くまが重々しく私を呼んだ。そして真面目な、冷たささえ感じさせる表情で言った。


「思い悩むことなんて何もない。私や私たちについて気にする必要も。君たちが、君たち魔法少女がどのように動けばいいのか、私たちが一番よく知っている。だからそれに従っていればいいのだ」


 私はどう返してよいのかわからなかった。従っていればいい? ただくまの言う通りに? 疑問も何も持たず? そうだね、たしかに魔法少女についてはくまのほうがよく知っているのかもしれない。けれどもそこに、私たちが触れることができないのはなんでなの?


 私は膝を立て、そこに顔を埋めた。涙が出てきた。今日はいろいろあって疲れちゃったから、その分、全部含めての涙。


「ほのか……」


 再びくまが私を呼ぶ声が聞こえた。でも今度は前とは違う。動揺している。私が泣いてるから。


「すまない、言い方が悪かった……その……傷つけるつもりはなかったんだ。ただ、大丈夫だと言いたく……」


 そうなのかな? ちょっと棘があった気もするけど。でも私は反論しない。泣くのに忙しいし。


「……いろいろ話せないのには訳があるのだ。一つは私の世界とこちらの世界の関係性。二つが近づきすぎるのはよくないことだと思われている。知らないほうがよいことも……そう……」


 ここでくまは迷うように言葉を切って、そしてまた続けた。


「それに私の一存ではなんともしがたいこともあるのだ。どこまで話してよいのか。私一人がそれを決めることはできない」


 何かが頭に触れる気配がした。小さな何かだ。たぶん、くまの手。私の頭をおずおずとなでながら、くまは話を続ける。


「君たちに対して何か敵意があると言うわけではない。君たちの存在をないがしろにしたいわけではない。ただ、私は――私たちは――」

「……わかったよ」


 私は小さく言って、鼻をすすりあげた。涙をぬぐって、言葉が上手く出てくるまで、少しの間黙る。その間、くまは黙って待っていた。ようやく落ち着いて私は口を開いた。


「楓ちゃんが言ってた。異世界はぬいぐるみの世界だったらいいなあって。くまは異世界でも、本体もやっぱりこのくまのぬいぐるみの姿で、他にもいろんなぬいぐるみたちが暮らしてるの」

 

 私は顔をあげた。目の前に浮いてるくまの姿が見えた。……変な光景。でももう慣れてるけど。


「異世界はぬいぐるみの世界。そうだよね、くま」


 私は笑って言う。さっきまで泣いてたので、不自然な笑顔になっちゃったけど。ほっぺたがひきつる。無理に顔の筋肉を動かしている。


「そ、そうなんだよ」


 くまは面食らった表情になり、でも私に話を合わせようとしてくれた。考え考え、くまは話を続ける。


「そう、ぬいぐるみたちの世界で、ぬいぐるみの家族がいて――ええと、彼らには友人も――」

「どんなぬいぐるみがいるの?」

「くまに……うさぎに犬にそれから猫に……」

「かえるもいるの?」


 私はかえるのぬいぐるみも持ってるから聞いてみた。くまはちょっと黙って、でもすぐに答えた。


「いるよ」

「学校あるの?」

「そう、そうだな、学校もある。学校……そう、なんだっけ……教室があって、机があって、たくさんの子どもたちがそこに通って……」


 私はくすっと笑った。ぬいぐるみの子どもたちが通う学校。想像するととてもかわいい。もうそういうことでいいと思う。


 それに一生懸命、つくり話を続けてくれるくまを見ていると、これ以上あれこれ言うのは悪いな、とも思った。


 ――やっぱり瑞希に謝ろう。ちょっと心がほぐれて、身体もほぐれて足を投げ出して、私は思った。今日はひどい一日だったけど、何もかもけんかのせいだよ。謝って……すっきりしよう。




――――




 とはいうものの……。


 翌日学校で。謝る気持ちで登校したはいいのだけど、教室で瑞希と目が合うと、向こうはぷいと顔を背けてしまった。気持ちはたちまちなえてしまう。……なんなんだよーこちらは殊勝な気持ちで登校したのに、その態度は……。


 だから結局、瑞希と、沢渡さんとも楓ちゃんとも話せなかった。そのままお昼休みになってしまう。四時間目終了のチャイムと共に、私は一目散に教室を出ていく。瑞希と他の二人がどうするのか知らないけど。私はみんなと食べる気はないし……。


 今日はどこに行こう。昨日みたいに人気のないところでひっそりと食べるのは惨めだなと思った。別に他の人たちがいたって、いいじゃない。明るいところに行こう。


 そう思って中庭に足を運んだ。芝生の中庭は日差しがきつくて、思ったより人がいない。私は迷って、中庭に下りる階段に座って食べることにした。ここなら多少は日差しが遮られるし。

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