第六話 養子、縁組ですの?
「ララーシュカ」
「はい、セレスさま」
真面目な声で呼ばれたので、わたくしは、セレスさまを見上げました。
「今日は、大切なお話があります」
「大切な、お話?」
ドキドキ、しますわね。
「あなたに、養子縁組のお話がきています」
「養子、縁組ですの?」
「はい。貴族の方々です。あなたの血や、力のことを考えると、その方が良いと、私は思うのですが……聖獣様は、あなたが、三歳になるのを待って、本人に選ばせるようにと、おっしゃったのです」
ちらりと、わたくしは、ユニコーンさんに、視線を向けました。
ユニコーンさんは静かに、わたくしを見つめています。
「そう、ですの……」
ひとりごとのように、わたくしは言い、カーペットを、見下ろしました。やわらかな、グリーンの、カーペットです。
なんだか、自分のことなのに、他人ごとのようで、実感がありません。
わたくしのような、色を持った子どもは、すぐに、貴族に引き取られるだろう、みたいなことを、言っている子がいましたし、光属性は、とてもめずらしいから、貴族に、大人気なのも、聞いていました。
ですから、貴族の養子になるのかなー、いや、養女か、とか、考えたことは、あるのですけれど、突然過ぎますわね。
どうしましょう、どうしましょう、どうしましょう。
三回、心の中で、つぶやいてみましたが、胸の辺りが、モヤモヤとしていますの。
うつむいていたわたくしは、顔を上げて、セレスさまに、おたずねしました。
「……あの、貴族の方々というのは、どのような、方々なのでしょうか?」
セレスさまは、すべて暗記しているのか、丁寧に、わかりやすい言葉で、わたくしに、教えてくださったの。ですが、こういう名前で、今は、こういう仕事をしているとか、こういう歴史のある、素晴らしい家系だとか言われても、全く、ワクワクしませんの。
うーむ。どうしましょうか。
困っていると、ふわふわと、どこからか、精霊さんが、入ってきました。
橙色――風の精霊さんですわね。
外に行きたくなりましたわ。
「――セレスさま。わたくし、お庭に行きたいです」
「庭、ですか?」
「はい、一人で、いろいろ考えたいのです」
「……そうですか。では、養子縁組の話は、また明日にしましょう」
「はい」
小さくうなずいたわたくしは、ちらりと、ユニコーンさんを見たあと、セレスさまにおじぎをして、歩き出しました。
敷地内なら、一人でも大丈夫なの。ふつうの三歳は、ダメだと思うけどね。
トコトコと、お庭に向かったわたくしの周りに、精霊さんたちが、集まりましたの。いつもならうれしいのですが、笑顔にはなれません。
ひらひらと、空を舞う、大きな藍色の蝶々さん。
立ちどまり、わたくしはしばらく、大きな藍色の蝶々さんを、眺めていました。
蝶々さんは遠くへ、飛んで行きます。
さびしいと、感じました。
精霊さんたちはいるのですが、わたくしは孤独だと、そう感じたのです。
花壇の前まで行くと、ベルの形をした青色の花の上に、妖精さんがいました。栗色の髪と、緑色の瞳。あんず色のワンピース。キラキラかがやく、ふしぎな羽。
可愛い妖精さんを見ても、いつものように、喜べない、わたくしがいたのです。
「ララーシュカ」
わたくしの名前を呼んで、ニコッと笑ったあと、妖精さんは、どこかに飛んで行きました。
しばらくお花を眺めたあと、わたくしは、静かに、空をあおぎましたの。
澄んだ空が、広がっていて、雲一つ、ありません。
精霊さんたちが見えます。今日は、闇の精霊さんもいるわね。
闇の精霊さんは黒いから、夜だと見えにくいのだけれど、朝や昼だと、わかりやすいのよ。
鳥の声がしません。子どもたちも、静かです。
まるで、今日、この時間に、わたくしが、養子縁組のお話を聞くと、知っているみたいに……。
わたくしが、ここを出て行くことになったら、みなさま、悲しんで、くださるのでしょうか?
さびしい、行かないでと、子どもたちは、泣いて、くれるのでしょうか?
それとも……。
ああ、なんだか、センチメンタルに、なってきましたわ。
空を見るのは、やめましょう。
ピンク色の花でも、眺めましょうか。
ハートの形の、この花も、すてき。
わたくし、これから、どうしたらいいのでしょうか?
このままここにいても、成人すれば、ここを出なくてはならないのです。
自分の力で、働いて、お金を稼ぐ。
そんなことが、このわたくしに、できるのでしょうか?
この孤児院では、十歳ぐらいになると、村で、ちょっとしたアルバイトを、することができるようになります。家の掃除とか、畑の手伝いとか、食堂の、野菜の皮むきなどです。
それぐらいなら、できるかもしれません。
でも、自立して、働くなんて、このわたくしに、できるでしょうか?
日本にいたころは、よく、お菓子を作っていました。でも、それは、
一人で作ったことは、ありませんの。
魔法だって、本がないので、こっそりと、学ぶことができませんし。
傷を治すぐらいなら、大丈夫でしたが、魔力の強いわたくしが、たくさん魔力を使ったら、暴走してしまうかもしれません。
そうしたら、だれかを傷つけてしまうことも、あるでしょう。
そうなっていないので、わかりませんが。
きちんと、魔法について、学ぶ必要があると思うのです。
王都に、魔法学園があるようですから、そこで学んだ方がよいと、わたくしは思うのです。
魔法学園というものが気になるという気持ちも、実はあります。
光属性を持ってはいますが、わたくしは孤児院育ちです。
貴族の方々や、魔法学園の方々に、受け入れていただけるのかは、わかりません。
わたくしが日本にいたころは、家族でさえ、距離がありましたし。心の距離が。
同じ家にいるのに、他人みたいな、そんな気がする時も、たくさんありました。孤独を感じていたのです。
わたくしが、壁を作ってしまったり、本音でぶつかることが、できなかったり、しているのは、知っていますの。
臆病で、みっともない、ですわね。
ここには、褒めてくださる方が、たくさんいるのに……。
日本でも、いましたわね。
彼は、一緒にいる時間が、多かったからなのか、よく、わたくしを、褒めてくださっていました。
そして、頭をやさしく、撫でてくださっていましたの。
わたくしにとって、大切な、兄のような存在でした。
手をつないだことはありますの。幼いころに、久孝さまと一緒に、手をつないで、お庭を走ったことが。
久孝さまのお父さまと、わたくしの父が、友人で、わたくしたちが幼いころに、許婚になったので、いつかは、彼と結婚するって、そう思って、いましたのに……。
ふう。
そんな、過去のことを思っても、どうにもなりませんわね。現実を見ないと、なのです。
いろいろと考えた結果、翌日、わたくしのお部屋にきてくださったセレスさまと、ユニコーンさんに、自分の気持ちを伝えました。
やさしい兄がいる家がいいと。
それから、お菓子や、動物が好きな家族がいいと、伝えましたの。
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