「私は……無理みたい」


 ミシンと格闘していた篠宮さんがため息をついた。時計を見る。そろそろ下校時間だ。帰らなくてはいけない。


「家に持ち帰ってやらなくちゃ……」


 それが嫌で、私はせっせと頑張っていたのだった。篠宮さんも頑張っていた……のだけど、篠宮さんはどうも動作がおっとりとしている。近くによって、篠宮さんのきんちゃく袋を見る。丁寧な縫い目。丁寧すぎるのがよろしくないのか……。


「まだ残ってたんだ」


 被服室のドア近くで沢渡さんの声がした。文芸部も終わったみたいだ。


 沢渡さんも入ってきて、みんなで片づけをする。今日の読書会の様子などを尋ねながら手を動かしていると、ふと、嫌な予感がした。


 続いて、石からの警告。私は瑞希を、それから沢渡さんを見た。二人とも何をすべきかわかってる。続けて篠宮さん。篠宮さんは戸惑いの表情を見せて、私のに言った。


「これは……」


 篠宮さんも、何かよからぬ気配を察知したのだろう。私は力強く彼女に声をかける。


「変身だよ!」


 篠宮さんが頷いた。私たちはそれぞれ、自分の石に触れる。




――――




 真っ暗。世界が真っ暗だった。


 光一つ差し込まぬ……ううんでも、漆黒の闇というわけではないな。ぼんやりとだけど、お互いの姿が見える。


 でもこんなに暗いの初めて。私は隣の瑞希に寄り添った。今回の異空間はなんだか恐ろしいな……。


「敵はどこ?」


 瑞希は辺りを見回している。でもそれらしきものは何もない。


「何でこんなに暗いんだろう?」


 沢渡さんがそう言って、少し歩く。そっと手を前に出すと、驚いた声を出した。


「布?」

「どういうこと?」


 瑞希も沢渡さんの近くに行く。私も一人になりたくなくてついていく。怯えた表情の篠宮さんもやってきた。


 沢渡さんの手の近くに瑞希も手を置く。


「ほんとだ」


 続けて私も。何もないかと思われていた空間に何かがあった。柔らかいものがそっと触れる。手を前に押し出すと、へこむようにそれも動いた。確かにこれは布だ。


「なるほど、ここ、被服室だったから」


 瑞希が言う。沢渡さんも同意した。


「私たち、巨大な布をかぶせられちゃったんだね」


 ……うう、なんだか嬉しくない……。この布から上手く抜け出せることができればいいんだけど……。


 そうだ。はさみがあれば。布ならはさみでじゃきじゃき切れるし。私は裁縫箱にあったはさみを思い出した。ここにそれがあればな~。


「はさみがあるといいのに」


 私が声に出して言うと、背後で篠宮さんの怯えた声が聞こえた。


「あの! こんなときに今さら感があるのだけど……」

「何?」


 瑞希が聞き返す。


「私の魔法って、なんなのかな……」

「うーん、まあそれはそのときになればわかるから」

「私の魔法で、この状況をなんとかできれば……」

「そうね。そうできるとありがたいけど」


 瑞希は言って、私を見る。これは布だから……私に燃やせということかな? 私がその準備を始めると、どこかでしゃきんというすっきりとした音が聞こえた。


 そしてそちらから細い光が差し込む。はさみがあればいいのにな、って思ったんだった。まさにそんな状況が起きていた。布がはさみで一部切られたみたいになって、そこから光が入ってくる。


 でも――布は何故切られたの? 誰かが切ったの? 私はそちらを注意深く眺めた。


 切れ目から、何かがのぞく。それは――巨大なはさみ。




――――




「な、何これー!」


 私は叫んで、瑞希の後ろに隠れた。瑞希は私より小さいから、上手く隠れることはできない。小さな瑞希に助けを求めるのも恥ずかしいんだけど、でも今はそんなこと気にしてられない!


 巨大なはさみ、には身体がついていた。黒くて長細い胴体、昆虫の足のようなものが二本、横から出ている。私はハサミムシという虫を思い出した。ただ、今ここで目にしているはさみは虫についているものよりも、私たちが普段使う工作ばさみや裁ちばさみに似ている。


 巨大なハサミムシ。の、ような不気味な生き物。それは直立した姿勢で宙に浮かんでいる。まずは頭、それから胴体。布の切れ目から少しずつ、全身を現そうとしている。


「ハサミムシだよ! こんなでかいの見たことない!」


 興奮する私に瑞希は冷静に言った。


「私も見たことない。立ち上がってる姿も。あと、ハサミムシはおしりにハサミがあるんじゃなかったっけ?」

「じゃあクワガタ?」


 同じく冷静な沢渡さんが尋ねる。瑞希は首を横に振った。


「クワガタみたいなスマートさがない」

「クワガタでもハサミムシでもどっちでもいいけど!」

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