うさぎはぴょんぴょん逃げていく。あんまり追うのはかわいそうになって足を緩める。うさぎはそのまま離れていく。お城のほうへと向かっている。お城にお姫さまがいて、その人が飼っていたりするのかな。


 私は元の場所へと戻った。瑞希が沢渡さんに、魔法少女のことやその役目の話などをしていた。だいたい一通りの説明が終わったらしい。沢渡さんは戸惑った表情を浮かべている。


「すぐには……飲み込めないというか、理解できそうにないけど……」


 沢渡さんが言う。瑞希は沢渡さんを励ますように見上げた。


「それは仕方ないよ。でも実際に敵と戦えばわかる。そう、まずは敵をやっつけなければ」

「ねーねー、うさぎがいたよー」


 私は二人に声をかけた。


「かわいいうさぎだった!」


 私の熱心な報告に瑞希はまったく興味を示さず応じた。


「そう……」

「うさぎと戦うの?」


 これは沢渡さん。私は首を横に振った。


「違うと思う。たぶん、髪の長い女の人。文芸部の幽霊」

「文芸部に幽霊が出るという話は聞いたことがあるけど……」

「そういえばあの幽霊どこに行ったの?」


 瑞希がきょろきょろと辺りを見回した。庭園は光に溢れていて、空は青くて、あまり幽霊が出そうな雰囲気ではない。


「探しにいこうよ!」


 私が先に立って歩き出す。二人もついてきた。


「ここ、すごいよねー。こんなとこ初めてじゃない!?」


 私の言葉に瑞希が答える。周囲を注意深く見つめながら。


「たしかにこんなのはなかった」

「あちこち探検してみたい!」


 どうせならお城にも行ってみたい! 中に入ってみたいな~。きっと素晴らしく豪華で素敵なんだろう……。


「思わずうさぎをおっかけちゃったんだよ」


 さっきの私の行動を二人に話す。瑞希が言った。


「狩猟本能?」

「じゃなくて。アリスみたいだなって思ったの」

「ああ、不思議の国の」

「チョッキきた白うさぎを追いかけるでしょ、そして不思議の国に行くの。そういえばそこにも庭園が出てきたなー。赤と白のバラもあったはず」


 少し歩くと、壁に突き当たった。蔦の絡むレンガの壁。古い木の扉もあった。


 扉のノブを回しそっと押してみる。開いた。目に飛び込んだのはまた庭園。今度は辺り一面に可憐な花が咲いてる。光にきらめく涼し気な噴水もある。花畑と、水の共演。


 私はますます嬉しくなった。


「アリスもドアを開けて庭園に入ったんだよ! そこで待っていたのは……」

「ハートの女王」


 瑞希がぽつりと言った。


 瑞希は何かを見ている。私はその視線を追った。花畑で、何か動くものがある。人影のようなもの。長い髪をした……幽霊、って文芸部の人たちから言われていたのとたぶん、同じもの。


 瑞希の声がまた聞こえた。


「首をはねろ、って言うんでしょ」


 そうだった。アリスは庭園で残虐なハートの女王に会うんだった。




――――




 でも! ここで臆してはいけない。私たちは彼女(彼女? 彼?)をやっつけに来たのだった。私はその人影をきっと見据える。人影は震えている。部室でそうだったように、少しずつ大きくなっている。そして少しずつこちらに近づいてくる。


 金色の、長い髪をした女性だ。顔が影になってて、表情はよくわからない。目のあるところが赤く光っている。裾の長い、朱色の服。空を覆うように広がっていく。花畑を埋めていくように。


 私は身体を緊張させた。すぐにでも攻撃できるように。そこではたと疑問が生じた。


「沢渡さんの魔法って何なの?」

「魔法? 魔法が使えるの? 私」

「そう。そこは魔法少女だから……」


 驚く沢渡さん。私は考えた。沢渡さんの石は紫だから……。紫……えっと……なんだ?


「どうすれば魔法が使えるようになるの?」


 質問する沢渡さんに、私は答える


「えっとね。こう……心で念じて」

「その時が来ればわかる!」


 横から瑞希がぴしゃりと言った。「今は敵に集中して! どんどん大きくなってるじゃない!」


「そうだね!」


 沢渡さんのことは気になるけれど、私はともかく敵に向き合った。と、そこでぎゅっと片足を引っ張られた!


「えっ! なになに!?」


 驚いて下を見る。壁を覆っていた蔦がいつの間にか伸びて、私の足に絡みついてる! 取ろうとしても強い力で阻止されて無理。私は焦った。


「これはどういう……」


 魔法でなんとかしようと試みる。小さな炎を蔦にぶつける。でも蔦に当たった瞬間に、炎は嫌な臭いを出して消えた。蔦は無傷だ。……どうなってるの。この蔦気持ち悪い……。


 敵のほうを見た。花畑が……広がってる! 花たちが伸びて、私たちのほうにその手を伸ばしてる。


 瑞希が動いた。まだ蔦に捕まってなかったみたい。敵に駆け寄って、跳んで、水の球を打ち込もうとする。けれども跳びあがったところで、植物たちにつかまってしまった。茎がうんと伸びて、瑞希を捉えてしまう。


 私は沢渡さんの方を振り返った。こちらに触手を伸ばす蔦を、沢渡さんは器用に避けている。すごく嫌そうに。でも動きが敏捷だな。運動神経がいいからか。


「沢渡さん、私、動けなくて!」


 情けないけど、助けを求めてしまう。


「わかってる! でもこれ、どうしたら……」

「魔法で……なんとかできたら……」

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