[ララーシュカ・五歳]
第十六話 五歳のお披露目パーティーですわっ!
ごきげんようっ! ララーシュカですわっ!
今日は、五月五日。
わたくし、五歳になりましたのよっ!
昨夜は胸がドキドキして、なかなか寝られませんでしたのっ!
このままだと朝になると思ったので、専属侍女のケイトに、カモミールティーを用意してもらったのよ。
それを飲んだら、眠たくなって、なんとか寝られましたの。
朝早く起きて、準備をして、ごあいさつの練習もして、招待客のことを簡単に、ケイトから教えてもらったら、時間になりましたの。
わたくしのお披露目パーティーは、お昼前からなのよ。
招待客の情報はね、これまでも何度か、教えてもらったの。でも、写真がないですし、ごあいさつの言葉も覚える必要があるので、数人のお名前ぐらいしか、覚えていませんのよ。
わたくしはケイトと一緒に、パーティーがある広間まで、移動しましたの。
途中で、ミントグリーンの毛並みの、猫の魔獣――シーフォちゃんと出会いましたが、撫でたら、ケイトに注意されると思い、ガマンしましたのよ。
「シーフォちゃん、ごめんね。また、遊びましょうね」
そう伝えたら、「ニィ」と、お返事をしてくれましたの。
よい子ですねっ!
廊下を歩いていると、音が聞こえてきました。
楽器の音かしら?
音楽は、生演奏って、聞いてるの。
ドキドキしちゃう。
ごあいさつ、間違えないように、気をつけないと……。
ふう。緊張しますわね。
大きな扉の前に、お母さまがいらっしゃいます。
目が合いました。
大丈夫かと、そう聞かれている気がして、わたくしは小さくうなずき、ほほ笑みました。
執事が、ゆっくりと、扉を開けるのが見えます。
「行くわよ」
「はい」
お母さまに続いて、わたくしは進みました。
すると、ピタリ、音楽が、とまりましたの。
大きなざわめきと、熱い視線。
そして、静寂。
カツン、カツン。
足音が聞こえたので、ゆっくりとふり向くと、お父さまがいらっしゃいましたの。
「ララーシュカ。できるか?」
「できますわ」
わたくしは、お父さまにほほ笑みかけてから、みなさまの方を向きました。
わたくしは、緊張しながらも、ゆうがに、感情を込めて、みなさまに、ごあいさつをさせていただいたの。
そうしたら、みなさまから、拍手喝采をいただき、感動で、胸が震えるのを感じましたのよ。
うふふふふ。
わたくし、がんばりましたっ!
ニコニコ、ニコニコ、ご機嫌でいましたら、お父さまとお母さま、それから、お兄さま方に、褒められましたの。
そして、お父さまとお母さまに、たくさんの方を紹介されましたのよ。リールベリー家と同じ、公爵家から、順番にね。こちらから行かなくても、みなさま、順番がわかっていらっしゃるのか、きてくださるの。
日本にいた時も、そうでしたが、笑顔で、お話を聞くって、大変ですわね。次から、次へと、新しい方が現れますし。
匂いもね、キツイのは、嫌なのよね。香水とか、お化粧とか、いろいろ混じってるとね、鼻を、押さえたくなりますのよ。そんな失礼なこと、しませんけどね。
空気洗浄の魔道具を、置いているらしいのですが、ここ、広いですからね。そう簡単には、空気がきれいにならないのでしょうね。
空気がきれいだとは思わないのですが、広間には、たくさんの精霊さんたちが、浮いていますの。
明るい場所でも、きれいで、癒されますわね。
わたくし、可愛らしい五歳児だと思われるように、笑顔で、がんばりますわよ。
大人の方々は、みなさま、わたくしを見て、可愛い可愛いって、褒めてくださったの。
細かく伝えてくださる方は、肌の白さや、金色の髪のかがやきや、青い瞳の美しさや、髪を結ぶ、空色のリボンや、淡い、オレンジ色の、ふんわりとしたドレスや、同じく、淡いオレンジ色の、ネイル、それから、黄緑色の石のペンダントを、褒めてくださいましたの。
全部、見た目ですわね。
まあ、中身はわからないものね。
子どもたち、いえ、ご令嬢方、ご子息方も、たくさんいらっしゃいましたのよ。ですが、みなさま、緊張されているようでした。
わたくしの美しさに?
それは、わかりませんが。
そうそう。メリッサさまも、いらっしゃるのよ。
メリッサさまのご両親と共に、わたくしのところまできてくださったのですが、彼女は、口をへの字にして、だんまりでしたの。
ここには、第二王子のヴィオリード殿下が、いらっしゃらないものね。ご招待は、させていただいたのよ。
デュオン兄さまから伺ったお話では、この時期はとっても、お忙しいみたいなの。だから、こないかもしれないって、わたくしは、知っていましたのよ。
最後に、すこしだけいらっしゃる可能性も、残っていますけどね。
王族だからね、身分が下の者のパーティーに、わざわざ行かなくてもいいのよ。
そういえば、メリッサさまのご両親のことで、気になることがあったのだけど、あの方々、口角は上がっていたのですが、目が、こわかったのです。
ああいうの、目が、笑ってない、って、言うのでしたっけ?
メリッサさまのお父さまは、銀色の髪と、青色の瞳をお持ちなの。
メリッサさまのお母さまは、真っ赤な髪と、黒い瞳をお持ちなの。
乙女ゲームでは、どのような感じの、ご両親だったかしら?
思い出せないわね。
まあ、ヒロイン視点のゲームですし、関係ないものね。思い出せなくても、仕方ありませんわ。
考えごとをしていたら、お腹が空いてしまいましたの。甘いものが食べたいです。
わたくしは、ちらっと、テーブルに、視線を向けました。
長方形のテーブルや、丸い形のテーブルの上に、お菓子や軽食、飲み物なんかが、載っていますの。
テーブルは、五歳でも、載っているものが見えるぐらいの、高さになっていますのよ。
お菓子はね、甘さがわかるようになってるの。ちゃんと、カードに書いてあるのよ。
それに、近くには、給仕をする者がいるからね、気になることがあれば、聞けばいいの。
あらっ?
メリッサさまが、ご両親から離れて、丸い形のテーブルのそばにいるわね。じっと、見上げているのは、水色のカードですわ。
メリッサさまって、文字が読めるのかしら?
大丈夫だとは思うのだけど、ちょっと、心配だわ。
お父さまと、お母さまは、それぞれ、お友達と、楽しそうにお話をされているので、離れても、バレないわよね。
バレても、怒られないと思うし、いいわよね。
よし、行きましょう。
そう思い、トコトコ歩いていると、メリッサさまが、給仕の者から受け取ったマカロンを、恐る恐るという感じで、口に運びましたの。
あらっ。紅いネイルがすてきね。
うちでは、とっても甘いマカロンと、甘さひかえめのマカロンを作ることができるのです。
水色のカードが置かれた丸い形のテーブルは、確か、甘さひかえめだったはず……なのですが、心配ですわっ!
そう思い、わたくしは足を速めました。
あとすこしで、メリッサさま、というところで、彼女が、花のようにほほ笑みましたの。
真っ赤なグルグルツインテール、いえ、縦ロールですわね。美しい縦ロールの美幼女のほほ笑みに、つい、見惚れてしまいましたわ。
濃い、緑色のドレスもすてきねっ!
深紅のイヤリングと、黒い石のペンダント、それから、黒い花のコサージュも、とってもすてきっ!
絵になりますわっ!
乙女ゲームの悪役令嬢も、深紅のイヤリングと、黒い花のコサージュと、黒い石のペンダントを、よく身に着けてたの。
――ハッ!
気づかれてしまいましたわっ!
わたくしと目が合ったメリッサさまは、すこしだけ、おどろかれたあと、キッと、こちらをにらみつけました。
そんな顔も、すてきですねっ!
ニコニコしながら見つめていると、メリッサさまのお顔が、赤くなりましたの。
「――なっ、何よっ! そんな顔で見ないでよっ!」
恥ずかしいみたいです。
可愛いですわねっ!
金色の双眸も、すてきねっ!
怒られてもニコニコしていたら、メリッサさまが、口を開きました。
「おかしな子ね。ちょうどいいわ。あなたに聞きたいことがあるのだけど」
「なんでしょうか?」
「あなた、まだ、ヴィオリード様には、お会いしてないわよね?」
「お会いしてませんわ」
「そう。なら、いいの」
そうつぶやくと、メリッサさまは、さっそうと、どこかに行ってしまわれました。
♢
ドキドキなお披露目パーティーのあと、デュオン兄さまにこっそりと、メリッサさまのご両親のお話をしてみましたの。
デュオン兄さまも、目が笑ってないと感じたみたいで、わたくし、ホッとしましたのよ。
わたくしだけ、そう感じていたとしたら、なんだかホラーですものね。夢に出てきたら嫌だわ。
専属侍女のケイトがそばにいたので、乙女ゲームのことは、話さなかったの。
そのあと、わたくしは、ケイトと共に、自分のお部屋にもどりましたの。着替えやら、なんやらで、バタバタして、大変だったのよ。
落ちついたあと、カモミールティーを飲んだら、眠たくなりましたの。
気づいたら、夜でしたのよ。
遅い夕食をいただいたあと、ユールさまをお待ちしていたのですが、現れませんの。
毎年、お誕生日の日には、必ず、姿を見せてくださっていたのに、なにか、あったのでしょうか?
心配ですわね。
お母さまおすすめの、王都で人気の、恋愛小説を読みながら、お待ちしていたのですが、ケイトの視線が気になるので、ベッドに入ることにしましたの。
ケイトが灯りを消したあと、わたくしは横になったまま、考えごとをしましたの。
もしかして、わたくしが、五歳になったから、もう、いらっしゃらないのでしょうか。
五歳で貴族がお披露目をすることは、ユールさまもご存知です。もう、行かなくていいかと思われたとかだったら、悲しいですわね。
契約をしているのですから、呼んだらいいのですが、お誕生日に会いにこないから呼ぶとか、まるで、恋人みたいですわね。
恋人だったら、夜中に、いきなり呼ばれても、『可愛いなこいつ、おれがいないとダメなんだな』って、喜んできてくれるのでしょうね。それで、強く抱きしめて、頭を撫でたあと、あごをクイッとしてからの、熱いキッスなんてことに、なるのかもしれません。
ですが、わたくしたちはただの……なんでしょう?
わたくしたちの関係は、うーん、お友達?
お友達なの?
どうなのかしら?
気になるわー。
ウウッ、気になって、眠れそうにありませんわ。
お誕生日なのに、ユールさまが会いにきてくださらないせいですわっ!
いえ、ユールさまは、悪くないのです。
わたくしが、さびしがり屋さんなだけ。
当たり前に、愛をいただいていて、これからもずっと、それが続くと、思い込んでいるだけなのです。
わたくし、ワガママな女だと思いますの。
でも、こんなワガママで、愚かなわたくしのことを、見捨てないでほしいと思いますのよ。
ウウッ。
せつないですわ。
――会いたい! ユールさまに、会いに行きたい!!
そう、強く願った次の瞬間、ブワッと、風を感じましたの。
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