夢 その五 森に向かって、走れ!

 寝て、起きて、ロロさんと一緒に散歩をした。

 世話係たちはいつも、他の部屋で寝る。


 わたしたちの部屋の扉にはカギがかかっているし、カギは、世話係たちが持っている。カギが開けば音でわかる。だから、昨夜の話は聞かれてはないはずだ。

 そう思いながらも、ドキドキして、あまり、ロロさんの顔を見ることができなかった。


 だから。


「どうしました?」

 と言いながら、わたしのおでこにロロさんが触れた時、「ひゃぁ!」って、おかしな声を出してしまったんだ。


「熱はありませんね」


 いつも通りだ。ロロさんはやさしい。

 なのに、わたしは逃げるんだ。ここから。


 どうやって逃げるのかは、わからない。

 小人たちが協力してくれるから大丈夫だと、ヴィーと、デュークが言うから、信じるしかない。

 わたしとメリリにできることは、彼らを信じて、ついて行くだけ。


 逃げるのは、今夜だ。



 夜。

 世話係たちが部屋の灯りを消していなくなったあと、しばらくしてから、小人が二人現れた。


 それを見て、ヴィーが着替えてもいいと言ったので、わたしたちは自分のベッドで、寝間着を脱いだ。それからヴィーに言われた通り、布団の中に寝間着を隠した。

 それから、動きやすい服を着た。


 ベッドを出て、みんながいるところに行くと、小人が増えていた。

 七人いる。


 今日、この部屋のカギを持っているのがロロさんなんだって。合カギもあるんだけど、それがある部屋には、いつも見張りがいるみたい。

 合カギがあるのは、たくさんのカギが置いてある部屋で、屋敷を守る人たちがいる部屋でもあるんだって。


 ロロさんの部屋に行った小人さんたちがくるのを待っていると、音がした。

 カギの音だ。

 それから、ギィーと、開く音。


 入り込む、光と、小人たち。

 多過ぎて、何人いるのかわからないや。


 先頭の小人がピタリととまると、うしろの小人たちも動かなくなる。


「行くぞ」

 ヴィーの声。小さな声だけど、力強く届いた。


「うん」

 みんなが答えた。小人たちもだ。


 扉をちゃんと閉めてから、小人たちと一緒に、階段に向かう。

 廊下には、夜に光るふしぎな魔石が飾ってあるので、わりと明るい。階段もだけれど。


 じゅうたんだし、小人以外は裸足だから、大きな音は出ない。長い廊下を早足で進んだあと、ドキドキしながら、階段を下りた。


 そして、バレた。

 一人の男に。橙色の髪と瞳の男だ。

 いきなりのことにおどろいたのだろう。「なっ!」と叫び、目を見開く男。


「チッ。見回りだ」

 デュークの声。


「玄関まで走れっ! 小人が開けててくれるはずだっ!」

 ヴィーの声を聞き、わたしは走る。


 ひさしぶりに本気で走る。暗い屋敷を。

 玄関に向かって。


 小人たちも走る。足が速い。


「だれかっ! ペットが逃げたぞっ!」

 男の声。


 風が吹く。屋敷なのに。そうだっ! 

 橙色は風属性だっ!


 痛い。刺すように痛い、風が吹く。

 それでも負けずに、わたしは走る。

 みんなも。


 玄関が見えた。開いてるっ!


「きたぞ!」

「きたきた!」

「おーい!」

「はしれー!」

「にげろー!」


 小人たちがジャンプしてる。


「逃がすかっ!」

 ん? さっきとは違う声。辺りが明るくなった。暑い。


「火はダメだ! できるだけ傷つけるなっ!」

「じゃあ風もダメだろっ!? どうするんだっ!」

「そんなん言ってたら雷だって危ねぇし、どうするんだよ? アイツら、足速いぞ」


 こわい! こわい! こわい!

 おびえながら走り続けて、外に出る。


 息が荒くて、胸が痛い。苦しいけど、立ちどまれない。


「――ロロ、いいところに! アイツラを捕まえ――ギャアッ! キサマッ! 裏切ったなっ!」


 ん? なにが? なにがあったの?

 ロロさんなにしたの?

 わからない。気になる。でもこわい。


「門扉まで走れっ! そこにも小人がいるはずだっ!」


 ヴィーの声だ!

 わたしは走る。


 ロロさんのことが気になるけど、それよりも自分のことだっ!


 ――門扉が見えたっ!


「急げっ!」

 ヴィーの声。


「よいしょっ、よいしょっ」

 門扉が開いた。音を立てて。


 よく見る余裕はないけど、小人たちだろう。


 その時。


 門扉の前に、松明たいまつを持った男が現れた。外を見回っていて、異変に気づき、門扉に向かって走ってきたのだろう。肩で息をしてる。

 男は水色の髪と瞳の持ち主だ。水属性。魔力が弱い。


 どうしようか一瞬迷い、わたしが足をとめた次の瞬間。

 水属性の男に向かって、なにかが襲いかかった。植物だっ!


 叫び声を上げながら、植物にグルグル巻きにされる水属性の男。

 男の手から落ちた松明の炎が辺りに広がり、それに向かってたくさんの水が落ちた。

 ジュワッと音がして、炎が消える。


 わたしはハッとしてふり向いた。

 緑色の髪、青色の瞳の若い男――ロロさんが駆けてくる。


「――ラン!」

 ギュウッと、力いっぱい、抱きしめられた。

 ロロさんに。


 なんか痛い。硬い物が当たっているような。そして熱い。ロロさんの身体が熱くて、ドキドキする。


「ロッ、ロロさんっ……なにをやって……」

 焦りながら言うと、ロロさんが身体を離してくれた。腰に剣と、小さな袋がある。寝間着じゃない。


「行きましょう!」

「行く?」


 真剣なまなざしのロロさん。彼を見上げながら、なにも言えないでいると、「ランカッ!」と声がした。ヴィーの声だ。

 ふり向けば、すぐそばにヴィーがいた。


 ヴィーはわたしの手を引き、駆け出した。

 そして、門扉をくぐる。


 走りながらふり向くと、デュークとメリリ、それからロロさんがついてきているのが見えた。


「げんきでねー!」

「バイバーイ!」

「どうかぶじで!」


 なんて声が聞こえる。

 可愛らしいから、小人だろう。


 熱い。苦しい。


「待てー!」

「焼かれたくなかったらとまれっ!」


 追ってがきてるみたい。


「森はこっちです!」

 なぜか、ロロさんが先頭になって、走る。

 道案内をしてくれるようだけど、いいのだろうか?


 わからない。だけど今は、走るしかない。


 無我夢中で走った。

 男たちに追われながら。


 やがて、わたしたちは、森にたどり着いた。

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