[ララーシュカ・十歳]

第三十二話 満月の夜、ユールさまに乗っていましたら、ドラゴンの姿の聖獣さまに出会いましたの。

 五月五日。わたくし、十歳になりましたの。

 クラスの方々が笑顔で、お祝いのお言葉をくださったのよ。

 入学式と始業式の時は、よく知らない方ばかりでしたので、とても緊張していたのです。


 でも、クラスのみなさまと共に、授業を受けるようになって、楽しいわって、感じるようになりましたの。

 それで、できるだけ笑顔で、「ごきげんよう!」って、ごあいさつをするようになったの。その効果かもしれませんわねっ!


 うふふふふ。

 プレゼントをくださる方々もいて、入学してよかったなって、思いましたの。


 プレゼントをくださった方々は、ご令嬢が多いのよ。ご子息方も、婚約者がいらっしゃらない方々から、いろいろいただきましたの。


 魔法学園に入学する前に、そういうことも、ちゃんと覚えたのよ。もうすぐ十歳になりますし、周りが覚えろって、うるさいからね。


 魔法学園の図書室に寄ってから、一人で馬車に向かっていたら、ヴィオリード殿下が見えましたの。

 この廊下、他にはだれもいませんのよ。気配でわかりますの。


 ドキドキしますわね。でも、この廊下を通らないと、馬車のところに行くことができませんの。

 いきなり逃げても変ですしね。逃げませんよ。


「あの……十歳、おめでとう。これ、ララーシュカに」

 という、お言葉と共に、ヴィオリード殿下がお持ちだった、藍色の紙袋をくださったの。


 つい、反射的に、受け取ってしまいましたわ。

 婚約者がいらっしゃる方からのプレゼントは、お断りをするようにって、専属侍女のケイトに言われましたが、相手は殿下ですしね。断るなんて、不可能ですわよ。不敬です。不敬。


 ケイトは、毎年、わたくしが、ヴィオリード殿下から、プレゼントをいただいているのは、知っていますし、文句は言わないわよね。

 藍色の髪袋の中には、水色の、小さな箱があります。 


「なんでしょう?」

 わたくしは、首をかしげました。


 お菓子でしょうか?

 こういう時って、目の前で、箱を開けてよいのか、悩みますの。

 はしたないと思われる方も、いらっしゃるでしょうしね。


 幼女なら、いいのよ。無邪気に開けても。

 ですが、わたくし、十歳ですの。


 そんなことを考えていましたら、「それ、めずらしい魔石なんだ。三日月の形で、金色なんだ」と、おっしゃいましたの。


 ほほう。

 魔石なのですね。


「開けても?」


 そう、おたずねしましたら、「うん」と、おっしゃったので、わたくしは、ドキドキしながら、水色の小さな箱を開けましたの。


「とてもきれいな魔石ですね。こんなの、見たことがありません」


 三日月の形をした、金色の魔石の美しさに、感動しながら、想いを伝えると、ヴィオリード殿下は、「よかった。喜んでくれて」と、ほほ笑んでくださいましたの。


 その表情を見て、胸が高鳴ったのですが、いけないいけないと、思いましたのよ。


 だって、わたくしがヒロインだとしても、メリッサさまが、デュオン兄さまを愛していらっしゃったとしても、ヴィオリード殿下は、メリッサさまの婚約者なのですから。



 その夜。

 ユニコーンの姿のユールさまが、わたくしに会いにきてくださったの。


 ちょうどその時、わたくしはソファーで、三日月の形をした金色の魔石を見つめていたので、とてもびっくりしましたのよ。


「その魔石は?」


 ユールさまが、おたずねになったその時。

 扉が開く音がしました。そちらを向くと、専属侍女のケイトが、お部屋から出て行くところでしたの。


 扉が閉まるのを見届けたあと、わたくしは、ゆっくりと、ユールさまに視線をもどしました。


「これは……今日、ヴィオリード殿下から、いただいたものですの」


「そうか」


「……はい」


「うれしくないのか?」


「えっ?」


「その魔石」


「……よく、わかりません」


「わからぬのか」


「はい。最初は、感動したのです。ですが、ヴィオリード殿下は、メリッサさまの婚約者ですし。わたくし、もう、十歳で、そろそろ、恋愛をしなければいけない年齢だと、思うのです。それなのに、婚約者がいらっしゃる方から、すてきなものをいただいて、無邪気に喜んで、いいのか……」


「なぜ、泣く?」


「――えっ?」


 わたくしは、自分の顔に触れたあと、泣いていることに気づきました。


 泣くなんて、とてもひさしぶりな気がします。

 涙を手の甲でふいたあと、わたくしは、三日月の形をした金色の魔石を箱にもどして、顔を上げました。


「ユールさま」


「なんだ?」


「わたくし、空が飛びたいです。わたくしを乗せて、空を飛ぶことって、できますの?」


「人を乗せて飛んだことはないが、お前なら、大丈夫だろう。なにかあれば、精霊が助けるだろうしな」


「精霊任せ?」


「なんだ?」


「いえ、なんでもございません」


 もう、いいわ。どうなっても。

 女は度胸よ!


 わたくし、妖精族の血を、引いているんだもの。

 いざという時は、飛べるはず。


 そんな設定、ありませんでしたけどね。


 でも、わたくし、ヒロインなの。

 そう簡単には、死なないはず。


 それにね、もし落ちても、ユールさまなら、ビューンと移動して、わたくしを受けとめてくださるはずよ。

 わたくしの、望みですけどねっ!


 というわけで、わたくしは、ユールさまに乗りましたのっ!


 すると、ユールさまが駆け出します。

 パッパカ、パッパカ、なんて音はしませんの。


 そっちは、開いてない窓ですわっ!

 キャーって思っていましたが、大丈夫。

 窓を通り抜けました。


 そうですわね。ちょっぴり、忘れていましたのよ。

 オホホホホホ。


 そうだわっ!

 今日は、満月だったわねっ!

 お誕生日だものっ!


 満月の、明るい光に照らされた世界って、美しいわね。

 ああ、身体が、満たされていきますわっ!


 しあわせ!

 これが、月の力ねっ!


 わたくし、ララーシュカを、この世界に産んでくださったお母さまが、おっしゃっていましたわねっ!


 あらっ?

 赤、青、橙、緑、金、銀、黄色の、精霊さんたちが、ふわふわと、集まってきましたわね。


 うふふ。うふふふ。

 楽しいわっ!


 こんなに高い場所にいるのに、寒くもないし、風が強くて、目や口が開けられないとかもないのっ!


 さすが、ファンタジーねっ!

 うれしいわー!


 朝も、昼も、そして夜も、世界はなんて、美しいのかしら?

 この世界に生まれて、本当によかったわっ!


 なんて、思っていましたら、遠くに、白くて大きな、ドラゴンさんがっ!


「レイーズか」


 そうそう、ドラゴンの姿の、聖獣さまのお名前は、レイーズさまでしたわね。

 離れているせいなのか、ユールさまに乗っているからなのか、圧を感じないんですの。


 安心して、ユールさまに乗っていられますのよっ。

 ラララー。


 ――あらっ?


「あれは……ヴィオリード殿下? こんな夜に?」

「お前も夜に、出ているだろう?」

「そっ、そうですわねっ! ですがっ、殿下と会うとは、夢にも……」


 わたくしたちは、しばらく、レイーズさまの周りを飛びましたの。飛んだというよりも、ユニコーンなので、空を駆けたのですけどね。


 そのような、細かいことは、どうでもいいのよ。

 わたくしと、ヴィオリード殿下は、言葉を交わすことが、ありませんでしたの。


 いきなりのことで、言葉が浮かびませんでしたし。あっ、会釈はしましたのよっ。

 ユールさまと、レイーズさまも、会話をされませんでしたし。


 でも、満月と、精霊たちの光という、美しい世界で、白く美しいドラゴンに乗って空を飛ぶ王子さまって、とても絵になるなと、思いましたの。

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