第二十二話 久孝さまの夢と、ドラゴン。
その夜のことです。
寝間着姿で、ソファーでぼんやりとしていたら、ユニコーンの姿のユールさまが、現れましたの。
「なにをしている?」
「……なにも、していませんわ」
たくさん絵を描いて、満たされたと思ったのですが、眠たくなったので、寝て、
夜、せつなげな表情で、満月を見上げる、久孝さまの夢でしたの。
久孝さまと、お呼びしても、わたくしを見てくださらなくて、とても悲しい夢でしたのよ。
そのあと、夕食をいただいたり、寝る準備をしたのですが、夢のことが気になって、読書をすることも、寝ることも、できずにいますの。
「元気がないな。城で、なにかあったのか?」
「城で? ええ、まあ、ショックなことは、ありましたが……」
「なにがあった?」
ユールさまが、おたずねになったその時。
扉が開く音がしました。そちらを向くと、専属侍女のケイトが、お部屋から出て行くところでしたの。
扉が閉まるのを見届けたあと、わたくしは、ゆっくりと、ユールさまに視線をもどしました。
それから、わたくしは、メリッサさまと、ヴィオリード殿下のことを、お話しましたの。
「そうか。まあ、初対面なら、それでいいのではないか?」
「それは……そうなのかも、しれませんが」
リアルなヴィオリード殿下が、ゲームと違うように、メリッサさまも、ゲームとは、違いますの。でも、そんなことは、言えないわ。
あなたはゲームのキャラだって言われたら、ショックでしょうから。
ゲームのメリッサさまは、いつも気高く、自信のある方でしたのよ。落ち込んだ姿なんて、ゲームでは、見なかったもの。
まあ、わたくし、魔獣に夢中でしたので、だれのルートも進める気がなかったのですけどね。
ですから、わたくしがそう思い込んでいるだけなのかもしれませんが。
自分がやったこと以外は、
「お前の気持ちはよくわからんが、このおれを撫でさせてやろう」
「よろしいのです?」
「ああ」
うれしいですわ。
感動で、身体が震えますの。涙もちょろりと、こぼれましたわ。
デレは尊いですわねっ!
神さま、いえ、聖獣さまですわねっ!
ありがたや、ありがたや。
わたくしは、ユールさまの、白く美しい毛並みをやさしく撫でながら、ニヤニヤしましたの。
ニヤニヤしてもいいわよねっ!
今、ケイトはいないのだからっ!
ユールさまを好きなだけもふらせていただいたあと、満足したわたくしは、一人になったあと、ケイトを呼んで、カモミールティーを用意してもらいましたの。
カモミールティーを飲んで、眠りましたのよ。
そうしたら、夢を見ましたの。
また、満月の夜の夢でしたのよ。
久孝さまが、せつなげな表情で、満月を見上げる夢。
だけどわたくしは、前の夢のことを思い出して、こわくて、久孝さまと、お呼びすることが、できなかったのです。
夢の中なのに、前の夢のことを、思い出すなんて、ふしぎだと、目が覚めてから、思いましたの。
起きた時、目から涙が流れ落ちて、とてもびっくり、しましたのよ。
あんな顔の久孝さま、見たことがなかったわ。彼はいつもクールで、あまり、表情を変えない方でしたもの。
今、思い出したのですが、お城で、絵本を読んだ日の夜も、満月の夢を見ましたわね。
あれは、逃げる夢でもありましたし、あまり、気にしていなかったのですが……。
だって、逃げる夢は、日本にいた時から、よく見ていましたし、不安な時に見る夢だったので、そういうものだと思っていましたから。
満月の夜の夢は、修学旅行に行く前に、何度か見た気がするわ。
気になって、夢占いの本で調べたら……あらっ?
どんな内容だったかしら?
覚えてないわね。
そうだわっ!
図書室に行きましょう。
昼食のあと、ソファーに座って、考えごとをしていたわたくしは、立ち上がりました。
「――ケイト! 図書室に行くわよっ!」
「はい、お嬢様」
わたくしは、ケイトを連れて、図書室に行き、夢占いの本を見つけました。
もくじを見てから、パラパラと本をめくると、月の夢について、書いてありましたの。
「月は、女性や母性の象徴。満月は、あこがれの男性と結ばれる……うーん、あこがれねぇ」
――ハッ!
つい、声が、出て、しまいましたわっ!
キョロキョロしたら、ケイトしかいなくて、安心しましたの。ケイトは、わたくしではなくて、床を見ているようですし、よかったですわぁ。
目が合っていたら、今よりも、もっと、恥ずかしい気持ちになっていたかもしれません。
お母さまはお茶会ですし、デュオン兄さまもヴィオリード殿下に呼ばれて、お城なので、よかったですっ!
安心、安心。
さて、これから、どうしましょうか。
パタンと、夢占いの本を閉じて、本棚にもどしたわたくしは、なにか、面白い本はないかなーと、歩き出しました。
最近、恋愛小説ばかり読んでいたので、男の子が好むような、冒険ものにしましょうか。
男の子が好む本は……ここね。
あらっ? ドラゴンって書いてあるわ。
本の表紙は、可愛らしいドラゴンさんと、可愛い男の子ね。
ドラゴンさんと、男の子のお話なのかしら?
そう思い、わたくしはパラパラと本をめくりましたの。
可愛い絵がたくさんあるわね。これにしましょうか。
その本を自分のお部屋に持って帰ったわたくしは、シュークリームと、ミルクティーをいただきながら、読書をしましたの。
男の子と、ドラゴンの子どもの、友情と、冒険のお話でしたのよ。面白かったわ。
わたくしも、お友達がほしいですわね。それと、ドラゴンさんに、会いたくなりましたの。
ドラゴンの姿の聖獣さまは、攻略が一番難しいですし、圧がすごかったですしねぇ。
それに、わたくし、公爵令嬢ですし、そう、ホイホイと、聖なる森に行けませんしねぇ。
って、そんなこと、言ってたら、王都の外にも出かけられませんよね。転移で、聖獣の森には行きましたが、あの辺りで、ドラゴンさんが飛んでいるのを見たことはないですしね。
魔獣のドラゴンさんは、竜人族が住む島にしか、いないのでしょうか?
デュオン兄さまも、きっと、ドラゴンがお好きなはずです。お帰りになったら、話してみましょうか。ヴィオリード殿下のことも、気になりますしね。
♢
夕方、デュオン兄さまがお帰りになったと、ケイトが教えてくれたので、わたくしは、デュオン兄さまのお部屋に向かいましたの。
ケイトは扉の前までで、わたくしだけ、お部屋の中に通されました。
さすがデュオン兄さまです。わたくしのことが、わかっていますわ。
ソファーには、デュオン兄さま。そのお隣には、ミントグリーンの毛並みの、猫の魔獣――シーフォちゃんが、身体を伸ばして、眠っていますわよっ!
まあ! なんてことなのっ! カメラがあれば、撮りたいですのに、ないの。悲しいわ。シクシクシク。
今なら、おでこにある緑色の魔石に触れても、よろしいのでしょうか?
ゆっくりした足取りで、わたくしはシーフォちゃんに近づき、ドキドキしながら腕を伸ばし、そっと、緑色の魔石に触れました。
ハウッ!
急いで、手を離します。
だっ、大丈夫。シーフォちゃんは、気づいてないわ。よかった。きっとここが、シーフォちゃんにとって、安心できる場所なのね。
ふう。と、息を吐いて、顔を上げれば、笑顔のデュオン兄さまと、目が合いました。
とてもすてきな笑顔ですわね。この笑顔で、公爵子息ですから、ご令嬢方に、モテモテでしょうね。
「お茶が冷めるよ」
「えっ? はい」
わたくしは、シーフォちゃんの邪魔にならないように、向かい側のソファーに座りましたの。
すると、デュオン兄さまの専属執事のスオウが、わたくしの前に、お茶とお菓子を置いてくれました。
デュオン兄さまのお茶とお菓子は、わたくしがきた時にはあったのよ。
「このお茶は、なんのお茶でしょう?」
「ニーノ王国のお茶だって。今日、もらってきたんだ」
「お隣の王国の、お茶なのですね」
「うん。この、紅茶のパウンドケーキも、もらってきたんだ」
「ヴィオリード殿下から、ですの?」
「うん、そうだよ」
「お元気でした?」
「うーん、あんまり、元気じゃなかったかなー」
「……そうですのね」
「――で、ララーシュカは、なにを話したくて、ここまできたのかな?」
「……えっと、あの、ですね。わたくしは、ドラゴンのお話が、したかったのです」
「ドラゴン?」
「はい、デュオン兄さまはこの世界で、ドラゴンを見たことがありますか?」
「ないよ。日本にいたことは、ドラゴン見たいとか、乗りたいって、思ってたけどね、ここは現実だし、そう簡単にはね……」
「聖なる森に行ったことは?」
「ないよ。あっ、殿下は行ったみたいだけどね。儀式で。なんか、聖獣の森に行ったら、ララーシュカがいきなり現れたらしいね。僕、知らなかったから、びっくりしたよ」
「あっ、あの……言わなくて、ごめんなさい。あの、あんなイベント、ありましたっけ?」
「さあ? 僕は知らないや。聖獣の森の結界に、許可なく入れるララーシュカだから、妖精が邪魔したってことになったみたいだけど、人だと重罪なんだからね」
「ウッ。ごめんなさい。王族の方の、大切な儀式ですものね。邪魔したらいけませんよね……」
「あっ、そうだっ! 殿下が言ってたんだけど、聖なる森の聖獣さまとさ、殿下が、契約したらしいよ」
「――契約? そんな設定、ありました?」
「いや、ないと思うよ」
「攻略対象者と、攻略対象者、ですものね」
「うん、僕もしたけどね。ガイと」
「そうですわね」
わたくしはうなずいて、お茶をすこし飲んでから、紅茶のパウンドケーキをいただきましたの。上品な香りだこと。味もよいですわね。
「明日も行く予定だから、話してみるよ」
「――えっと、ドラゴンのことですの?」
「うん、ララーシュカのお願いなら、聞いてくれるんじゃないかな?」
「いや、わたくし、ヒロインですけど、だからって……いいのでしょうか?」
「僕はいいけど? まあ、ゲームのしか知らないけど、大きいだろうから、お城の庭にいきなり現れたら、パニックだろうね」
「……そう、ですわね。人化で、いらっしゃっても、わたくしが見たいのは、ドラゴンの姿ですし、お庭では、無理かもしれませんね」
「そうだね。まっ、話してみるよ」
「よろしくお願いしますわ」
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