5
「私は……無理みたい」
ミシンと格闘していた篠宮さんがため息をついた。時計を見る。そろそろ下校時間だ。帰らなくてはいけない。
「家に持ち帰ってやらなくちゃ……」
それが嫌で、私はせっせと頑張っていたのだった。篠宮さんも頑張っていた……のだけど、篠宮さんはどうも動作がおっとりとしている。近くによって、篠宮さんのきんちゃく袋を見る。丁寧な縫い目。丁寧すぎるのがよろしくないのか……。
「まだ残ってたんだ」
被服室のドア近くで沢渡さんの声がした。文芸部も終わったみたいだ。
沢渡さんも入ってきて、みんなで片づけをする。今日の読書会の様子などを尋ねながら手を動かしていると、ふと、嫌な予感がした。
続いて、石からの警告。私は瑞希を、それから沢渡さんを見た。二人とも何をすべきかわかってる。続けて篠宮さん。篠宮さんは戸惑いの表情を見せて、私のに言った。
「これは……」
篠宮さんも、何かよからぬ気配を察知したのだろう。私は力強く彼女に声をかける。
「変身だよ!」
篠宮さんが頷いた。私たちはそれぞれ、自分の石に触れる。
――――
真っ暗。世界が真っ暗だった。
光一つ差し込まぬ……ううんでも、漆黒の闇というわけではないな。ぼんやりとだけど、お互いの姿が見える。
でもこんなに暗いの初めて。私は隣の瑞希に寄り添った。今回の異空間はなんだか恐ろしいな……。
「敵はどこ?」
瑞希は辺りを見回している。でもそれらしきものは何もない。
「何でこんなに暗いんだろう?」
沢渡さんがそう言って、少し歩く。そっと手を前に出すと、驚いた声を出した。
「布?」
「どういうこと?」
瑞希も沢渡さんの近くに行く。私も一人になりたくなくてついていく。怯えた表情の篠宮さんもやってきた。
沢渡さんの手の近くに瑞希も手を置く。
「ほんとだ」
続けて私も。何もないかと思われていた空間に何かがあった。柔らかいものがそっと触れる。手を前に押し出すと、へこむようにそれも動いた。確かにこれは布だ。
「なるほど、ここ、被服室だったから」
瑞希が言う。沢渡さんも同意した。
「私たち、巨大な布をかぶせられちゃったんだね」
……うう、なんだか嬉しくない……。この布から上手く抜け出せることができればいいんだけど……。
そうだ。はさみがあれば。布ならはさみでじゃきじゃき切れるし。私は裁縫箱にあったはさみを思い出した。ここにそれがあればな~。
「はさみがあるといいのに」
私が声に出して言うと、背後で篠宮さんの怯えた声が聞こえた。
「あの! こんなときに今さら感があるのだけど……」
「何?」
瑞希が聞き返す。
「私の魔法って、なんなのかな……」
「うーん、まあそれはそのときになればわかるから」
「私の魔法で、この状況をなんとかできれば……」
「そうね。そうできるとありがたいけど」
瑞希は言って、私を見る。これは布だから……私に燃やせということかな? 私がその準備を始めると、どこかでしゃきんというすっきりとした音が聞こえた。
そしてそちらから細い光が差し込む。はさみがあればいいのにな、って思ったんだった。まさにそんな状況が起きていた。布がはさみで一部切られたみたいになって、そこから光が入ってくる。
でも――布は何故切られたの? 誰かが切ったの? 私はそちらを注意深く眺めた。
切れ目から、何かがのぞく。それは――巨大なはさみ。
――――
「な、何これー!」
私は叫んで、瑞希の後ろに隠れた。瑞希は私より小さいから、上手く隠れることはできない。小さな瑞希に助けを求めるのも恥ずかしいんだけど、でも今はそんなこと気にしてられない!
巨大なはさみ、には身体がついていた。黒くて長細い胴体、昆虫の足のようなものが二本、横から出ている。私はハサミムシという虫を思い出した。ただ、今ここで目にしているはさみは虫についているものよりも、私たちが普段使う工作ばさみや裁ちばさみに似ている。
巨大なハサミムシ。の、ような不気味な生き物。それは直立した姿勢で宙に浮かんでいる。まずは頭、それから胴体。布の切れ目から少しずつ、全身を現そうとしている。
「ハサミムシだよ! こんなでかいの見たことない!」
興奮する私に瑞希は冷静に言った。
「私も見たことない。立ち上がってる姿も。あと、ハサミムシはおしりにハサミがあるんじゃなかったっけ?」
「じゃあクワガタ?」
同じく冷静な沢渡さんが尋ねる。瑞希は首を横に振った。
「クワガタみたいなスマートさがない」
「クワガタでもハサミムシでもどっちでもいいけど!」
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