私は悲しい気持ちで言う。私を捕まえている蔦はさらに伸びて、足首から腿の方へと這い上がっている。この前はカーテンにぐるぐる巻きにされるところだった……。今度は蔦にぐるぐる巻き……。嫌だ、こんな人生……。


「魔法? 魔法……」


 沢渡さんが呟く。沢渡さんは何の魔法が使えるんだろう。期待を込めて見つめていると、沢渡さんは身をかがめて地面に手を触れた。その途端、大地が揺れた。


 沢渡さんを中心にして、地を揺るがす衝撃が広がっていく。


「な、何!?」


 私はびっくりして思わずしゃがみ込んでしまった。蔦が力を失っていく。私の足からするすると落ちる。瑞希もだ。締め付けていた茎が緩んで瑞希の身体が地面に落ちる。瑞希は人間離れした器用さで着地した。そして今度こそ、ありったけの力を込めて水の球を謎の女性に打ち込んだ。


 世界が崩れていく。


 髪の長い女性が崩れ、花々が崩れ、蔦が崩れ、空が崩れ、そして私たちは元の世界に戻っていく。




――――




「――今回も無事生還!」


 辺りがおなじみの部室になった(幸いだ。私たち以外誰もいない)ことを確認して私は言った。いやー今回はなかなか強敵だった。私の活躍の場がなかった。でも結果オーライということにしておこう。


 それにしてももし負けちゃったらどうなるのかな。その時は異空間とやらで死んじゃうことになるのだろうか……。ぞっとするけど、それはあまり考えないことにする。


「沢渡さん!」


 私は沢渡さんのほうを向いた。


「やっぱり、沢渡さんは魔法少女だったんだね! どうぞ、これからよろしくね!」

「ありがと。私たちを助けてくれて」


 瑞希も言う。火、水、ときたから、沢渡さんの魔法は地、なのかな。紫あんまり関係ないけど。


 沢渡さんは戸惑っている。無理もない。とても現実には起こらないようなことが起こったんだもの。すごく混乱していると思う。沢渡さんは黙って――、黙って私たちを見て、そして急に笑い出した!


 すごく大笑いしてる! こんな沢渡さん見るの初めてだ!


「あ、あの、沢渡さん……」

「ご、ごめん。でもすごくびっくりして、私……」


 沢渡さんが笑いながら私たちを見る。びっくりって、そりゃあびっくりだよね。


 笑いを収め、でも楽しそうな顔で、沢渡さんは私たちに言った。


「魔法少女か。いいね。なんだか嬉しい。そういうの憧れだったから」

「憧れ?」


 意外な言葉だった。沢渡さんは頷いた。


「そう。かわいい服きて戦うの。でも私には似合わないと思ってたから」

「そんなことないよ!」


 沢渡さん、似合ってたよ。かわいい部分もありつつ落ち着いた、シックなデザインの服で。魔法少女に変身すると、みんな素敵になるみたい。これすごく嬉しくない? あれ、でもこういった嬉しさとひきかえに危険な仕事をさせられているのかな……。今度くまに聞いてみよう。


「ありがとう」


 沢渡さんは私に微笑んだ。


「ちょっと! 本が大変なことになってる!」


 瑞希が声をあげた。見ると、本棚の本が落ちて床に散らばってる! 私たちは慌ててそれを拾い集めた。加奈ちゃんたちが帰ってくる前に、元に戻しておかなければ。


 私は一冊の本を手に取った。前にも見たことある表紙。やわらかな花園で、やわらかに微笑む女の子。さっきの庭園での中での戦いを思い出した。……ひょっとして、今回は本が魔法で形を変えてしまったのかも。


「……やっぱり、文芸部に入ろうかな」


 ぽつりと沢渡さんが言った。


「入りたかったの?」


 瑞希が尋ねる。


「うん。ここにある本が読めるのは魅力だし……」

「こういうの好きなんだ?」


 ふわふわと甘い少女小説の数々。それ以外もあるけど。瑞希が指してるのは甘い世界のほう。


「好きだよ」


 沢渡さんはさらりと言う。……意外だ。


「じゃあなんで入部の誘いを断ったの?」


 今度は私。沢渡さんは私のほうを向いて言った。


「私、読むけど書かないから。書かなくていいなら、入りたいな、って思ったんだけど」


 そうだったんだ。てっきり沢渡さんはこの文芸部のような、乙女ちっくな世界が苦手なんだと思ってた。今もそんな感じがある。姿を見てるだけなら、沢渡さんはやっぱり飄々として大人っぽくて、私たちの夢見がちな世界とは少し距離を置いているように見える。


 でも、そうじゃないのかな?


 ドアの向こうで声がした。加奈ちゃんたちが帰ってきたのだ。




――――




 加奈ちゃんたちが入ってくる前に、床に落ちてた紫の石を慌てて回収した。(私のは最初からそうだったように、ポケットの中)


 そして帰り道に、そっと沢渡さんに渡す。


「これ、大事にしてね」

「わかった」


 沢渡さんは微笑んでそう言った。紫の石が、沢渡さんの手の中に包まれていく。

 

 それから三日後。沢渡さんは教室で、ふいに私に言った。


「私、文芸部に入ることになったんだ」

「そうなの?」

 

 朝のざわざわした時間。少しずつ教室にみんなが集まり始めてる。おはようの声に、昨日の報告や今日一日の予定などの話が聞こえてくる。


「文芸部の人に話をしたら、別に書かなくてもいいから、って言われて。だったら、入部しない理由もないし」

「よかったじゃない」


 あの部室に沢渡さんがいるところを想像する。それはそれで……似合う気もしてくる。ちょっと、おとぎの国の王子さまみたいで……?


「書くのも悪くないかな、って思ったりもして」

「えっ、何か書くの? 読みたい!」


 沢渡さんならどんな物語を書くんだろう。興味を持っていると、沢渡さんは少し苦笑した。


「でもやっぱり書かないかも」

「えー。でも書いたら読ませてね。ね、どんな話を書くつもりなの? 教えて」


 沢渡さんの中にはどんな物語があるの? 少女小説が好きなのはわかった。でもミステリやSFも好きなんだよね。いろんなものをあれこれ読んでいるのかも。そういう人の中からはどういう物語が生まれるんだろう。


 沢渡さんがそっと私に近づいた。そして、私の頭の上で、低い、優しい声で言う。


「秘密」


 ぱっと離れて、今度は茶目っ気のある笑顔で私を見て言う。


「完成したら読んでね」


 そして自分の席へと帰ってしまった。


 私はまたちょっと動揺してる。ふいの接近、ささやき声、「秘密」、優しくてちょっと甘い言い方。なんていうか、まるで、まるで……。


 うーんやっぱり沢渡さんは、ちょっと捉えどころのない人、かも。

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