[ララーシュカ・四歳]

第十四話 デュオン兄さまのお気持ち。

 ごきげんよう! ララーシュカですわっ!

 今日は五月五日。

 わたくし、四歳になりましたのっ!


 今日はとってもいい天気なので、お庭で、赤やピンクのバラの絵を描きましたのよっ!

 お茶の時間に、お母さまとキリア兄さまと、デュオン兄さまにお見せしたら、みなさま、たくさん褒めてくださいましたの。


 お母さまが一番、すてきすてきと、喜んでくださっていたので、バラの絵は、お母さまにプレゼントしましたの。


 お誕生日パーティーの時から、ずっとなのだけど、よく、デュオン兄さまと目が合うのよねぇ。

 その目が、なんというか、せつない感じが伝わってくるまなざしというか……とても気になるんですの。


 でも、他の家族がいるところで聞くわけにはいきませんし、二人きりになるチャンスって、なかなかないのです。

 わたくしには、専属侍女がおりますし、デュオン兄さまには、専属執事がいますから。


 気になりながらも、どうすることもできずにいたら、お茶のあと、デュオン兄さまに呼ばれましたの。

 デュオン兄さまのお部屋に。


 わたくし、デュオン兄さまのお部屋は入るのは、初めてなのです。

 どんなお部屋なのかしら?

 どんなお話があるのかしら?

 と、考えながら、専属侍女のケイトの案内で、テクテク、テクテク、歩きましたの。


 似たような扉がたくさんですからね。案内は、必要なのです。

 しばらく進むと、「こちらです」と、ケイトが足をとめたあと、扉を叩きました。


 ギィーと、扉が開いて、デュオン兄さまの専属執事が出てきましたの。緑色の髪と瞳の、やさしそうな顔の男性で、名前はスオウと、言いますの。

 スオウは、ケイトに小声でなにかを伝えたあと、わたくしに「デュオン様が中でお待ちですので、お入りください」と言いました。


 ほう。一人で入れと言いたいのかしら?

 じぃっと、わたくしは、スオウを見上げたあと、ドキドキしながら、お部屋の中に入りましたの。


 すると、扉が閉まった音がしたので、わたくしはふり返りました。

 いない、ですわね。

 デュオン兄さまが命じたのでしょうか?


 ふう。緊張しますわ。

 ここにいても仕方がないので、進みましょうか。


 広いお部屋ですわねー。

 あらっ、ソファーにデュオン兄さまがいらっしゃるわ。


 デュオン兄さまのお部屋なのだから、知らない方がいらっしゃったら、ホラーですけれど。

 緊張した顔つきですわね。


 四歳になったばかりの可愛らしい妹に会うだけですのに、どうしたのでしょうか?

 テーブルの上には、ウサギさんの形のクッキーと、ジュースがありますわね。二人分。

 ジュースは、バラのジュースでしょうか。


「……あの、デュオン兄さま?」


 デュオン兄さまが、なにもおっしゃらないので、わたくしから話しかけてみました。


「座って」

「はい」


 わたくしは、デュオン兄さまの向かい側に座りました。一人で座るのって、大変ですのよ。がんばりますけどね。

 ふう。座れましたわっ!


 黄色い髪と、橙色の瞳の、可愛らしいお子さまですのに、黙って見つめられますと、緊張しますわ。

 ドキドキドキドキ。


 無言です。

 デュオン兄さまが、なにも言ってくださらないのですが、わたくし、どうすればいいのでしょうか?


 うーん。

 のどが渇きました。


 目の前にあるのですから、飲んでいいわよね?


 今、飲んでもいいか、おたずねしてみて、無視されたら悲しいので、飲みますわね。


 まぁ! すてきな香り!

 ゴクゴクゴク。ふう。甘酸っぱくて、おいしいですわね!


 クッキーも、いただきましょう。

 とっても可愛らしいクッキーですわね。ウサギさん、わたくしの一部になるの。


 サクサクして、おいしいですわ。

 モグモグモグ。


 クッキーを味わったわたくしが、顔を上げると、デュオン兄さまと、目が合いました。

 パチパチ、まばたきをしてみます。


 首をかしげてみましょう。


 反応が、ありませんわね。


「あの……いかがなさいましたか?」


「……ララーシュカは、絵が好き?」


「はい、好きですわ」


「動物も?」


「はい、動物も、大好きです」


「乙女ゲームは?」


「乙女ゲームも、もちろん好きですけれど――えっ? デュオン兄さま? この世界に、乙女ゲームなんて、ありました?」


「――いや、ないけど……」


「ない!? えっ!? どういうことですのっ!? デュオン兄さまも転生者なのですのっ!?」


「落ち着いて。ララーシュカ。いや、小蝶こちょう


「小蝶――って、わたくしの名前……前世の……」


「うん、ゲームのララーシュカは、無邪気で、天然なキャラだったよね。僕が出会ったララーシュカも、そんな感じではあるんだけど、違和感があったんだ」


「――えっ? わたくし、天然ではございませんわよ?」


「そうかな?」


 可愛らしく、小首をかしげても、ダメですわよ!


 わたくしは、天然ではありません!

 プンプン!


 怒ったわたくしの顔を見ても、デュオン兄さまはスルーです。シクシク。


「絵を見てね、わかったんだ。ゲームのヒロインは、絵が下手だったから」

「そうでしたっけ?」


 わたくしは、首をかしげて考えました。覚えておりませんわ。


「うん、僕はやってないけど、小蝶がするのを見ていたからね。それに、姉さんと小蝶が話してるのを聞いてたし」

「姉さんっ? えっ? あのっ、直登なおとさまですのっ!?」

「うん、そうだよ」


 直登さまは――いえ、今は、デュオン兄さまですわね! しっかりしないとっ!


「わたくし、自分以外に転生者がいるなんて、思いませんでした……」

「うん、僕も、昔は思わなかった。でも……」

「――ん? どうか、されましたか?

「いや、なんでもないよ」


 デュオン兄さまは、笑って、首を横にふりました。


「……そうですの」


 デュオン兄さま、なんだかおかしいわ。


 そういえば、デュオン兄さまって、乙女ゲームでは、腹黒キャラだったような、そんな気がしますの。

 乙女ゲームのことを思い出そうとしたわたくしに、デュオン兄さまは、昔のお話をしてくださいました。


 デュオン兄さまが気がついた時、赤ちゃんになっていたそうですの。

 地球人だとは思えない髪と瞳の色の人たちがいて、愛のある言葉と共に、おでこやほっぺたにキスをするから、なにごとかと思ったそうですわ。


 そして、自分の名前や、兄の名前、家族の容姿や、耳にした言葉などから、ここが、乙女ゲーム、『やさしい世界で恋しよう。魔獣も育てられちゃうよ!』の世界ではないかと、思ったそうなのです。


 そうそう、そんなタイトルでしたわよね。

 忘れていましたわ。

 やさしい世界……そうですわね。


 ここは、日本にいたころよりも、楽に呼吸ができるというか、安心していられますの。

 ケイトは厳しいけれど、わたくしのために言ってくれているのは感じますし、褒めてくれる時もあるのです。なので、大事にされている気がしますのよ。


 ここにきてよかったと、思っていますの。


 ――ハッ!


「そうだわっ!」 


「どうしたの? ララーシュカ」


「あのですね、ロロンディッシュ王国のこと、デュオン兄さまはご存知ですの?」


「ロロンディッシュ王国? うん、まあ、知ってるけど……どうしたの?」


「わたくしが生まれた場所なのです」


「えっ? そうだっけ?」


「はい。わたくしを産んでくださった方が、おっしゃっていましたの」


「君も、覚えてるんだね。赤ちゃんだった時のこと」


「はい。生まれた日から、ずっと……」


 わたくしは、デュオン兄さまに、生まれた日から、乙女ゲームだと気づいたあの日までのことを話しましたの。


「そんなことが……乙女ゲームでは、聖獣の森に、赤ちゃんを抱いた謎の女性が現れるところから、始まるんだよね」


「はい、それで、謎の女性が赤ちゃんを、ユニコーンの姿をした聖獣さまに託すのです。聖獣さまが神官に会いに行って、赤ちゃんは、孤児院で暮らすことになるのですわ」


「そっかぁ。乙女ゲームの、ロロンディッシュ王国とか、妖精族の話は覚えてないや。ララーシュカの話を、父さまと、母さまから伺った時に、妖精族という種族がいることは、教えてもらったけどね。そんな設定あったっけ? って、思って……」


「どうされました?」


「……なんでもないよ」


 ニッコリ笑う、デュオン兄さま。


「……そうですの。わたくしはこの前、お庭で知りましたのよ。妖精族のこと。妖精さんから聞きましたの」


「えっ? そうなんだ……なんて言ってたの?」


 わたくしは、デュオン兄さまに、知っていることをお話しました。

 そして、そのあと、デュオン兄さまから、ロロンディッシュ王国のことを、教えていただきましたの。


 ロロンディッシュ王国は、内乱が多く、貧しい人が多いとか、あまりよいウワサは聞かないらしいです。

 それを知り、わたくしはなんだか、悲しい気持ちになりましたの。



 その夜、絵が描きたくなったわたくしが、濃いピンク色のバラと、ユニコーンの絵を描いていましたら、ユニコーンの姿のユールさまがきてくださって、「上手いな」と褒めてくださったの。

 なので、その絵をプレゼントすると言ったのですが、家がないから、飾れないそうですの。


 そういえば、そうですわよね。

 人化できても、森で暮らすユニコーンですものね。残念ですわと、思いましたの。


 絵は、すてきな額に入れて、わたくしのお部屋に、飾ることにしましたの。

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