12
でも私にはわかる。誰かがそこに「いる」ということが。誰かが「いて」、こちらを伺っている。
私は明るい調子でくまに話しかけた。
「ほたるちゃんが魔法少女だったよ」
くまは驚くかな。黙って反応を待つ。あまり驚いたようには見えなかった。でも何も言わなかった。やっぱり少しは驚いているのだろうか。
「……どこまで知ってたの?」
「何のことだ?」
くまが尋ね返す。私は言う。
「ほたるちゃんのこと。ほたるちゃんが魔法少女だって――知ってた?」
知ってたのに黙っていたとか、そういうこともあるの? くまは穏やかに答えた。
「知らなかった。誰が魔法少女かは知らないと言っただろう? ただ、魔法の気配はしていたから、近くにいるんだろうとは思っていた」
私たちの前の代の魔法少女の話をするたびに、くまが戸惑ったり迷いを見せたりしていたことを思い出した。くまは私に全てを打ち明けているわけではない。本当はどんな姿をしているのか、異世界がどんな世界なのか、そういったことを全く教えてくれない。
なぜ? なぜ、隠す必要があるの?
私は本棚の前に立って、真っすぐくまをみた。お母さんが作ってくれた、かわいらしい茶色のくまのぬいぐるみ。黒いプラスチックの目が私を見返す。
その向こうに――誰か、いる。
あなたは誰なの?
「ほのか?」
くまが私の名前を呼んだ。私の様子がおかしいのに気づいたのだろう。私ははっとして、それから笑顔になった。
「ほたるちゃんの話、聞きたい?」
そう言って私はくまを抱き上げた。そのままベッドに腰を下ろし、横にくまを座らせる。
「びっくりだよ。姉妹で魔法少女なんて」
しかもそれだけじゃないんだよ。私は笑って言った。
「お母さんも、魔法少女だったの!」
くまは今度こそ驚いた顔をした。これは知らなかったみたいだ。たぶん……知らなかったのだと思う。くまはそんなに演技が上手じゃないと思うし。
「身近にこんなに魔法少女がいるものなの?」
「いや……。聞いたことはないが……」
「それだけじゃなくてね、担任の先生も元魔法少女で――」
私は語る。今日あった出来事を。少しずつ暮れていく部屋の中で。でも、全部は話さなかった。後藤先生が他の元魔法少女たちと繋がりがあることとか、ほたるちゃんとうさぎのこととか。なんとなく。
いいよね、全部話さなくても。私にも隠しごとがあったって。
「瑞希と仲直りしたよ」
これも重要なこと。これはもちろんくまにも教える。くまは優しく言った。
「よかったな」
終わってしまうのだと言っていたほたるちゃんを思い出す。そう、終わってしまうものもある。私がこうしてくまと話していられるのも、私があの学校の生徒でいる間だけだし――卒業まで、ずいぶん遠いことのように思えるけど。
くまと話せなくなってしまったら、やっぱり悲しい。
――――
夜が明けて、朝になって。いつも通りの一日が始まる。
着替えて階段を下りて食堂に行くと、もうほたるちゃんがいる。私も朝ごはんのお手伝い。お父さんも起きてきて、みんなで食べる。
今日も天気が良くて空が青くて暑くなりそう。半袖のかわいらしい制服で、私は学校へと向かう。途中で瑞希に会う。昨日は会わずにそれぞれ別々に登校したんだけどね。でも今日は一緒に学校に行くんだ。仲直りしたから。
学校が近くなってくると、同じ制服の子が増える。眩しい白いシャツの群れ。笑って挨拶しておしゃべりに興じて、足取りも軽くみんな元気だ。
私の好きな学校。歴史があってレトロで、校舎が古くてしゃれてて緑がいっぱいで、先生たちも個性的な人たちが集まっていて。そして知ってる? 面白い噂があるんだよ。
この学校には、魔法少女がいるの。
らしい、じゃなくて、これは本当のこと。噂じゃなくて、真実。
私の部屋にはしゃべって動くぬいぐるみがいて、そして私は不思議な石で変身できる。
そう、魔法少女に!
教室に入ると、沢渡さんと楓ちゃんが声をかけてくれる。
今日も一日が始まる。いつも通りの――ううん、今までとは、ほんの何か月前までとはちょっぴり違う、私の秘密めいて素敵な一日が。
少女と魔法と小さな冒険 原ねずみ @nezumihara
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