第十二話 妖精さんから、妖精族のことを聞きましたの。
春ですっ!
春になりましたのっ!
ララララー。
暖かいって、しあわせですわねっ!
春のお庭って、素晴らしいですわねっ!
精霊さんたちも、うれしそうに、ふわふわしていますのよ。
あっ、いつもですね。そうですね。
今日は、淡いピンク色のドレスなの。金色の長い髪をまとめているのは、空色のリボンよ。
お化粧はね、あんまり好きではないのだけれど、全くしないのはダメみたいだから、軽くしてもらっているの。ネイルはね、普段もしている令嬢が多いみたいなのだけれど、嫌だと伝えたら、『お茶会やパーティーの時だけは、ガマンしてください』って、ケイトに言われたのよ。
本当はね、もっと早くから、お庭をお散歩したかったの。寒い時期は、まだお花が咲いてないけれど、東屋や噴水があるし、冬でも楽しめると思思ったの。屋敷の中から眺めるのも、楽しいけどね。
寒い時期は、風邪を引きますからって、専属侍女のケイトに、言われていたの。だから、公爵家の、広ーいお庭を歩くのは、今日が初めてなのよ。
もちろん、うしろには、ケイトがいますけどねっ。
わたくしは気にせず、テクテク歩いていますけど、いるはずですわ。気配を感じますもの。
ふり向いた時に、別人がいたら、びっくりですわね。ホラーですわよねっ。
うふふふふふと笑いながら、わたくしは立ちどまりました。
やわらかな風。草の匂い。
そっと、目を閉じました。
風と匂いに、包まれています。
しあわせ、ですわね。
ゆっくりと、目を開けます。
今日は、お父さまはもちろんお城でお仕事ですが、お母さまとデュオン兄さま、それから、春休みのキリア兄さまも登城されていますの。
お母さまとデュオン兄さまは、王妃さまのところで、キリア兄さまは、第一王子のフェリクス殿下のところですけどね。
王都の魔法学園は、三月に卒業式があって、春休みがあるの。四月に入学式があるまで、学園は休みなんですって。
日本みたいね。まあ、日本人が作った乙女ゲームの世界だものねっ!
桜もあるもの。
わたくしの耳に、小さな、笑い声が届きました。
わたくしはおどろいて、声がした方を向きましたの。
すると、そこには、妖精さんがいましたの。
栗色の髪と、金色の瞳。桃色のワンピース。キラキラかがやく、ふしぎな羽。
「まぁっ! 可愛い妖精さんだことっ!」
「ありがとう。あなたが、ララーシュカね。精霊たちが、ウワサしてたわ」
「ウワサ?」
「そうよ。妖精族の血を引く人間の女の子が、リールベリー家にいるってウワサなの。光属性で、聖獣ユールと契約してるって聞いたから、どんな子なのかな? って思ってたの」
「屋敷には入らなかったの?」
「最近まで、土の中で眠っていたの。暖かくなったから出てきたのだけど、人間の家に入るのは、勇気がいるのよねー。小人が怒って、攻撃してくることがあるし」
「……攻撃。小人さんは、妖精さんが嫌いなのですの?」
「人間が住む家が、小人のなわばりだからね」
「わたくし、小人さんを見たことはありませんが、攻撃されたこともないのです。妖精族の血とか関係なく、人間と思ってくださっているのかもしれませんわね」
「そうね」
「……それと、妖精さんって、クマさんみたいに冬眠されるのですね。知りませんでしたわ。あっ、そういえばっ、孤児院の図書室で探しても、妖精族について書いてある本が、なかったのです。この屋敷に、立派な図書室がありますのに、探すのを忘れていましたわっ!」
「――えっ? 妖精族のこと、知らないの?」
「はい……わたくしを産んでくださった方が、光属性を持った妖精族の血を引いているらしいのですが、わたくし、生まれてすぐに、ユールさまのところに行ったので……くわしいことは、なにも……」
「ふーん、そうなの。じゃあ、ワタシが教えてあげる。って言っても、昔、聞いた話だけどね。妖精族はね、トトリアと呼ばれる国に住んでいるの」
「トトリア……聞いたこと、ありませんわね」
「トトリアの民、妖精族のことなんだけどね、身体は、人間と同じぐらいで、羽が生えてるの。その羽が、とてもきれいだから、人間たちにね、さらわれたり、貴族や金持ちの商人に売られたりしてたの。それで、妖精族は、他の国との交流をやめて、国に閉じこもったそうよ。人間が入らないように、聖獣に頼んで、国の周りに結界を張ってもらっているんですって。今では人間の国で、幻の種族と呼ばれているみたいなの」
「それは……大変なことが、あったのですね」
……わたくしを産んでくださったお母さまの実家は、貴族だと思うの。
陛下って、おっしゃってたし、その方の子を産んだのですから……。
でも、王妃さまではないの。
王妃さまがこわい、みたいな感じの、お話が、聞こえた気がしましたから。
それに、わたくしは、十七人目の王女のようでしたからね。きっと、日本の大奥みたいな、感じなのでしょう。
こわいわねー。出られてよかったわ。
娘なのだから、あの場所にいたとしても、いつかはお嫁に行くのでしょうけどね。
でも、わたくしがあの場所にいない方がよいと、お母さまが判断したのですから、危険があったのでしょうね。
ロロンディッシュ王国については、孤児院の図書室で、こっそりと調べたのですが、どんな形かとか、それぐらいしか、わかりませんでしたのよ。
リールベリー家の屋敷の図書室でも、調べてはみたのですけど、特産品とか、簡単な歴史がわかったぐらいでしたの。
新聞でもあればと思ったのですが、ないようなのです。
「ねえ? ちょっと、ララーシュカ」
「――ハッ! ちょっと、考えごとをしていましたわ」
「もうっ、ぼんやりさんねっ!」
「考えごとをしていたのですから、ぼんやりしていたわけではないんですのよ?」
「同じよ。ワタシが目の前にいるのに、見てないんだから。失礼しちゃうわ。じゃあね」
そう言って、妖精さんは、どこかに飛んで行ってしまいました。
ふと、わたくしはケイトの存在を思い出しました。
パッと、ふり返ると、ケイトの姿がありましたの。離れた場所に。
ほほう。
妖精族の血を引いていることは、ケイトももちろん知っていますし、親戚や家庭教師には話さないようにと言われましたが、今回の相手は、妖精さんですしね。問題、ないですわよね?
よしっ!
歩きましょう!
キョロキョロ。
「――あっ! 蝶々さんだ!」
ひらひら、ひらひら、蝶々さん。
黄色い、可愛い、蝶々さん。
とっても、とっても、可愛いの。
ケイトになにか言われたら嫌なので、わたくしは心の中で歌いながら、三月のお庭を歩きました。
そのあと、デュオン兄さまにお会いしたのですが、ふと思いつき、小人さんを見たことがあるか、おたずねしてみましたの。
そうしたら、びっくりなことを教えてくださいましたのよっ!
デュオン兄さまったら、見たことのない小人さんのために、お菓子を用意しているらしいの。
「お菓子を載せたお皿を置いて寝るとね、朝にはなくなってるんだ」
って、すてきな笑顔で、教えてくださったのです。
わたくしも、やってみようかしら?
そう思って、お皿にクッキーを載せて寝たのですが、朝になってもありましたの。
もしかして、わたくし、小人さんに嫌われてる?
毒なんて、入れていませんのよ。
わたくし、妖精族の血を引いていますが、無害な幼女ですの。
でも、よく考えてみると、あの乙女ゲームで、主人公が、小人さんと遊んでいた記憶が、ありませんわね。
シクシクシク。
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