第三十三話 修学旅行の夢と、久孝さま。

 その夜、三日月の形をした、金色の魔石と、共に、眠りましたの。満たされた気持ちで。

 そうしたら、修学旅行の、夢を見ましたの。


 とても、ショックな気持ちで、目が覚めたわたくしは、熱い、涙を、流しました。

 これが、ただの夢なのか、本当に、わたくしが体験したことなのか、わからなくて、不安で。


 わたくしが、ララーシュカとして、この世界に生まれたあと、思い出したのは、あの、修学旅行の日に、渡紅千代わたりべにちよさまとお話をしていたら、小さくて、可愛らしいクマさんと出会ったことなの。


 そのクマさんが、ケガをしていたから、ハンカチを巻いてあげたことを、覚えていたの。

 でも、夢で、その続きを見てしまった――。


 直登なおとさまと、久孝ひさたかさまが、いらっしゃって、小さなクマさんの母親がいるかもしれないって、伺ったのです。


 そのあとは、ホラー映画の、ようでした。

 信じられません。信じたく、ありません。


 あの夢が、本当にあったことだったとしたら、直登さまと、渡さまは、わたくしのせいで……。


 わたくし、ショックで、号泣しましたの。

 こんなに泣いたことはないって、そう思うぐらい、熱を持った涙が、滝のように流れ落ちましたのよ。号泣してると、冷静なわたくしが、思いましたの。


 冷静な、わたくしも、いましたが、荒れ狂う、嵐のような、感情の、わたくしもいたのです。

 自分が、分離しているような、そんな感覚。


 どれぐらいの時間かは、わかりませんが、号泣していたら、専属侍女の、ケイトが起こしにきましたの。

 とても、おどろかれてしまいましたわ。


「なんでも、ないの」

 そう言って、笑おうとしたのですが、熱い涙は、しばらくの間、とまりませんでしたの。

 それで、熱が出ましたの。


 これは、自分への罰だと、そう思ったので、治癒魔法を使うこともなく、学園を、休むことにしましたの。治癒魔法で熱が下がるかどうかは、知りませんけどね。

 わたくし、熱出したの初めてだもの。


 お父さまと、お母さま、それから、キリア兄さまと、デュオン兄さまが、わたくしに会いにきてくださったの。

 熱を出さない子が急に熱を出したので、びっくりして、心配になったのでしょうね。


 なんだか、愛されてるなって、感じて、たくさん涙が出ましたの。

 デュオン兄さまに、申しわけないという気持ちも、ありましたけどね。


 だって、わたくしのせいで、デュオン兄さままで、転生したのですから。

 その瞬間を、見たわけではありませんけどね。ですが、わかるのです。同じ場所に、いましたし。


 渡さまも。

 久孝さまも……。


 ウウッ。つら過ぎますわ。

 悲しくて、苦しくて、横になったまま涙を流していましたら、お医者さまが、きてくださったの。疲労だそうよ。


「疲労? 五月病? おかしいな。そういうのは、もっと繊細な子がなるんだけど」

 とか言って、小首をかしげないでください。デュオン兄さま。


 わたくし、そろそろ、思春期だと言われても、おかしくない年ごろですのよ。

 反抗期になって、枕をぶつけてもいいですか?


 枕投げが、したいわけではないのよ。

 本当は一度ぐらい、やってみたいですけどね。


 今は大人が見てるからダメなの。

 デュオン兄さまと二人きりの時に、投げつけ――。


 そんなことをしたら、やり返されてしまいますわね。

 こわいわ。ブルブル。


 相手は剣を持って、戦える、公爵子息さまなのです。

 わたくしは、華奢で、か弱い、公爵令嬢ですからね。

 戦えませんわ。


 なんて、心の中でしゃべっていたら、熱が上がって、わたくし、気を失いましたの。

 寝ただけかも、しれませんけどね。



 その夜、ユニコーンの姿の、ユールさまがきてくださいましたの。聖獣の力を使って、熱を下げようとしてくださったのですが、お断りしましたのよ。


 だって、しばらく、外の方と、会いたくありませんでしたから。

 寝ても、修学旅行のホラーな夢を見てしまうので、とてもつらく、悲しかったのですが、しばらく、学園に行きたくないと、そう思ったんですの。


 翌日、魔法学園からお帰りになったデュオン兄さまが、お部屋を覗いてくださいましたの。


「二人で話したいから、出て行って」

 わたくし、そう、ケイトに言いましたのよ。


 ケイトがいなくなったあと、デュオン兄さまは、ゆっくりと、ベッドに近づいてきましたの。

 わたくしは、身体を起こしたまま、そっと、胸を押さえましたの。熱いし、だるいし、あちこち痛いし、緊張しますの。


「つらい?」


 わたくしは小さく、うなずきました。


「ガイに頼む?」

「いえ」

「このままがいいの?」

「……はい」

「どうして?」

「それは……」


 わたくしは、ポツリ、ポツリと、夢の話を始めました。

 修学旅行の時の、悪夢を。


 熱い、涙を流しながら、わたくしは、がんばって、話し、ましたの。


「――そう。思い出したんだね。僕もメリッサも、そのことは覚えてたし、しょうがないって、受け入れてるよ。あれはあれで、運命だったって、今では思うし、君のせいじゃない。君はただ、動物を愛してた。それだけだったんだ」


「……でも、わたくしのせいで……愛するお二人を、離してしまいました……」


「でも、また会うことができた。だからね、なにも問題ないんだよ。僕たちは、愛し合ってるから」


「愛し合っていても、メリッサさまは、ヴィオリード殿下の婚約者です」


「そうだね。殿下が本当に好きな相手と結ばれて、婚約破棄になればいいって、いつも思ってるよ」


「……本当に好きな相手って、だれですの?」


「それは知らないけど」


「ウソです。親友ですもの。知らないはずがありませんわ」


「フフッ」


「……わたくし、ヴィオリード殿下のこと、気になっていますの。でも、久孝さまのことが忘れられませんの。ララーシュカになってから、何度も夢で見るのです。そして、思い出したりするのです。久孝さまのことを」


「そう。愛だね」


「……愛。そうですわね。日本にいたころは、当たり前に、久孝さまから愛をいただいていたのです。それなのに、わたくし、それを愛だと、気づいていませんでした。許婚だからという理由で、当たり前に、受け取っていたのです」


「そっか。うーん、どうしようかな?」


「どうされました?」


「いや、君が気づくまで、言わないでおこうって、そう思ってたんだ。メリッサにも口どめしたし。だけどさぁ、にぶいんだよなー」


「なにがですの?」


「ん? それはね、久孝も、この世界にいるってことだよ」


「――えっ? 久孝さまが!?」


「僕たちがこの世界にいるのに、アイツだけ、別の世界にいるわけないでしょ?」


「えっ? でもっ、それならもっと早く教えてくださっても……」


「最初はね、教えない方が、面白くなると思ったんだ。だけどね、思ってた以上に、君がにぶ過ぎるんだよ。ララーシュカ。アイツなんて、ララーシュカに会ってすぐ、小蝶こちょうだってわかったんだよ。それなのに君は全然気づかないんだから……」


「――えっ!? もう会ってるのっ!? ウッ! 頭がっ!」


「ああ、体調が悪いのに、長話してごめんね。ゆっくりお休み」


 デュオン兄さまは、わたくしの肩をポンッと叩くと、お部屋を出て行かれましたの。

 一人になったわたくしは、とてもクラクラしたので、横になりました。



 目が覚めたわたくしは、理解しましたの。

 ヴィオリード殿下と、久孝さまの、共通点を。


 前世の夢と、今世の夢を見たおかげで、理解することができましたの。

 久孝さまも、ヴィオリード殿下も、ほとんど無表情。女性とは、あまりしゃべらない方。

 ですけど、直登さまとは、よくお話になっていました。


 久孝さまも、ヴィオリード殿下も、紅茶のシフォンケーキが好きで、アジサイの花が好き。絵を見るのも、好きな方でしたの。

 わたくしのお誕生日に必ず、お花とお菓子をくださっていたの。直接ではなくて、久孝さまのお家の方が、持ってきてくださって、いましたの。


 石だって、レインボームーンストーンを――。


 すべてがつながったことで、わたくし、身体が震えて、泣きましたの。


 泣きやんだあと、悩みました。

 どうすればよいのか、わかりませんでしたから。

 でも、このままではいけないということは、わかっていましたの。


 わたくしは起き上がり、お手紙を書きました。

 想いのすべてを。

 久孝さまに向けて。


 前世での、ことも、今世での、ことも、素直な気持ちを、書きましたのよ。


 そうして、魔法学園からお帰りになったデュオン兄さまに、「ヴィオリード殿下が、久孝さまですよね?」と、確認して、「そうだよ」と、安心したような笑みで、答えていただいたあと、久孝さまに向けて書いたお手紙を、渡しましたの。


「あの、これを、ヴィオリード殿下に」

「明日、自分で渡したら?」

「嫌です。恥ずかしい。明日もわたくし、休みます」

「いや、元気そうだから、行こうよ」

「嫌です」

「めんどくさいなー。まあいいか。可愛い妹の頼みだし」


 フッと笑ったデュオン兄さまに、頭をグリグリされましたの。痛かったですわっ。

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