第十七話 満月の夜の儀式。
あらっ?
森の匂い。やさしい風。
夜の世界に、精霊さんたち。ユニコーンの姿のユールさま、それから、神官のセレスさまと、神殿長と、初めて見る男の子がいますわね。
黒髪と、赤紫の瞳。年は、わたくしと同じぐらい。王子さまって感じの服装。
この方は、第二王子のヴィオリード殿下だと思うのですが、なぜ、こんな時間に、ここに?
ひとまず、カッテシーをしておきましょう。
あっ! わたくし、寝間着でした。
あらま。
いきなりここにきてしまったのですから、しょうがありませんわねっ!
気にしないことにしましょう。
神殿長は覚えていますのよ。わたくしと同じ、金色の髪をお持ちですから。緑色の瞳と、白い神官服もセットで、覚えていましたの。
ケイトが教えてくれましたが、魔力が強い相手は、夜でもはっきりと、見えるんだそうですの。
わたくしも、魔力が強いみたいですから、彼らにはっきりと、見えているのでしょう。
「ここ、聖獣の森ですわよね?」
わたくしは、ユールさまに、おたずねしてみましたの。
すると、ユールさまが、コクリとうなずいてくださいました。
ふむ。
わたくしは、ヴィオリード殿下らしき男の子を、ちらっと見たあと、ユールさまに、視線をもどしました。
「ユールさま、あの方、ヴィオリード殿下だと思うのですが……」
「そうだ」
「そうですの……」
ふいに、わたくしの耳に、「変わった色の魂の持ち主が増えたな」という声が、届きましたの。イケボ過ぎて、ゾクゾクしましたわ。
そちらを向くと、離れた場所に、とても背の高い男性が、いらっしゃいました。服は、真っ黒です。白い髪ということは、聖獣さまですわね。
人の姿なのに、圧がすごいです。
神秘的な、アメジスト色の双眸が、わたくしを見つめています。
ええと、どのような、聖獣さまでしたっけ?
あっ! 思い出しましたわっ!
彼は、ドラゴンの姿の聖獣さまですっ!
今は、人化されていますけどねっ!
攻略対象者なのですが、攻略が、一番難しいと、
しばらくの間、初対面の聖獣さまと、無言で見つめ合っていましたら、ユールさまに、「なぜ、ここにいる?」と、質問されてしまいました。
なので、わたくしは、ユールさまに視線を向けて、ベッドに入ってからの、あれやこれやを、お話させていただきましたの。
そうしたら、ユールさまは一言、「そうか」とつぶやいて、あとは無言でしたのよ。
ひどいわっ!
わたくしは素直に、すべてを打ち明けましたのにっ!
もしかして、熱いキッスと言ったのが、刺激的だったかしら?
でも、わたくしのせつない想いを、すこしでもいいので、理解していただきたかったのです。
このままお会いできなくなるなんて、嫌なのですわっ!
「ララーシュカ様のお気持ちはわかりましたよ。聖獣様が、大好きなのですね」
笑顔で、そう言ってくださったのは、セレスさま。
「はい! そうなのです。うれしいですわ。気持ちをわかってくださって、わたくし、とっても、しあわせですのよ」
「しあわせなのはよいことですね。無意識に転移をされたようですが、だるいとか、眠いとかはありませんか?」
心配そうなセレスさまに、キュンですわっ!
「大丈夫です。痛くもかゆくもありませんわ。五月でよかったですわ。真冬だったら、大変でした」
ふふっと笑ってから、わたくし、気になることを、おたずねしてみることにしましたの。
「遅い時間ですのに、みなさま、どうしてここに?」
わたくしが首をかしげると、セレスさまが、わかりやすく、教えてくださいましたの。
この王国の王族の方は、五歳になると、満月の夜に、一人で、王都にある、聖なる森に入るそうですの。その森には、ドラゴンの姿の聖獣さまがいらっしゃるので、聖獣さまに、聖獣の森に連れて行ってほしいと頼み、ここまで転移で、連れてきてもらうのだそうです。
ほほう。
通過儀礼みたいなものですね。
これで、大人になったよ、みたいな、そんな感じなのでしょう。
あっ、まだ、五歳でしたわね。
「――そうでしたのね。わたくし、お邪魔をしてしまったみたいで、申しわけございません」
わたくしは、ヴィオリード殿下に向かって、頭を深く下げましたの。
あらっ。なんてことっ!
わたくし、裸足でしたわっ!
今まで、気づかなかった自分に、びっくりよっ!
「よい」
ゆるしてくださったみたいなので、わたくしは、ゆるりと顔を上げました。
そして、はたと気づきましたの。
謝りたかったとしても、王族に、こちらから話しかけたことは、失礼なことだったのかもしれません。
でも、先に、カッテシーをしておいたので、大丈夫ですわよね? 不敬だと怒ったり、しませんわよね?
ザクッ、ザクッと、足音を立てて、ヴィオリード殿下がこちらに、近づいていらっしゃいます。
ドキドキ、ドキドキ。
「――君が、キリアとデュオンの妹だね。動物と、絵を描くのが好きなんだって?」
「はい、そうですの」
「名前は、ララーシュカ。妖精族の古い言葉で、宝を意味する」
「えっ? 宝? そんなの、初めて知りました」
「そうなの?」
コテンと、首をかしげるヴィオリード殿下。
いやん。可愛いっ!
「……はい」
ふう。なんとか、お返事をしましたわ。
可愛いって、叫んでしまいそうでしたの。
宝……。
そんな設定、ありましたっけ?
これって、イベントなのかしら?
満月の夜の儀式イベントとか?
思い出せないわねぇ。
ゲームなら、今日のパーティーで、お会いしてるはずですものね。そんなに何度も、会いませんわよね。第二王子ルートじゃないと。
わたくし、第二王子に興味がなかったので、
でも、ここにきたのは、ユールさまのことを考えていたからですわよね?
ユールさまの好感度が、それなりに高いとしても、第二王子の好感度が、高いはずはありませんし……ふしぎですわね。
「――ねえ、恋愛小説が好きなの?」
「――えっ?」
ハッ!!
ヴィオリード殿下のことを、忘れていましたわっ!
目の前にいらっしゃるのに、なんという、失礼をっ!
「……はい。好きですわ。今日読んでいた恋愛小説は、王都で人気だと言って、お母さまが貸してくださったものなのです。平民の方が書いたもので、パン屋さんで働く平民の女性が、主人公なのです。ある誠実な、騎士の方にやさしくされて、恋をするお話なのですけれど、オレサマな騎士も登場するのです。二人の騎士が、一人の女性をめぐって、ケンカをしたり、女性のために、がんばるお話ですの」
「ふーん。そういうのが今、人気なんだね。知らなかった。すごいね。俺と同じ五歳なのに、恋愛小説なんて」
「うふふっ。早いです?」
「どうだろう? 母たち女性が、恋愛小説の話をしているのは知ってたけど、五歳の令嬢のことは、まだよくわからないんだ。公爵家のお披露目ぐらいは、出た方がいいと言われてたんだけど、考えなきゃいけないことや、やらなきゃいけないことが多くて、って、それは言い訳なんだけど、勇気が出なくて……ごめん」
「殿下が謝る必要はございませんわっ!」
王族なのですからっ!
「謝りたかったから」
「そっ、そうですのっ! 殿下のお気持ちは受けとめましたよっ! 大丈夫ですよっ!」
つい、感情的になってしまったせいなのか、ヴィオリード殿下に、クスクスと笑われてしまいましたの。
そんな殿下に、キュンキュンですわっ!
そのあと、ユールさまがわたくしを、リールベリー家の屋敷にあるわたくしのお部屋まで、連れて行ってくださいましたの。
転移で。
もどったあと、ユールさまの角がかがやき、お部屋が明るくなりましたの。
そして、「ララーシュカ。お前のことは、大事だと思っている」って、真摯なまなざしで、伝えてくださいましたのよ。
馬の目、ですので、わたくしが、そう感じただけですけどね。オホホホホ。
わたくし、「ありがとうございます。うれしいですわ」と、答えましたの。
ベッドに上がる前に、ユールさまが清浄魔法で、わたくしの足をきれいにしてくださったのよ。
この魔法、わたくしも使えるんですって。
今度、こっそりと、やってみましょう。
使い方は、きれいになれと念じるだけのようですわ。まあ! 簡単っ!
そのあと、ユールさまがお帰りになったのですが、ケイトにバレることもなく、安心して、すやすやと眠りましたの。
♢
起きてから思い出したのですが、ヴィオリード殿下って、オレサマキャラだったはず。
図書室にいらっしゃったデュオン兄さまに、こっそりと、お聞きしてみたのですが、お兄さまは、「うーん。どうだったかなぁ?」と、小首をかしげていましたの。
七歳になっても、デュオン兄さまは天使ですわね。
わたくしのお披露目パーティーでも、すごい人気でしたのよっ!
キリア兄さまもですけどねっ!
たくさんのお友達に囲まれていましたの。
いいですわね。年の近いお友達がいて。
わたくしには、ユールさまがいますもの。さびしくなんかないわ。
そうよ。ユールさまがいますもの。
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