第十五話 五歳のお披露目パーティーの準備と、メリッサさまのこと。

 ごきげんよう。ララーシュカですわ。


 デュオン兄さまが、直登なおとさまだと知ってからも、わたくしとデュオン兄さまの関係は変わらずに、兄と妹として、楽しくお茶や、お話をして、過ごしましたの。

 日本にいたころから、兄と妹みたいな感じでしたしね。違和感がありませんのよ。


 他の家族や、使用人たちも、やさしくしてくださっています。

 暖かい春が終わり、日差しの強い夏になり、木の葉が色づく秋になり、春に向けての準備が始まりましたの。


 五歳のお披露目パーティーのドレスは、どのようなものにするかとか、アクセサリーはどうするかとか、わたくしも一緒に、話し合いますのよ。

 オーダーメイドですからね。


 オーダーメイドでも、急げばもっと早くできるらしいのですが、五歳のお披露目パーティーは一度だけですので、気合が入るみたいですわ。


 わたくしも、ワクワク、ドキドキです。


 たくさんの方とお会いするのは、ものすごく緊張するのですけど、ドレスやアクセサリーは、好きなのよ。決めるのは、靴もですけどね。

 まずは、デザインからですのよ。


 うふふふふ。


 背が伸びたおかげなのか、お庭をたくさん歩いた効果なのか、今のわたくしはスラッとしていますからね。もう、太らないように気をつけますわ。

 五歳になるのは来年ですし、まだ先なのですが、屋敷の者たちも、なんだか、ソワソワしていますの。


 気づけば、十二月になり、キリア兄さまの十一歳の、お誕生日パーティーがありましたの。そして、年越しをして、また、春になりました。


 もうすぐ五月ね、と、ドキドキしていたら、四月二十八日に、第二王子のヴィオリード殿下の五歳のお披露目パーティーがありましたの。


 わたくしはまだ四歳なので、屋敷にいましたが、お父さまと、お母さまと、お兄さま方は、参加されたのよ。

 とてもすてきな、お披露目パーティーだったみたいですわ。


 その翌日の二十九日に、わたくしと、デュオン兄さまの、お誕生日のパーティーがありましたの。早いですけどね、お披露目パーティーの前に、家族だけで、先に、お祝いをしたかったみたいなのです。

 お母さまが。


 お父さまはね、とてもお忙しいのに、すこしだけ、屋敷に帰ってきてくださったの。うれしくて、しあわせな時間でしたわ。


 そして、四月三十日に、ヴィオリード殿下の婚約者――メリッサさまの、五歳のお披露目パーティーがありましたの。

 お父さまとお母さま、それから、お兄さま方が、参加されたのよ。


 お母さまと、お兄さま方から、伺ったお話では、メリッサさまは、最初のごあいさつのあと、しばらくしてから、急に、機嫌が悪くなったみたいなの。


 お披露目パーティーのお菓子が、甘さひかえめで、甘いのが好きな子たちがポロッと、『甘くない』とか、『甘いのがいい』とか、おっしゃった時に、メリッサさまが、その子たちのところに駆け寄って、『甘いお菓子が食べたいなら出て行きなさい』って怒鳴ったり、叩いたみたいなの。


 それを見ていた彼女のご両親は、叱ったりしなかったのだそうよ。


 貴族だし、オルカココット家も、うちと同じ公爵家なのだから、ちゃんと、マナーのお勉強はしていると思うのだけど、まだ、五歳になったばかりだものね。


 知らない人がたくさんで、緊張し過ぎて、イライラしたり、キレちゃうこともあるかもしれないわよね。がんばり屋さんなほど、がんばり過ぎて、いきなり感情を爆発させたりするものね。ガマンし過ぎて、病気になったりもするから、ストレス発散は大事ね。


 って思いながら聞いていたのだけれど、パーティーの途中で、メリッサさまが逃走したのを聞いた時は、あ然としましたの。


 逃走ですよ。逃走。

 自分のためのパーティーから、逃げ出したのですのよ。

 逃げ出す前に、『ヴィオリードさまがいらっしゃらないお披露目なんて、嫌!』って、叫んでいたそうですの。


 情緒不安定な理由は、ヴィオリード殿下だったのね。


 きっと、物心ついたころから、あなたは将来、ヴィオリード殿下と結婚するのよ、とか、周りの人に言われていたのでしょう。それで、ご招待したのだから、絶対にきてくださると、強く信じていたのでしょうね。


 女の子だもの。

 目をかがやかせて、ヴィオリード殿下を待っていたのでしょう。


 そうしたら、いないとか、それはショックでしょうね。恋とか、したことはありませんが、日本にいれば、いろいろな情報が勝手に入ってきますし、乙女ゲームもしていましたからね、乙女の気持ちは理解できるのよ。


 乙女心は置いておいて、お菓子のことが気になるの。


 なんだか、わたりさまのお顔が、浮かぶのよね。

 彼女、甘いお菓子が嫌いなの。


 わたくしが彼女の前で、甘いお菓子をおいしいとか、甘いとか言いながら、楽しそうに食べてると、それだけで、イライラしたり、キレる子だったのです。


 猫宮ねこみや学園の、多くの方々は、それを理解してたから、気をつけていたのよ。

 学内のカフェテリアでは、お菓子の甘さを選ぶことができたし、渡さまがご一緒の時は、みなさま、甘さひかえめを選んでいたの。


 猫宮家の使用人たちも、渡さまがいらっしゃる時は、甘いお菓子を出さないように、気をつけていたみたい。


 わたくしは、気をつけたり、気をつけるのを忘れたり、してたわね。


 ――あっ! 直登なおとさまもですわねっ!


 いや、あの方は、忘れたと言うよりも、渡さまが嫌がることをするのが好きというか、そういうことを、楽しそうにされていましたから……。


 直登さまったら、嫌がる渡さまの前で、『甘いなー。おいしいなー。甘いって、素晴らしいなー』なんてつぶやきながら、甘いジュースや、お菓子なんかを、口に入れていらっしゃいましたね。


 あと、渡さまは虫が苦手なのですが、そんな彼女の服に虫をつけたり、トンボやカナブンや、バッタのアクセサリーをプレゼントされていましたの。

 そのたびに、渡さまがキレていらっしゃいましたわね。そんな彼女を、愛おしそうに見つめる直登さまでしたの。


 修学旅行の時に、渡さまがしていらっしゃった、ピジョンブラッドのピアスも、直登さまからの贈りものだったのよ。


 ピジョンブラッド――日本語にすると、ハトの血ですわね。


 幼いころから、紅千代べにちよというお名前も、紅色べにいろも、お嫌いだった渡さまに、直登さまは、『僕は、血のようなあかが好きだな。強そうだし、エネルギーを感じるし、情熱的な愛って感じで、いいよね。紅い色を身に着ける女の子って、魅力的だよねー』とか言いながら、プレゼントされるのよ。みなさまの前でね。


 その結果、渡さまは、紅色をよく、身に着けるように、なられましたの。


 渡さまと会えなくなって、直登さま、いえ、デュオン兄さまは、どのような、お気持ちなのでしょう?

 悲しみを隠して、前を向いて生きていらっしゃるのかしらね?


 そういえば、メリッサさまは、渡さまに似ていますわね。

 渡さまも、乙女ゲームの悪役令嬢みたいなイメージが、ありましたもの。


 直登さまのお姉さまが昔、教えてくださったことだけど、この乙女ゲームは、悪役令嬢だとしても、卒業式で裁かれたり、国外追放されたりしないの。

 婚約破棄はあるけど、学生の時に、さらっとだったはずよ。大きなイベントではないの。


 だから、メリッサさまが悪役になっても、かわいそうなことにはならないはず。


 だって、このゲーム、『やさしい世界で恋しよう。魔獣も育てられちゃうよ!』という、タイトルですもの。


 やさしい世界なので、悪役令嬢にも、やさしいのですわ。

 オホホホホホホ。


 って、わたくし、ヴィオリード殿下を攻略する気、ないのですけどね。



 メリッサさまの、五歳のお披露目パーティーのお話を聞いた日の夜、わたくし、夢を見ましたの。


 その夢の中で、わたくしは、メリッサさまに、なっていましたの。

 メリッサさま視点、ということですわね。


 メリッサさまは、五歳のお披露目パーティーで、ヴィオリード殿下とお会いするのです。今まで、肖像画でしか、見ることのできなかったヴィオリード殿下に、メリッサさまは、ビビビと恋に落ちるのです。


 その喜びの感情を感じながら、わたくしは目を覚ましましたの。


「これって、乙女ゲームのことよね? そういえば、ゲームの中のメリッサさまは、五歳のお披露目で、ヴィオリード殿下と会うんだったわ。シナリオ、変わってる?」


 どのルートでも、これが変わるとは思わないのだけど……。


 あらっ?

 今、思い出したのですが、乙女ゲームの中のララーシュカも、五歳のお披露目で、ヴィオリード殿下にお会いしたような気が、いたしますの。


 乙女ゲームのことばかりですけど、これって、夢見の力でしょうか?


 よく考えてみれば、日本で、修学旅行に行く前に何度も見ていた夢も、夢見の力だったのかしら?


 夢占いの本を読んでいた時に確か、乙女ゲームのパッケージが、浮かんだのよね。頭の中に。


 夢見の力は、わたくしの日本の兄――藍夢夜時あいゆめよるときが持っていたものなので、わたくし、くわしくはないのです。


 兄は、藍夢家に、百八十年ぶりに生まれた、夢見の力の持ち主でしたの。


 兄とは親しくありませんでしたが、ウワサはよく耳にしていましたの。有名人でしたからね。

 兄は、他人の過去や、前世、未来や、来世を、見ることができたみたいでしたの。


 わたくしには、そのような力はないと思い込んでいたのですが……。

 うーん、わかりませんわね。

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