7
うさぎはぴょんぴょん逃げていく。あんまり追うのはかわいそうになって足を緩める。うさぎはそのまま離れていく。お城のほうへと向かっている。お城にお姫さまがいて、その人が飼っていたりするのかな。
私は元の場所へと戻った。瑞希が沢渡さんに、魔法少女のことやその役目の話などをしていた。だいたい一通りの説明が終わったらしい。沢渡さんは戸惑った表情を浮かべている。
「すぐには……飲み込めないというか、理解できそうにないけど……」
沢渡さんが言う。瑞希は沢渡さんを励ますように見上げた。
「それは仕方ないよ。でも実際に敵と戦えばわかる。そう、まずは敵をやっつけなければ」
「ねーねー、うさぎがいたよー」
私は二人に声をかけた。
「かわいいうさぎだった!」
私の熱心な報告に瑞希はまったく興味を示さず応じた。
「そう……」
「うさぎと戦うの?」
これは沢渡さん。私は首を横に振った。
「違うと思う。たぶん、髪の長い女の人。文芸部の幽霊」
「文芸部に幽霊が出るという話は聞いたことがあるけど……」
「そういえばあの幽霊どこに行ったの?」
瑞希がきょろきょろと辺りを見回した。庭園は光に溢れていて、空は青くて、あまり幽霊が出そうな雰囲気ではない。
「探しにいこうよ!」
私が先に立って歩き出す。二人もついてきた。
「ここ、すごいよねー。こんなとこ初めてじゃない!?」
私の言葉に瑞希が答える。周囲を注意深く見つめながら。
「たしかにこんなのはなかった」
「あちこち探検してみたい!」
どうせならお城にも行ってみたい! 中に入ってみたいな~。きっと素晴らしく豪華で素敵なんだろう……。
「思わずうさぎをおっかけちゃったんだよ」
さっきの私の行動を二人に話す。瑞希が言った。
「狩猟本能?」
「じゃなくて。アリスみたいだなって思ったの」
「ああ、不思議の国の」
「チョッキきた白うさぎを追いかけるでしょ、そして不思議の国に行くの。そういえばそこにも庭園が出てきたなー。赤と白のバラもあったはず」
少し歩くと、壁に突き当たった。蔦の絡むレンガの壁。古い木の扉もあった。
扉のノブを回しそっと押してみる。開いた。目に飛び込んだのはまた庭園。今度は辺り一面に可憐な花が咲いてる。光にきらめく涼し気な噴水もある。花畑と、水の共演。
私はますます嬉しくなった。
「アリスもドアを開けて庭園に入ったんだよ! そこで待っていたのは……」
「ハートの女王」
瑞希がぽつりと言った。
瑞希は何かを見ている。私はその視線を追った。花畑で、何か動くものがある。人影のようなもの。長い髪をした……幽霊、って文芸部の人たちから言われていたのとたぶん、同じもの。
瑞希の声がまた聞こえた。
「首をはねろ、って言うんでしょ」
そうだった。アリスは庭園で残虐なハートの女王に会うんだった。
――――
でも! ここで臆してはいけない。私たちは彼女(彼女? 彼?)をやっつけに来たのだった。私はその人影をきっと見据える。人影は震えている。部室でそうだったように、少しずつ大きくなっている。そして少しずつこちらに近づいてくる。
金色の、長い髪をした女性だ。顔が影になってて、表情はよくわからない。目のあるところが赤く光っている。裾の長い、朱色の服。空を覆うように広がっていく。花畑を埋めていくように。
私は身体を緊張させた。すぐにでも攻撃できるように。そこではたと疑問が生じた。
「沢渡さんの魔法って何なの?」
「魔法? 魔法が使えるの? 私」
「そう。そこは魔法少女だから……」
驚く沢渡さん。私は考えた。沢渡さんの石は紫だから……。紫……えっと……なんだ?
「どうすれば魔法が使えるようになるの?」
質問する沢渡さんに、私は答える
「えっとね。こう……心で念じて」
「その時が来ればわかる!」
横から瑞希がぴしゃりと言った。「今は敵に集中して! どんどん大きくなってるじゃない!」
「そうだね!」
沢渡さんのことは気になるけれど、私はともかく敵に向き合った。と、そこでぎゅっと片足を引っ張られた!
「えっ! なになに!?」
驚いて下を見る。壁を覆っていた蔦がいつの間にか伸びて、私の足に絡みついてる! 取ろうとしても強い力で阻止されて無理。私は焦った。
「これはどういう……」
魔法でなんとかしようと試みる。小さな炎を蔦にぶつける。でも蔦に当たった瞬間に、炎は嫌な臭いを出して消えた。蔦は無傷だ。……どうなってるの。この蔦気持ち悪い……。
敵のほうを見た。花畑が……広がってる! 花たちが伸びて、私たちのほうにその手を伸ばしてる。
瑞希が動いた。まだ蔦に捕まってなかったみたい。敵に駆け寄って、跳んで、水の球を打ち込もうとする。けれども跳びあがったところで、植物たちにつかまってしまった。茎がうんと伸びて、瑞希を捉えてしまう。
私は沢渡さんの方を振り返った。こちらに触手を伸ばす蔦を、沢渡さんは器用に避けている。すごく嫌そうに。でも動きが敏捷だな。運動神経がいいからか。
「沢渡さん、私、動けなくて!」
情けないけど、助けを求めてしまう。
「わかってる! でもこれ、どうしたら……」
「魔法で……なんとかできたら……」
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