【ロロンディッシュ王国】

[ララーシュカ・0歳]

第二話 生まれましたわっ! えっ? どこに行くのかしら?

 真っ暗な場所から、やっと出られましたわ。


 そのことに喜んで、声が出ましたの。子猫みたいな声ね。

 うふふふふ。楽しいわ。


 なんでしょう?

 なにかが、わたくしに触れていますわ。


 温かい、水? ここはお風呂?

 よく、見えないわね。


 ブワッと、風を感じます。暖かいわ。ドライヤーかしら?

 あれ? なんでしょう? なにかで、身体が包まれたような……。


 気持ちがいいわぁ。しあわせー。

 そう、思っていましたら、近くで、「マリアンヌ様」という、女性の声がしましたの。


 声が、震えているというか、泣きそう?

 その声を聞いて、わたくしもなんだか、泣きたくなりましたの。


 気づけば、大声を上げていましたわ。そんな自分に、びっくりしましたの。

 だって、大声で泣いたりすれば、世話係に叱られてしまいますからね。


 ずっと、できるだけ泣かないように、気をつけていたのよ。なのに、こんな大声で泣くなんて――。


「あらっ? ララーシュカが、泣いているわね。お腹が、空いたのかしら?」


 ん? ララーシュカ?


「マリアンヌ様っ! のんびりしている場合では、ありません! ララーシュカ様は、強い光属性の魔力を、お持ちになられています。このままでは、王妃様に……」


 なにを、言って、いるのかしら?


「……それは、かわいそうね。この子には、だれにも命を、ねらわれない場所で、しあわせになってもらいたいわ。あらあら、泣きやんだわね。ワタクシの可愛い赤ちゃんに、ミルクをあげてくれる?」


「はい。かしこまりました」


 なんだか、こわい話をしているような気がするのは、気のせいでしょうか?

 だれにも命をねらわれない場所で、しあわせになってもらいたい?

 ということは、このままだと、わたくし――。


 えっ? 赤ちゃん?

 どこにいるの? 赤ちゃん。


 周りを見たいのに、顔が、動きませんの。どうしてかしら?


 その時。

 ふわり、甘い香りが、近づいてきましたの。


 あらっ? なにか、見えましたわね。知っているものより、大きいのだけれど……ほ乳瓶だと、思いますの。白っぽい液体が、入っていますもの。これっ、ミルク?


 唇に、ふにっと、触れましたわね。あらっ? わたくしの口が、勝手に開きましたわっ!

 ゴキュゴキュ。ん? 甘くないわね。


 赤ちゃんに、ミルクって、言っていたわね。だれかが。

 今、気づいたのだけれど、わたくし、赤ちゃんに、なったのかしら?


 真っ暗なところから、出てきたものね。


 最初は、明るさしか、感じなかったけれど、今は、色が、はっきりと見えるのよ。

 赤ちゃんって、こんなに早く、色がわかるものなのかしら?


 うーむ。ゴキュゴキュ。ゴキュゴキュ。


 どうしてわたくし、赤ちゃんになったのかしら?


 うーん。わたくし……猫宮ねこみや学園中等部の、二年生だったわよね? それで……修学旅行に行って、山の中が楽しくて、ルンルンって、してたの。


 そうだわっ! 猫宮直登ねこみやなおとさまの許婚の、えっと、だれだったかしら?


 えっと……あっ!

 渡紅千代わたりべにちよさまねっ!


 そうそう、渡さまが、なんか、言ってきて、そのあと、小さくて、可愛らしいクマさんと出会ったの。ケガをしてたから、ハンカチを巻いてあげたのよっ!


 そのあとのことは……覚えていませんわね。


 今、赤ちゃんになっているということは、転生、したので、しょうね。


 みなさま、心配、してるかしら?

 一緒にいた渡さまは、ご無事でしょうか?


 気になるけれど、今はミルクね。

 飲んでいたら、お腹が空いていることに、気づいたの。


 ゴキュゴキュ。ゴキュゴキュ。

 なんとも言えない味がするわ。だけど、これは、わたくしが生きるために、必要なものなのでしょう。


 赤ちゃん、産んだことないし、育てたこともないけれど、それぐらい、わかるの。


「ウフフフフ。おいしそうに飲んでいるわね。可愛らしいわぁ」

「マリアンヌ様。これから、どうなさるおつもりですか?」

「この子をどうにかしないとね。それから、代わりの子の用意も」

「代わり……」

「大丈夫よ。ルル。ワタクシが、なんとかするから。ロロンディッシュ王国には、孤児院がたくさんあるし、お金に困っている人も、たくさんいるもの」


 んん? なんのお話をしているのかしら?

 ロロンディッシュ王国? 孤児院?


「ですが……もし、陛下にバレてしまったら……」


「嫌われてしまうかしら? フフッ。ほんとはね、ワタクシも、この子と、どこか遠くへ行ってしまいたいのよ」


「マリアンヌ様……」


「王国一の、魔女と呼ばれるワタクシだもの。どこに行ったって、やっていけると思うわ。でもね、陛下にはご恩があるし、愛してるから、おそばにいて、お支えしたいの。この子は、陛下にとって、十七人目の王女。大きな力がなければ、問題はなかったのだけれど、そんなこと言っても、しょうがないしね。じゃあ、行ってくるわね」


 えっ? どこに行くのかしら?


 そう思って、いましたら、カツカツカツと、足音が聞こえて、ぬっと、顔が見えましたの。わたくし、ビクッとして、ふえーんと、声が出ましたのよ。


「あらあら、どうしたの? ウフフ。近くで見た方が、可愛いわね。髪の色は、ワタクシと同じね。瞳は、陛下と同じ。顔は、どちらに似ているのかしら?」

「マリアンヌ様。赤子の顔というものは、ころころ、変わるものなのです」

「そうなのね。この子の成長を、見られないのが、残念だわ」


 ドキドキしていましたが、気持ちが落ち着いたので、わたくしは、お母さまのお顔を、じぃっと、見つめましたの。

 金色の髪と、銀色の瞳が、見えます。とても大きな、お顔ですね。


 髪の色が同じということは、わたくしも、金色の髪という、ことなのかしら?


 日本にいた時は、ずっと、黒髪だったから、他の色の髪に、あこがれていたのよね……。見てみたいわ。金色の髪。


 そう、思った時のことです。


 ぎゅうっと、身体が痛くなりましたの。

 わたくし、ふえーんと、泣いてしまいましたのよ。


 いきなり強く、身体をつかまれたみたいなの。痛いわ! 痛いけど、悪気はないのでしょうし、ガマンするしかないわね。がんばれ、わたくし!


「あらっ、すごい顔ね。トイレかしら?」


「やさしく抱いてさしあげてくださいね。まだ、首がすわってない赤子なのですから、気をつけてください」


「フフッ。そうね、気をつけるわ。ルル、あなただけ、ここに入れて、正解だったわ。最近、毎晩のように、精霊がたくさんいる森で、ユニコーンと出会う夢を、見ていたの。それで、ふしぎに思っていたのだけれど、こういうことだったのね」


「……マリアンヌ様?」


「この子を連れて行くわ。あなたは、ここにいてちょうだい。だれも、ここに入らないように、結界を張って行くからね」


「……はい、マリアンヌ様」


「ウフフ。いい子ね」

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