第二十一話 甘いマフィンと、ミルクティーをいただきながら、デュオン兄さまと、ヒミツの話を。

 デュオン兄さまのお部屋には、お兄さまの専属執事のスオウがいましたの。

 わたくしの、専属侍女のケイトは、お部屋に入らなかったの。スオウが、ミルクティーと、デュオン兄さま手作りのマフィンを、用意してくれたのよ。


 そして、離れた場所で、シーフォちゃんに、キャットフードをあげているスオウを、眺めていたら、デュオン兄さまの声がしましたの。


「ララーシュカ」

「はい」


 わたくしは、お返事をしながらふり向き、お隣に座る、デュオン兄さまを、見上げましたの。


「向かいにも、ソファーがあるのですが」


 コテリ、首をかしげてみましたら、デュオン兄さまが、笑いました。


「そうだね。でも、ララーシュカと、ヒミツの話がしたいから」

「ヒミツ?」


 ちらり。わたくしは、スオウに目を向けたあと、デュオン兄さまを見上げました。


「フフッ」

「楽しそうですね。デュオン兄さま」

「うん、楽しいよ」


 なにが、楽しいのでしょうか?

 わたくしには、さっぱり、わかりませんわ。


 前世では、お姉さまに、マイペースとか、自由人って、言われていましたわよね?

 ――あっ、性格が悪いとも、伺ったことがありますの。


 確かに、好きな子をいじめるところはありますが、わたくし、性格が悪いとは感じなかったので、『わたくしは、とてもやさしい方だと思いますわよ』って、伝えましたのよ。そうしたら、直登なおとさまのお姉さまに、クスクス笑われてしまいましたが。


 なんてことを考えていましたら、デュオン兄さまの声がしましたの。


「スオウにね、話したんだ」

「スオウに? デュオン兄さま、なにを、お話されたのです?」

「フフッ。あのね、前世のことをだよ。ついでに、乙女ゲームのことも話したんだ」

「――えっ!? 前世のことを!?」


 わたくしは、バッと、勢いよく、スオウがいる方を向いたあと、デュオン兄さまに、視線をもどしましたの。


 びっくりっ! びっくりですわっ!

 話すなんて! 話すなんて! 話すなんて!


「信じて、もらえました?」

「うん。前世持ちについて、書いてある本を読んだことがあったんだって。それに、僕が赤ちゃんの時から、そばにいたしね。それなりに、長い付き合いなんだよ」

「……そう、ですの。信頼、されているのですね」


 なんだか、さびしいわ。


「どうしたの? そんな、捨てられて、ダンボールの中でクンクン鳴く、子犬みたいな顔をして」


 デュオン兄さまがわたくしの頭を撫でてくださったと思ったら、グリグリ――。


「痛いですわっ!」

「そうだね。フフッ。可愛いなぁ」

「昔は、もっとやさしかったですわっ!」

「もう、五歳だからね。遊んでもいいかなって思って」

「ダメですっ! 日本にいたころは、理想のお兄さまだったのにーっ!」

「理想か」


 ポツリと、つぶやかれたデュオン兄さまは、遠い目をされましたの。


「――デュオン兄さま?」


「あのころはね、僕、小蝶こちょうの前では、やさしくて、頼りになる兄で、いたかったんだ」


「――わたくしの前で?」


「うん」


「どうしてですの?」


「うーん、どうしてかなぁ? 妹が、ほしかったからかな? 小蝶って、妹扱いするのに、ちょうどよかったし」


「妹扱い……そういえば、昔、初対面の方にお会いした時に、僕の妹なんだって、ご冗談を……」


「あれはね、冗談じゃなくて、そうだったらいいなって、思ってただけだよ。君にも僕にも、婚約者がいたからね。その方が、都合がよかったし。僕にとって君は、友人でもあったけど、周りからは、妹として、可愛がっているように見えてたんだよ。だから、久孝ひさたかも、安心して、僕と仲良くしてたんだ」


「……安心?」


「うん」


「どうして、ですの?」


「どうしてって……自分の婚約者が、他の男の家に遊びに行って、楽しそうに笑ってるなんて、ヤキモチ焼くに決まってるでしょ? そう思わない?」


「うーん。思いません。久孝さまが、そんなことで、ヤキモチ焼くとは思いませんし、わたくしも、彼が、他の女性と話していても、怒りなんて、感じませんでしたし」


「そう。それは、かわいそうだね」


「かわいそう?」


「うん。久孝が」


「どうしてですの?」


「だって、好きな子に、ヤキモチを焼いてもらえないのだから」


「――好き? わたくしと久孝さまは、許婚でしたし、好きか嫌いかと言えば、好きでしたけど……恋愛小説や、少女マンガや、乙女ゲームみたいな、そんな、ロマンチックな関係では、ありませんでしたよ?」


「君は、そう思っていたんだね」


「意味が、わかりません……」


 わたくしの言葉を聞いたデュオン兄さまは、ククッと笑ったあと、話し始めました。


「アイツはね、君のことが好きだったんだよ。好き過ぎて、君に触れたらおかしくなって、君を壊してしまうんじゃないかって、悩んでたんだ」


「……そんな」


「アイツ、小蝶が好きな本を買って読んだり、乙女ゲームを買って、一人でこっそりやってたんだぜ。乙女ゲームの攻略本まで買ってさ、勉強してるのに、お前にはなにも言わないんだ。小蝶には言うなって、こわい顔で言うからさ、黙ってたけど、もう、いいよな……言っても」


「ウソですわっ! デュオン兄さま、おかしいですわよっ!」


「それに、アイツ、君が、僕以外の男と話すとさ、すごい顔でにらむんだ。君が、アイツを見てる時は、恋なんてしてませんみたいな顔なのに。陰で、龍王って呼ばれてたんだぜ」


 そう言って、クツクツ笑う、デュオン兄さま。


「……おかしいです。デュオン兄さま、一体、どうされたのです? 悪い人のお顔を、されていますわよ。キャラが変ですし」


「変じゃないよ。どんな僕だって、僕だ」


「…………」


 わたくしは、モヤモヤする気持ちを、どうにかしたくて、ティーカップに、手を伸ばしました。

 コクコク。

 甘くて、おいしい、ミルクティーね。


 マフィンも食べますわよっ!

 パクッ。モグモグ。

 しっとりとして、甘くて、おいしいですわっ!


 ふう。

 身体は満たされましたが、心は、まだ、モヤモヤしますわね。


 どうしましょう。

 お庭を歩けば、気分が晴れるかしら?


「浮かない顔だね」


「――それは、デュオン兄さまのせいですわ。もう、二度と、お会いすることのできないお方のことを、今更言われましても、わたくし、困りますの」


「困る?」


「はい。困ります」


「もし、会えたら、なんて伝えたい?」


「それは……わかりません」


 胸が、ドキドキします。身体が熱くて。なんだか、大声で、叫びたくなりました。

 変ですわね。わたくし。


 デュオン兄さまのせいですわ。

 デュオン兄さまが悪いの。腹黒なの。性格が悪いの。


 直登さまのお姉さま、ごめんなさい。

 あなたが正しかったわ。


 こんなに性格が悪いとは、思いませんでしたの。

 好きな子が嫌がることをして、楽しむのは知っていましたけど、ここまでとは……。

 二面性があるなんて、知りたくなかったですわっ!


 ふう。

 大好きだった方のことを、ここまで悪く言うなんて、わたくしも立派な腹黒、いえ、悪女ね。

 胸が痛いわ。こんなに黒い自分がいたなんて……。


 久孝さま……。

 わたくし、黒いの。

 光属性の持ち主なのに、とても醜い存在なの。


 こんなわたくしで、ごめんなさいね。

 あなたは、今、お元気ですの?

 日本で、新しい許婚と、しあわせに過ごしているのでしょうか?


 久孝さまに、お会いできたら……デュオン兄さまが教えてくださったことを、お話して、わたくしのことを、どのように思っていたのか、お聞きしたいなって。


 ――そんな、夢みたいなことを、考えてはいけないのです。


 そんなの、叶わない、ことなのですから。


 あのころは、久孝さまと、結婚することが、決まっていましたし、恋の話は、楽しいですが、自分がするものだとは、思っていなかったのです。


 もっと、しっかりと、久孝さまと、お話していれば、なにかが変わっていたのでしょうか?

 そんなこと、考えても、意味のないことですわね。


 ああ、なんか、嫌ですわ。

 胸が痛いの。苦しいの。

 もう、ここには、いたくありませんわ。


「デュオン兄さま。わたくし、自分のお部屋にもどりますわ。ごちそうさまでした。マフィンも、ミルクティーも、おいしゅうございました」


 そう言って、わたくしはスクッと、立ち上がりました。


「そう。喜んでもらえたなら、僕もうれしいよ」


 ニコニコ笑顔のお兄さまを見ても、わたくしの心は、梅雨みたい。

 ふと、雨に濡れるあざやかな、アジサイが浮かびました。


 そうだわ。アジサイの絵を描けば、すこしは、元気になれるかしら?

 明るい気持ちになれるかしら?


 カラフルな、アジサイの絵を描くの。

 虹もいいわね。


「ニィ」

 その声に、ふり向いた時のことです。


 シーフォちゃんが、ミントグリーンのなめらかな毛並みを、わたくしに、こすりつけましたの。


「ああ、シーフォちゃん」


 なぐさめてくれるのね。

 わたくしの気持ちを、わかってくれるあなたが、好きよ。大好きよ。


 感謝を込めて、シーフォちゃんを撫でてから、わたくしは、デュオン兄さまのお部屋を出ましたの。


 それから、満足するまで、絵を描きましたのよ。

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