10
ほたるちゃんは、先生の言葉を聞いていないみたいだった。再び顔を伏せて、地面に向かって、投げつけるように言った。
「聞こえないんです。そのうち、何も会話できなくなってしまう。何も――。前はもっと近くにいたんです。頻繁に私の元に現れて、いろんなことをしゃべったのに。でも今じゃ――今じゃ――。このまま遠くなって、私は……!」
ほたるちゃんの声が泣きそうだった。でも泣かなかった。疲れたようにほたるちゃんは呟いた。
「終わってしまうんです。私……異世界に行きたい」
異世界? ああ、くまやその仲間のいるところね。私も異世界、どんなところか知りたいけれど……。
「……。終わらないわよ」
「……」
先生がそっと声をかける。ほたるちゃんは何も答えない。
「終わらない。人生は長いの。たとえあなたの魔法少女としての役割が終わったとしても、また新しい生活が始まるわ。新しい何かが、そこにはある。私だって――今はもう魔法少女じゃないけど、国語の教師として頑張っているでしょう? 終わってないわ」
先生はそこでいったん言葉を切って、ほたるちゃんに尋ねた。
「あなた、仲間の魔法少女はどうしたの? 魔法少女はたいてい、二人か三人いるものだけど」
「そうなんですか? 私は一人です。魔法少女になったときからそうだし、今までずっとそうでした」
「珍しいわね、それは」
先生はまた少しほたるちゃんに近づいた。そして落ち着いた深い声で言った。
「たった一人で――よく頑張ったわね」
先生の一言に、ほたるちゃんは耐えられなくなったみたいだった。小さな声で、ほたるちゃんは泣き出した。ほたるちゃんが泣くなんて、もう何年も見てなくて、私はびっくりして少しうろたえてしまった。ほたるちゃんが泣きじゃくる。まるで幼い子どもみたいに。
「四人というのも珍しいわね」
先生が今度は私たちを見て言う。楓ちゃんが申し訳なさそうな顔をして言った。
「半人前もいるので、きちんと四人と言えるのかどうか……」
「四人ですよ!」
きっぱりとした瑞希の声。瑞希は胸を張って堂々と言った。
「私たち一人一人、きちんと立派な一人前なんです! それが四人もいるんですよ。そのパワーは四倍……どんな敵にだって立ち向かえますよ!」
「それは頼もしいわね」
先生が笑う。歯を見せて、楽しそうに。こんな後藤先生、本当に珍しい。
ほたるちゃんもちらりとこちらを見た。涙の間にちょっぴり微笑みを見せて。私も微笑む。ほたるちゃんに向かって。
大丈夫だよ、って。何が大丈夫なのか、よくわからないけど。
――――
とりあえず一段落したし、先生がもう下校の時間よと言ったので、みんなで帰ることにする。最初は五人で。でも一人ずつ減っていって、私とほたるちゃんと瑞希だけになって、その瑞希とも別れて、私とほたるちゃん二人で家までの道を辿る。
今までみんなでずっと話してたから、二人きりになったら急に静かになった。私たちはほたるちゃんに、ほたるちゃんは私たちに、それぞれの魔法少女としての活動を語った。私たちは、私たち以外の魔法少女に会えたことに興奮してて、ほたるちゃんもそうみたいだった。
私たちのお母さんと後藤先生が魔法少女だっということも驚きだし! 瑞希が、一瀬姉妹は魔法少女のサラブレッドなの? などとわけのわからないことを言っていた。血筋とかは関係なく、たぶん、たまたま、なのではないかと思うけど。でも面白い偶然。
みんなでわいわい言いながら帰って。でも今はその喧噪が嘘のように静かになって。
少しの間、二人とも何も言わなかった。二人で住宅街をゆっくりと歩いていく。夕方だけど、夏なのでまだ明るい。空は白っぽくて、夏の甘いような空気と、やっぱり少し遅い時間だからなのか疲れたような空気が入り混じって、肌にまとわりついてくる。そんな中を、ほたるちゃんと一緒に歩く。
私はふと思い出した。子どもの頃のこと。いや、今だって子どもだけど、それよりずっと幼かったときのこと。やっぱりこんなふうに、夕方、ほたるちゃんと一緒に歩いてた。
それはたぶん冬のことで、だからもう少し暗くて、西の空がほんのりと赤くなっていて、その赤に追われるように青とも薄い藍ともつかぬ空がずっと先まで広がっていて、その下を私とほたるちゃんは歩いたのだった。公園で遊んでいた私を、ほたるちゃんが迎えに来る。一日の終わりの、よくある光景だった。
「……後ろめたく思っていたの」
ほたるちゃんがぽつりと言った。
「後ろめたい? 何が?」
「お母さんが作ってくれたうさぎのぬいぐるみ――あれを通して私は異世界の人とコンタクトをとっていたわけだけど、あのぬいぐるみは、私のものじゃなかったかもしれないの」
「どういうこと?」
ほたるちゃんは何を言おうとしているんだろう。
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