夢 その四 夜に、ヒミツの話を。

 次の日の朝。

 じゅうたんに寝転がって、絵を描く。


 ここにきてよかったと思うことは、絵を描く楽しさを知ったことだ。

 すぐそばには、ジュースとお菓子が載せられたお盆がある。ロロさんが用意してくれたものだ。


 わたしと同い年の女の子、メリリは、近くで本を読んでいる。彼女のそばにもお盆があって、ジュースとお菓子が載せられている。

 それらは、メリリの世話係が用意したものだ。


 メリリは人見知りが激しいのか、よくわからないけれど、あまりしゃべらない。嫌な時はものすごく嫌そうな顔をするし、うれしい時は笑う。泣くのは見たことないけど、表情が豊かな子だと思ってる。


 彼女はわたしと同じで、人に触られたり、キスされるのをものすごく嫌う。わたしたちが触るのも、ダメなんだ。

 あと、赤い色が嫌い。


 ここにきたころは、赤を見るだけでパニックになってたらしい。それはデュークが教えてくれた。

 赤い髪や瞳の人にはだいぶ慣れたみたいだけれど、赤い食べ物や飲み物は無理みたい。


 メリリはわたしとヴィーよりも先に、ここにきた。遠い森にある村からきたのだそうだ。馬車で。

 家族のこととか、教えてくれないし、そういう話になると、つらそうな顔になるから、なにかあったのかもしれない。


 世話係のことは、基本無視な子で、パーティーでは大人たちに、子猫ちゃんと呼ばれてる。


 今、ヴィーと、もう一人の男の子――デュークは、わたしたちから離れた場所で、小人たちと話してる。最近よくあることなので、放置だ。


 絵本には、小人は人間が見られるのが嫌いだと書いてあるのに、いつの間にか仲良くなってた。お菓子をあげているのは見てたけど。


 これも、絵本には書いてないんだけど、小人って、物質を通り抜けることができるんだ。お菓子を持ったままとかでも。


 あと、天井まで登ったりもできるの。すごいなって思う。


 デュークとヴィーは同い年。


 デュークもメリリと同じで、わたしとヴィーがここにきた時にはすでにいた。


 遠い森にある村からきたのだそうだ。馬車で。

 わたしたちと同じく、月夜つきよの民狩りに捕まったのではなくて、魔力がある人間たちが住んでいる村の畑から、野菜を盗もうとして、捕まったあと、売られたと話していた。笑顔で。


 デュークはとっても明るい子で、無邪気に笑う、可愛い子だ。

 パーティーでは、子犬ちゃんと呼ばれている。


 ヴィーとデュークは出会ってすぐに仲良くなって、いつも一緒にいる。うらやましいと思う。

 男同士の話に入るなと、お兄ちゃんたちが言ってたし、邪魔する気はないんだ。


 小人たちと話せるのは、大人がいない時間だけ。

 邪魔してはいけないんだ。


 よし。集中しよう。

 わたしは再び、絵を描き始めた。



 その夜。

 世話係たちが部屋の灯りを消していなくなったあと、「みんな集まってくれ」と、声がした。

 ヴィーの声だ。


 ベッドを出て、じゅうたんを踏む。

 部屋は暗いけど、ちゃんと見えてる。


 わたしと、デュークと、メリリが集まると、ヴィーが口を開く。


「デュークは知ってるんだけど……」


 そう言って、話し出した内容に、わたしはとてもおどろいた。

 ヴィーとデュークは、子どもの間にここを出た方がいいと、小人たちに言われていたのだそうだ。


 ご主人さまは、わたしたちが大人になった時に、月夜の民の赤ちゃんを産むことを望んでいるらしい。それを聞いたわたしは、嫌だと思った。

 鼻の奥がツンとして、涙が出そうなほどに。


 こんな、鳥かごのような場所で、赤ちゃんを産んだって、その赤ちゃんは、長くは生きられないだろう。そう思った。

 庭なら出してあげられるけど、大きくなれば、首輪をつけなきゃいけないだろうし。そんなの、かわいそうだ。


 どうしたら赤ちゃんができるのかは知らないけど、村にはいたから。しあわせそうな母親と、赤ちゃんが。

 でも、ここでは無理だ。そう思った。


 わたしの赤ちゃんには、自然がたくさんある場所で、自由に駆け回ってほしかった。

 だから。


 その気持ちを、三人に伝えた。

 大きな声を出せば、だれかがくるかもしれないから、がんばって、小さな声で話した。


 話していたら、涙が出た。

 わたしは手の甲で、できるだけやさしく、涙をふいた。目が傷つかないように。

 たくさん泣いて、泣き過ぎて、苦しかった。身体がすごく熱かった。


「ランカ……」


 ここではランと呼んでたのに、ヴィーが、わたしのことをランカと呼んだ。びっくりして、昔のことを思い出して、よけいに泣いた。


 わたしが泣いている間に、三人の小人たちが出てきて、ヴィーとデュークと、なにやら話し始めた。小さな声で。


 メリリは無言だ。表情はつらそう。っていうか、泣きそうな顔だ。

 わたしが泣きながらメリリを見てたら、「なによっ!」って、怒られた。


「声が大きいよ」


 わたしができるだけ小さな声で、そう言うと、メリリはポロポロと涙を流した。

 わたしがいじめたみたいだ。いじめてないけど。


 メリリがゴシゴシと、手の甲で涙をふく。


「目が傷つくよ」


 そう言ったけど、無視された。

 小人たちとコソコソ話してたヴィーと、デュークが、こっちを向いた。


「僕ね、帰る場所がないんだ。メリリもだよね」


 デュークの声に、泣き顔で、コクンとうなずくメリリ。


「だけど、ここから出たいんだ」


 覚悟を決めたまなざしで、わたしたちを見つめるデューク。


「わたしも出たい。どうやったら、タカタカ村に帰れるかわからないけど。みんながそこにいてくれるか、わからないけど、できれば帰りたいと思う。わたしがお母さんのお腹の中にいた時にね、長い黒髪と瞳の女の人が現れたんだって。それで、お腹の中にいる女の子には、ある役目があるって言ったらしいけど、その役目が、ここで赤ちゃんを産むこととは思えないから」


 わたしがそう言うと、「俺も出たい。タカタカ村に帰れるとは思わないけど、それでも、ここよりはいいだろうから」と、ヴィーの声がした。


 ちらっと視線を向ければ、目が合った。

 同時にうなずき、ほほ笑み合う。


 なんだか、昔にもどったみたいだ。喜びの感情があふれ出した。


「……アッ、アタシも、ここはいやっ」


 苦しそうな声音。

 わたしはメリリを見た。


「うん、みんなで出よう。できるだけ遠くに行こう」


 そう言いながら、涙がこぼれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る