3
授業が終わって、何人かの子たちが篠宮さんの周りに集まる。「音楽好きなんだってね」一人の子が言う。「何か楽器でもやってるの?」
「ピアノを少し、習ってるけど……」
「そうなの!? 弾けるの?」
「ちょっとなら……」
「聴きたい!」
女の子たちがわっと騒ぐ。篠宮さんが戸惑いながらもいいよと言うと、女の子たちは篠宮さんをピアノの方へ連れていく。私と瑞希、沢渡さんも、興味を惹かれてついていく。
強引な感じで篠宮さんがピアノの椅子に座らされ、私たちは周りを囲んで、演奏を待った。少しためらった後に、篠宮さんの指がそっと鍵盤に触れる。
最初はなんだかおどおどした音だった。迷って、怯えているみたいな。でも徐々に気持ちが落ち着いてきたのか、音に力が出てくる。
長くて白い指が鍵盤の上を走る。そこから流れ出てくるメロディー。初めて聴く曲だけど、少し物悲しくしっとりとして美しい。クラシックの何かなのかな? タイトルはわからないけど、でもいい曲。
私たちはうっとりと聴き惚れた。得意なもの、あるじゃないと私は思う。ピアノが得意。十分上手いと思うのだけど……どうして自分を卑下するようなことを言うのかな。
演奏は急にとぎれた。はっとして私は篠宮さんを見る。篠宮さんは赤くなって俯いていた。ようやくこの状況に気付いて、ようやく恥ずかしさが全身に回ったみたいに。
「あ、あの、そろそろ教室に帰らないと次の授業が……」
篠宮さんが立ち上がる。女の子たちもそうだねと同意して、篠宮さんは彼女らと共に音楽室を出ていった。女の子たちが口々に話しかける。「ピアノ、すごく上手だった!」「あの曲なんていうの?」「音楽好きなら、吹奏楽部に入らない?」
私たち三人も音楽室を出た。篠宮さんのことが少しずつ、見えてきたような気もする。真面目な頑張りやさん。ちょっと自信のない人。楽しそうに歌って、ピアノが上手。
そして……どうやって仲間に入れるべきなのか。そこを考えなくちゃ。
――――
それから毎日、篠宮さんをお弁当に誘う。そんなことをしているうちに私たちは次第に仲良くなっていった。
でも……魔法少女の話はまだしてない。しようにも、ずいぶん突拍子もない話だもんな~……。すぐに信じてくれるとは思えないし……。
迷っていると、転機はたちまち訪れたのだ!
それは下校中のことだった。家まではあともう少しで、私と瑞希は他愛もない話をしながら、公園の近くを歩いていた。と、その時。嫌な予感が胸を走る。そして石からの警告のメッセージ。
「瑞希……」
「うん、いるね」
公園の中からだ。私と瑞希は公園に入った。子どもたちが数人すべり台ではしゃいでいる。敵はどこか――。茂み? 公園を取り巻くように植えられた木の下の、つつじの茂み。その近くに、何かがいる。
私と瑞希は公園のトイレに入った。そこで変身を済ませる。子どもたちがこちらを見ていないときに上手くここから出ようと、出入り口からそっと辺りを伺っていると、突然、名前を呼ばれた。
「……一瀬、さん?」
私はとびあがりそうになった。その声は――篠宮さんだ!
振り返って、篠宮さんとしっかり目が合う。制服姿の篠宮さんだ。
「し、篠宮さん! どうしてこんなところに!?」
私は上ずった声を出してしまう。篠宮さんの家はこの近くではないはず……。篠宮さんは戸惑った様子でこちらを見て言った。
「親戚の家がこの近くにあるの。用事があって、学校帰りに寄ってみたら、この辺すごく懐かしくて、そういえばこの公園でも遊んでなあと思って中に入ってみたんだけど……。一瀬さん、一体何をしているの?」
「え、え、何って、トイレ……」
「でもいつもと感じが違う……」
そう! そうなんだよー! 変身してるから! 変身すると、服だけじゃなくて、髪型も微妙に変わるしアクセサリーとかついちゃうし、顔もお化粧したみたいになるんだよー!
「え、えっと、あの、その……」
もう何を言っていいかわからず、非常にうろたえていると、私の後ろから瑞希が顔を出して、篠宮さんを強引にトイレに引っ張り込んだ。
「篠宮さん!」
私も一緒に中に入る。瑞希は篠宮さんに強い調子で言った。
「落ち着いてきいてね。私たちは……魔法少女なの」
篠宮さんは落ち着いていた。というより、状況をよく理解していないようだった。
「魔法少女……?」
あやふやな声で篠宮さんは尋ねる。瑞希は力強く肯定した。
「そう。魔法少女って知ってる? アニメや漫画で見たことあるでしょ?」
「う、うん……。アニメや漫画でしか見たことないけど……」
そりゃそうだろうな。
篠宮さんはあらためて、じっくりと私たちの恰好を見た。
「なんだか二人とも魔法少女みたいだね。すごくかわいい恰好をしてる」
「みたいじゃないの。魔法少女なの。それであなたも魔法少女なの」
「はあ」
「私たち、全員そうなの」
篠宮さんが沈黙している。瑞希は今度は私に言った。
「緑の石、出して!」
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