さを思わせる。
といっても寒いわけでもないし、活動するのに十分な明るさもある。でもこの感じは何かを彷彿とさせる……。水、かな。まるで水中にでもいるみたい。息は普通にできるんだけど。
それよりも! 敵だ! 周囲を見て、すぐに発見した。見落としようがない。とても大きなもの。
巨大な、魚だ。
私の斜め上に、大きな魚が浮かんでいる。大きい……。池で見たときは、一メートルくらいかな? と思ったけど、そんな大きさじゃないよ! 学校のプールくらい……ううん、それ以上あるかも!
私はたじろいだ。でも今さら戻るわけにもいかないし、というか、ここから出るにはこれを倒さなきゃだし……。私は覚悟を決めて、魚を見つめた。
灰色のうろこをして、頭の丸い魚。両横にあるガラスのような目は、私を上手くとらえているとは思えない。でもこちらの存在をちゃんとわかっている気配がする。
口がわずかにあいて、そこからぎざぎざした歯が見えていた。魚は身体をゆっくりと左右にうねらせている。攻撃の機会をうかがうように。
でも、先に動いたのは私だ。さっさとやっつけてしまおう! と思って。力をこめて、炎の球をぶつける。魚の口が大きく開いた。
まさかの出来事が起きた。炎の球が魚の口に吸い込まれてしまったのだ!
ど、どういうこと!? と思っていると、魚の口から、炎の球が出てくる。こちらに向かって! まるで受け取った球を返すかのように! キャッチボールじゃないんだよ!
私は避けた。球はかわしたけど、でも、魚が動く。うろこをひらめかせ、こっちにやってくる! 私は背を向けて逃げた。
そんな、なんなのよこの展開ー! 投げ返されるなんて予想外だよ! 私は走りながら必死に考える。今って、ピンチじゃない? くま、助けに来てくれないかな……。
ううんでも、被服室の一件を考えても、相当なピンチにならないと、助けはやってこないと思ったほうがいい。だから、自力でこの場をなんとかする方法を考えないと……えーっと……。
顔に向かって投げたからいけなかったんだよ。だから、今度はお腹とか。お腹めがけて攻撃しよう! それなら投げ返されないはず! ……いや今度は、魚の身体がバットみたいになって打ち返される心配が……ああもう、バカなことは考えない!
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