【グードウェルド王国】

[ララーシュカ・0歳]

第三話 ユニコーンさんは、人の姿になれるのですわね。

 ブワッと、風を感じたと思ったら、世界が変わってしまいました!!

 まあ! びっくり!


「外はいいわね。今夜は満月で、月の力が満ちているわ」


 月の力?

 うーむ。よくわかりませんわね。


 夜なのはわかりますし、なんだか、光も感じますのよ。でも、月は見えないの。


 あらっ? カラフルな光が集まってきましたわ。キラキラして、とってもきれい。なにかしら?

 夢を見ているみたいだわ。


 赤色、青色、橙色、緑色、金色、それから、黄色があるのね。


「フフッ。精霊たちがきたわね。ここは、グードウェルド王国の、聖獣の森よ。幼いころ、おじい様が連れてきてくださってから、何度か、ここにきたことがあるの。なつかしいわ」


 あれっ? さっき、ロロンディッシュ王国って、言ってた気がするのだけれど……気のせいかしら?


 面白い名前ね。ロロンディッシュ王国って。

 どんな王国なのかしら?


 グードウェルド王国は、かっこいい名前ね。


「ワタクシの一族は、光属性を持った――妖精族の血を、引いているの。だからね、精霊たちや、妖精たちが、近づいてくることがあるのよ。光属性の子もね、たまに生まれるの。でも、ここまで強い、魔力の持ち主は、知らないわ。特別な魂だと感じるし。フフッ、きたわね」


 ゆっくりと、わたくしは、地面に下ろされましたの。そこが、地面だとわかったのは、そんな感触がしたからです。

 土と、草の匂いも、しますわね。好きだわ。これ。


「ワタクシ、もう行くわね。あなたの代わりを見つけないと」


 お母さまは、やさしい声で、ささやいたあと、そっと、頭を撫でてくださいました。


「ララーシュカ。生まれてきてくれて、ありがとう。あなたと出会えて、よかった。なにもできなかったけど、あなたを産むことができて、しあわせよ。どうか、元気で、しあわせにね」


 その声を最後に、足音が聞こえて、お母さまが、離れていくのを感じましたの。


 ――お母さまっ!


 そう、叫びたいのにっ、声が出ないっ!


「ユニコーンさん! この子の名前は、ララーシュカ! ワタクシ、この子を守りたいの! そのためには、離れるしかないの! どうか、この子をよろしくねっ!」


 ――お母さま。


 ウウッ。お母さま。悲しいですわ。さびしいですわ。

 お母さま……。


 もっと、たくさんお話が、したかったですのに。

 わたくし、赤ちゃん、ですけどね。


 まだ、夜のようですし、ここは、森らしいですし、わたくし、どうしたらいいのでしょうか?

 まだ、わたくし、移動できないのですけど……。


 そうだわっ!

 ユニコーンさんがいるって、言っていましたわねっ!


 お母さまが、話しかけていましたわよねっ!


 お返事は、なかったですけど……。


 ユニコーンさんって、角のある馬のことよね?


 ここって、なんだかファンタジーだし、異世界よね?

 そうとしか、思えないわ。


 あっ、キラキラが増えた! たくさんだぁ! 精霊さーん!

 あお向けに寝転んだまま、手を伸ばしてみましたの。


 ふわふわって、手の周りにはくるけれど、つかめないなぁ。触ることも、できないの。

 悲しいですわ。さびしいですわ。


 お母さまが、いらっしゃらないし、精霊さんたちは、話さない。真っ暗な森に、残されるよりは、いいけれど、それでも、とってもさびしいの。


「ふえーん!」

「――泣くな」


 声がしました。男の人の、声。足音は、しなかったと、思いますの。


 見えましたわ。白い、毛の馬の、顔。ヒスイ色の瞳。おでこに、金色の、長い角が、ありますわね。その角、触れたら、痛いわよね?


「おれに、子を育てろと? 無理だな。魔力は、人間にしては、すごいが、こんなふにゃふにゃ、ここに置いておけるはずがない」


 ですわよね?

 わたくしも、そう思いますのよ。


「仕方がない。村に行くか。神官に任せる。おいっ、お前、触るが泣くなよ」


 声が聞こえて、すこししてから、わたくしの身体に、なにかが触れて、そのまま、グワンッとゆれましたの。


 ん? あれれ?

 馬の姿だったユニコーンさんが、人間になっているように、見えるのですけど……。


 雪のような、真っ白な髪ですわね。瞳は、ヒスイ色ですわ。

 夜なのに、色がはっきり見えるのは、精霊さんたちの、おかげでしょうか?


 じぃっと、見つめていると、ふいっと、ユニコーンさんが、横を向きました。


 わたくしを見てくれませんか?

 さびしいです。


「――行くぞ」


 そう、一言、人間の姿をしたユニコーンさんが、つぶやいたあと、ブワッと、風を感じましたの。



 二度目ですわね。


 ここも、夜なのですが、精霊さんたちが見えませんし、匂いが違うので、世界が変わったんだろうなーと、わかりましたの。


 人の姿のユニコーンさんから、説明はありませんけどね。


 ゆーら、ゆーら、ゆれてから、ドンドン、ドンドン、音が聞こえて、わたくし、ビクビクしましたの。

 泣きませんが、胸がドキドキしています。


 しばらくして、ガチャ、ギィーという、音が、聞こえましたの。まぶしいですわ。


 えっと、これは、ユニコーンさんが、ドアを叩いて、ドアが開いたとか、そんな感じでしょうか。


 ドアを開けてくださった、だれかさんが、灯りを手にして、いるのでしょうね。


「……赤子?」


 知らない声がしましたわ。男性のようです。女性だったら、ごめんなさい。


 そういえば、神官に任せるとか、ユニコーンさんが言っていましたわよね。

 なんだか、緊張しますわね。ドキドキドキ。


「あの、聖獣様、説明を、お願いしたいのですが」


 とてもすてきな声ですわね。


 あらっ? キラキラが。

 えっと、そうそう、精霊さんでした。


 金色と、橙色と、緑色の精霊さんたちが、見えますの。


 いいですわね。これ、見ていると、なんだかとっても、癒される気が、するのです。


「さっき、聖獣の森の中に、女が転移してきた」


 ユニコーンさんが、話し出しました。


「森の、中にですか? 人間が、勝手に入らないように、結界が張ってありますよね。お知り合いでしょうか?」


「母親は、何度か、会った覚えがある。言葉を交わしたことは、ほとんどないが。この娘もだが、妖精族の血を引いているのだ。だから、妖精のように、結界を通り抜けてしまうのだ」


「……そんなことが」


「女は、この子の名前は、ララーシュカだと言っていた。この子を守りたいのだと。そのためには、離れるしかないのだと、そう言ったあと、転移した」


「…………」


「おれは帰る」


「――えっ!? うわっ! いきなり渡さないでくださいよっ! びっくりしたー!」


 いきなり知らない方に、ポンッと渡されたわたくしも、とてもびっくりしましたわよ。


「聖獣様……いきなり現れて、言いたいこと言って消えるとか……まあ、いつものことですけど……。どうしたらいいんだ……。ハァー」


 ため息をついていますわね。元気を出して。


 なんだか、この方、ふしぎな匂いがしますわね。香水かしら?


 目が、合いました。

 黄色の、瞳ですわね。髪は、緑色です。


 とても美しい顔ですね。神官さまは、男性のようです。


「ええと……どうしましょうか。あっ、赤子にはミルクですね。孤児院に移動しましょうか」


 神官さまは、ひとりごとのようにそう言って、とてもゆっくり、歩き出しました。


 ゆーらゆーらの感じが、とてもゆっくりというか、なんだか、緊張が伝わってくるのです。


 わたくしの方が、とってもドキドキしましたわよっ!


 大事にしてね! 落とさないでね! がんばれ! がんばれ! と、応援していましたの。


 そうして、神官さまは、無事に、孤児院にたどり着いて、ミルクを用意してくださいました。


 ミルクをゴキュゴキュ、飲んでいたら、眠たくなって、気がついたら、朝でしたの。


 どうして、朝だとわかったかって?


 小鳥みたいな声がしましたし、子どもたちの笑い声や足音が、うるさかったからですわよ。


 子どもたちの笑い声や、足音が聞こえるということは、ここは、最初に行った神官さまのお家ではなくて、孤児院なのでしょう。


 寝返りができないから、上を向くことしかできないの。


 ふわふわと、気持ちよさそうに、青色の精霊さんと、金色の精霊さんが、いますわね。キラキラしていて、癒されますわ。


 でも、お腹が空きましたの。

 困りましたわね。


「ふえーん!!」


 ドタドタ、バタバタと音がして、なんだか子どもたちがさわいでいます。

 子どもたちが、大人の女性に、叱られているような声も、聞こえました。


 そして、ようやくドアが開く音がして、わたくしがいるお部屋に、だれかが入ってくるのを、感じましたの。


「――おはよう、ララーシュカ。今日はいい天気よ。ララーシュカの目は、とってもきれいな、青色なのね。可愛らしい子ね」


 とてもやさしそうな声と共に、ふんわり甘い、顔立ちの、女性が見えましたの。薄い、橙色の髪と瞳が、可愛らしいです。


 この方の声は、さっき、子どもたちを叱っていた声とは、違う気がします。

 そんなことを思いながら、しばらく見つめ合っていると、お腹が空いていることを思い出しましたの。


 泣くと、お腹が空いたことに気づいてくれて、すぐに、ミルクを作ってくれましたのよ。


 この世界のミルクの味には、もう慣れた気がしますわ。

 お腹いっぱいになって、眠って、また起きてをくり返していたら、わたくしをここに連れてきてくださった神官さまが、会いにきてくださいましたの。


 孤児院の方々に、セレスさまと呼ばれていましたわ。子どもたちに、人気みたいだったの。

 わたくしも、セレスさまと呼んだ方がいいでしょうね。ここでお世話になるのだから。


 孤児院で暮らす子どもたちも、毎日のように、会いにきてくださいました。先生方にバレないように、こっそりと。

 なので、先生方に見つかると、子どもたちが叱られて、ワー、キャー、ギャーって、毎日にぎやかでしたの。


 子どもたちが、わたくしに自己紹介をしてくれたのですが、全員を覚えるとか無理って、思いましたのよ。


 子どもって、言いたいことをバーってしゃべるし、みなさま、好きなことを好きなだけしゃべるし、すぐにケンカをするし、孤児院の先生って、大変だと、思いましたの。


 わたくしも大変よ。

 まだ、赤ちゃんですし、どうすることも、できないの。


 いろいろな髪の色、瞳の色の子がいるので、それはとても、新鮮なの。


 子どもたちの話を聞いた感じでは、属性が、髪と瞳の色に出るらしいのです。


 わたくしは、金色の髪と、青色の瞳。金は光属性、青は水属性のようですの。


 この孤児院のすぐそばにある教会で、お仕事をされている、神官のセレスさまは、緑色の髪と、黄色い瞳の持ち主なの。

 緑は大地属性、黄色は雷属性のようですのよ。


 魔力が強いと、わたくしやセレスさまのように、濃い色が出るらしいのですが、魔力が弱いと、薄い色になるみたいなの。


 孤児院で働いている方たちや、子どもたちを見ると、薄いというのが、わかりましたわ。

 薄い青とか、薄い赤とか、薄い緑とか、薄い橙色だったりしましたのよ。


 わたくしのような、濃い色を持った子どもは、すぐに貴族に、引き取られるだろうみたいなことを、言っている子がいましたの。その子の話では、光属性はとてもめずらしいから、貴族に大人気らしいですわ。


 ですが、『ララーシュカちゃんは、聖獣さまが連れてきた子だから、そんなに簡単にあげられないの』とか、言っている子もいましたわね。


 みなさま、知っているのね。ユニコーンさんのこと。


 あと、強い魔力を持っていると、相手の魔力が強いかどうか、感覚でわかるとか、そんな話も聞きましたの。


 わたくし、そんなの、わかるかしら?

 今のところ、よくわかりませんが、赤ちゃんですしね。


 子どもたちは、わたくしの髪と瞳の色を見て、強い魔力の持ち主だと、すぐにわかったようですけどね。


 いや、その前に、たぶん、大人から説明があったと思いますのよ。


 そういえば、わたくしのお部屋に、時々、精霊さんたちが現れたので、子どもたちが、精霊さんのお話を、していましたのよ。楽しそうに、きゃっきゃと笑いながら。


 炎の精霊さんは、赤色。水の精霊さんは、青色。風の精霊さんは、橙色。大地の精霊さんは、緑色。光の精霊さんは、金色。闇の精霊さんは、黒色。氷の精霊さんは、銀色。雷の精霊さんは、黄色らしいですわ。


 いろんな色がありますのね。


 異世界ファンタジーで、精霊さんの存在を知っていたからでしょうか。これはすぐに覚えられましたのよ。うふふふふふ。


 あとね、この世界には、小人さんがいるらしいの。人間が住む家に、住んでいるんですって。


 この孤児院にも、いるらしいの。


 でも、小人さんは、人間に見られるのが嫌みたいで、いつもこっそりと、野菜をかじったり、お菓子をかじったり、小さくて、おいしいものは、そのまま持って行ったり、するんですって。


 子どもたちは、小人さんがやったと、信じているようですが、本当なのでしょうか?

 わかりませんが、想像するのは楽しいですわね。


 そんな、楽しいこともありましたが、悲しいこともあったの。


 子どもたちが、おいしそうなお菓子を持ってきてくれても、わたくしだけ、食べることができないのよ。


 甘い匂いを嗅いで、味を想像することしか、できないなんて、わたくし、悲しくて、さびしくて、たくさんたくさん、泣きましたの。


 早く大きくなって、一緒に、お菓子を作って食べたいわ!!

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