異世界人の末裔の少女は、乙女ゲームのヒロインに転生しても、満月の夢を見る。

桜庭ミオ

【日本】

[藍夢小蝶・十三歳]

第一話 山で、可愛いクマさんと、出会いましたの。

 わーい。わーい。楽しいですわ!

 修学旅行で、こんなすてきな山の中にこられるとは、思いませんでしたの。

 ここっ、パワースポットなんですってっ!


 ウワサを耳にして、ネットで調べたのだけど、とてもふしぎなことが起こる山みたいなの。光る玉がビュンビュン飛んでたとか、宇宙人がいたとか、妖怪に会ったとか、書いてあったのよ。 


 昔、別の世界から、いらっしゃった方が、数人、いたらしいの。それで、この山のどこかに、異世界に行ける場所があるんじゃないかって、言われてるみたいなの。


 その情報は、猫宮ねこみや学園のみなさまも、ご存知のようでしたけどね。

 信じていらっしゃらない方も、もちろんいらっしゃるのよ。でも、多くの方は、そのウワサを楽しんでいらっしゃるみたいでしたの。


 わたくしはね、みなさまには、ヒミツなのですが、ご先祖さまに、異世界生まれの方がいらっしゃるの。だから、信じているのよ。


 日本には、妖怪の末裔の方も、いらっしゃるみたいですしね。おかしなことではないと思うのです。


 今日はね、飛行機から降りたあと、長く、バスにゆられていましたのに、みなさま、元気に山登りを楽しんでいらっしゃるのよ。高い山ではありませんけどね。


 目的地は、この山の頂上にあるお寺ですのよっ!

 そこで、白いドラゴンの絵の、掛け軸を見るの。瞳の色がね、とてもきれいな、アメジストなんですって。


 ワクワクしちゃうっ!

 写真や動画はダメだから、ネットでは見られなかったの。楽しみだわっ!


 暖かい日差し。生き生きとした草木。草の匂い。土の匂い。

 生きているって、感じがするの。


 五月って、いいわねっ!


 あらっ、鳥の声かしら?

 空気もすっごく、おいしいわね。

 うふふ。きて、よかったわ。


 最近、満月の夜の夢を、よく見るの。だれかに呼ばれて、ふり向いて、目が覚めるのよ。

 目が覚めた時はね、聞いたことがある声だったような、気がするのだけど、だれだったかしらって、いつも悩むのよ。


 男の子の声だった、気がするのよね。


 夢占いの本で、月について調べたらね、すてきなことが、書いてあったのよ。

 月は、女性や母性の象徴だと、書いてあったの。新しい生命など、神秘的なものと大きく関わっているみたい。


 満月の夢は、人生がもっともかがやく時がきたとか、魅力や、自分らしさが高まる時だとか、あこがれの男性と結ばれるとか、書いてあったの。


 それを読んだ時にね、ある、乙女ゲームのパッケージが、浮かんだのよ。頭の中に。


 タイトルは、『やさしい世界で恋しよう。魔獣も育てられちゃうよ!』って言うの。

 キャッチコピーはね、『童話みたいな、ファンタジー』なの。


 あっ、今夜も満月なのよ。

 泊まるお部屋から、見えるかしら?


「――ポヤポヤ! 待ちなさいっ!」

「なにかしら? この声は、渡紅千代わたりべにちよさま?」


 わたくしは立ちどまって、ゆうがに、ふり向きましたの。ひらり、広がるスカートを、そっと、手で押さえます。


 わたくしと同じく、猫宮学園の制服を着た渡さまが、すごい顔で走ってきます。

 あらっ、いらっしゃったわ。


 ゼエゼエ、ハアハア、苦しそうね。

 大丈夫かしら?


 ピジョンブラッドのピアスが、キラリと光って、すてきね。


「渡さま、ごきげんよう」

「違うからっ! ごきげんよう言う、タイミングじゃないからっ! 藍夢小蝶あいゆめこちょう! あなたが迷子になったら、アタシの責任になるんだからねっ!」

「迷子?」


 ふしぎに思って、首をかしげたあと、わたくしは、周りを見てみましたの。

 すると、ハァーという、大きなため息が聞こえました。


 もしかして、わたくし、迷子だったのでしょうか?


 地図を持っていますし、道もあったので、自分が迷子だとは、夢にも思いませんでしたの。

 渡さま、わたくしの班の班長ですものね。


 わたくしたちの出会いは、初等部のころ。今まで、いろいろなことで、怒られた気がしますが、細かいことは、忘れましたわ。


 バカとか、アホとか、あなたなんか大嫌いって、彼女によく言われていましたから、ずっと、嫌われてると思っていましたのに、なぜか、わたくしは彼女の班に、選ばれていましたのよ。


 気づいた時は、とてもびっくりしましたの。


 そうそう、わたくしの許婚の、龍森久孝たつもりひさたかさまと、猫宮学園の学園長息子の、猫宮直登ねこみやなおとさまが、とても心配してくださっていましたの。

 彼らは男性なので、同じ班にはなれないのです。


「ちょうどいいわ。まさか、一日目のこんな時間に、二人きりになるとは思わなかったけど……」


 なにか、つぶやきが聞こえますわね。


 わたくしは、渡さまのグルグルなツインテールを見ましたの。これって、縦ロールとも、言いますわね。

 乙女ゲームで、知ったのよ。


「あのさぁ、あなたに、ずっと言いたかったことが、あるのだけれど……」


 とてもこわい、顔ですね。乙女ゲームなら、氷の令嬢とか、呼ばれそうです。渡さまの中身は、炎だと、そう思って、いますけどね。


「わたくしに、ですの? なんでしょう?」


 わたくしは、ドキドキしながら、おたずねしてみました。


「あなた、中二になったんだから、いつまでも、子どもみたいに、直登様について回ったり、直登様のお手をわずらわせたりするのを、やめなさいよ」


「わたくし、そんなつもりは……直登さまは、お家が隣で、わたくしが幼いころから、仲良くしてくださっているだけで……。それに、直登さまも、直登さまのお姉さまも、いつでも家にいらっしゃいって、言ってくださいますし」


 直登さまのお姉さまは、女子校に通っていますもの。お家に行かないと、会えないのですわ。


「そんなの、社交辞令に、決まってるでしょう。あの方は、あなたにだけやさしいのではなくて、だれにでもやさしい方なのよ。アタシにだって、いつもやさしくしてくださっているわ。乙女ゲームのお話も、してくださるし」


「ウウッ。猫宮家の、猫ちゃんたちに、会えなくなるのはさびしいですぅ。それに、直登さまのお姉さまに、乙女ゲームマンガを見せてもらったり、乙女ゲームをさせていただいたり、乙女ゲームについて語り合うのは、とても楽しいですし……。あの家のお茶や、お菓子も、とってもおいしくて……毎日でも、遊びに行きたいぐらいなのです……」


「あなたねぇ、直登様は、アタシの許婚なのよ。あなたが学校でも、直登様のお家でも、直登様にべったりだと、アタシとデートするヒマがないの。あなたがお菓子作りの約束をするせいで、アタシ、直登さまにデートを断られるんだからねっ! もっと二人で、お話したいのにっ!」


「許婚なのは、わかっていますよ。渡さまのおじいさまと、直登さまのおじいさまが、お決めになったとか……」


「そうよ。アタシたちの結婚は、昔から、決まっていることなの。だから、あなたが邪魔なのよ。わかるわよね?」


「…………」


「なによ! 泣きそうな顔してっ! あなたにはあなたの、許婚がいるのにっ! あなたねぇ、あなたが、直登様のお家にいるから、あなたの婚約者まで、直登様のお家に行くのよっ! 直登様ったら、アタシが、二人きりになりたくて、デートのお誘いをしたのにっ、小蝶と久孝も連れて行きたいっておっしゃったのよっ! 一度じゃなくて、何度もっ! 四人で遊びに行くと、直登様はあなたの世話ばかりするしっ! アタシ、嫌なのっ!」


「そう、言われましても……」


 わたくしの、居場所なのです。大切な、友なのです。直登さまは、兄のような存在でもありますが、彼がいないと、わたくし、一人ぼっちになるのです。


 わたくしには、十歳上の、実の兄がおりますの。ですが、なぜか、無視されますし。直登さまは、わたくしの、理想の兄なのです。


 猫宮学園の女子たちは、わたくしに近づくと、渡さまに嫌われると思っているらしく、近づいてこないんですの。なので、これからも、直登さまが必要なのです。


 それと、久孝さまは、直登さまのお友達ですからね。お二人がご一緒なのは、自然なことだと思うのですが……。


 そう、お伝えしても、渡さまのお怒りは、おさまらない気がしますの。気がすむまで、怒らせておくしか、ないのでしょうか?


「あなた、アタシのお兄様とも仲がいいわよね?」

「はい。仲良くしてくださっています」


 あの方は、いつも、わたくしが、渡さまにいじめられていないかって、心配してくださっているの。そのたびに、わたくしは、『大丈夫ですわ』って、ニッコリ笑って、お返事をするように、していますのよ。


 渡さまは、乙女ゲームの悪役令嬢みたいなイメージもあるのですが、迷子のわたくしを迎えにきてくださるぐらい、やさしいところもある方なのです。


 わたくしを無視する方々よりも、こうやって、直接気持ちをぶつけてくださる渡さまの方が、好ましいと思っていますの。


 渡さまはね、紅千代というお名前が、お嫌いみたいで、直登さま以外の方が、紅千代さまと呼ぶと、わかりやすく機嫌が悪くなるの。だから、猫宮学園の方たちは、苗字にさまをつけて、彼女のことを呼びますのよ。


「なに、笑ってるの?」


 渡さまの声が、耳に届いた時でした。

 ガサガサという音も、聞こえたのです。


 気になったわたくしは、そちらに視線を向けて、「まぁ!」と叫び、駆け寄りました。

 だって、小さなクマさんがいたのです!


 クマさん大好き! 他の動物も好きだけど!

 キャハハ、うふふと、走りました。


「――ダメッ!」


 という、渡さまの大きな声が、聞こえましたが、そんなことよりも、わたくしは初めての、野生のクマさんに、夢中でした。


 触りたい、触りたい、触りたい。


 そう思いながら走っていると、「小蝶っ!」という、叫び声が聞こえました。


 この声はっ! 直登さまっ!

 ダメ! 今はそれより、クマさんよ!


 勢いよく、小さなクマさんに近づいたわたくしは、悲しい現実に気づき、泣きそうになりました。


 まだ子どものクマさんなのに、足にケガをしているのです。それを見て、とても、胸が痛んだわたくしは、制服のポケットから、白いハンカチを、取り出しましたの。そして、小さなクマさんの、ケガがある場所に、巻きつけたのです。

 ふう。これで、よし。


「これで、もう、大丈夫よ。動かなくて、えらかったわね」


 ケガをしている動物に近づくと、噛みついてきたりするのですが、この子は、わたくしの気持ちがわかったのか、おとなしくしていてくれたのです。


 そのおかげで、無事に、ハンカチを巻き付けることができましたの。


 よかったわと、ほんわかした気持ちでいたわたくしは、足音に気づき、顔を上げましたの。


 直登さまと、久孝さま。それから、渡さまが、見えました。


「直登さまっ! 久孝さまっ!」


 うれしくて、わたくしはニコリと、ほほ笑みました。


「小蝶、静かに」


 すぐそばまで、近づいていらっしゃった直登さまに、真剣な表情で、言われてしまいました。怒っているのでしょうか?


 その横を見ると、硬い表情の久孝さまと、顔色のすぐれない渡さまが、いらっしゃいました。

 なんだか、不安な気持ちになります。


「小蝶、聞いて」


 直登さまの声。

 彼の顔に視線を向けたわたくしは、うなずきました。


「はい、直登さま。聞きますわ」

「子どものクマがいるということは、母親が近くにいるということなんだ。できるだけ、子どものそばにいるものだからね」

「でも、この子、足にケガをしていました。そんな子を、母親が放っておくでしょうか?」

「なにか、あったのかもしれないね。親もケガをしているとか、獲物がいて、ちょっと、目を離したすきに、子どもがいなくなったとか。なにがあったかはわからないけど、今すぐ、ここを離れた方がいいのは確かだよ。静かにね」

「……わかりました」


 よく考えてみれば、子育て中のクマは、気が立っていると聞きますからね。すぐにここを離れた方がよさそうですわね。


 そう、思い、歩き出そうとした時でした。


 いきなり、大きな、音が、聞こえて、びっくりした次の瞬間、「キャァァァァァァァ!!」という、渡さまの悲鳴が、すぐそばから聞こえました。わたくしは、ドキドキしながら、ふり向いて――。


 黒い、のを、見ました。大きな、それが、こちらに、向かってくるのが、見えました。


「――小蝶っ!!」


 大きな、声。

 わたくしの身体に、だれかが、ぶつかってきました。気づけば地面。だれ? さっきの声は――。


 久孝さま?


 動物の、うなり声のような声が、すぐ近くで、して――。

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