第十話 虎の姿の聖獣さまですわっ!
長い廊下を進んだ先に、大きなテーブルや、ソファーがある広いお部屋があり、そこで、デュオン兄さま手作りのクッキーをいただいたり、王都の有名店のマカロンやケーキをいただきましたの。
貴族向けなのか、上品な大きさでしたので、たくさん食べられましたのよ。
そのあと、猫の魔獣のシーフォちゃんを撫でるチャンスがありましたの。わたくしの膝にきたのよっ!
だから、わたくし、シーフォちゃんのなめらかな毛並みを、たくさんもふもふしましたのっ!
とってもやわらかくて、温かくて、しあわせを感じましたのよ。
「シーフォのこと、気に入ったみたいねっ!」
お母さまの明るい声がして、わたくしは笑顔でうなずきましたの。
「はいっ! シーフォちゃん、可愛いですっ!」
「ウフフ。魔獣はふつうの動物よりも高いの。だけど、とっても長生きなの。だから、貴族や、お金持ちの商人なんかに、人気があるのよ。この子は、デュオンが三歳の時に、庭に入ってきたの。デュオンになついて、屋敷に入ってきたから、飼うことにしたのよ」
「そうなのですね!」
そんな設定だったかしら?
覚えてないわね。
シーフォちゃんがいた記憶も、わたくしにはないの。
シーフォちゃんが去ったあと、お母さまが、「ララーシュカ。今日は、いろいろあって、疲れたでしょう。夕食まで、部屋で休んでていいわよ」と言ってくださったので、専属侍女のケイトに、わたくしのお部屋まで、連れて行ってもらいました。
どこをどう歩いたかなんて、覚えられません。
すぐにあきらめて、廊下の赤いカーペットを見下ろしたり、窓から見えるお庭を見たりしていましたの。花は咲いていませんでしたが、精霊さんが、たくさん集まってきましたの。
キョロキョロしていたら、ケイトに、何度か、注意されてしまいましたわ。
貴族としては、はしたないかもしれませんが、まだ三歳児ですし、いろいろ興味があるお年ごろなのですよ?
それに、お母さまなら、きっと笑って、ゆるしてくださると思うのです。
でもまあ、田舎の孤児院からきた子ですからね。きちんと育てないとって、思うのでしょうね。
気持ちはわかりますわよ。
そうして、たどり着いたわたくしのお部屋なのですが、広くて、びっくりしましたわっ!
三歳児には、広過ぎます。窓も、大きくて、すごいのです。
壁紙も、カーテンも、家具も、すべてが女の子らしくて、可愛くて、お姫さまのお部屋って、感じですの。
天蓋つきのベッドもありますのよ。
お母さま方からいただいた本や服、お手紙などは、わたくしよりも先に、このお部屋にきたみたいですの。
昨日、セレスさまが、わたくしの荷物を転移で、神殿に運んでくださったのは知っていたのだけれど、神殿の方々が、この屋敷まで届けてくださったらしいの。
ありがたいわね。
うふふふふ。
しばらくの間、ソファーでぼんやりとしていたら、夕食の時間になりましたの。
早いわね。
お父さまはお忙しいので、今日はお城に泊まるそうなの。だから、何時でもいいらしいわ。
冬は、日が暮れるのが早いですしね。もう、空が、暗いんですもの。
ケイトが、食事をする場所まで、連れて行ってくれたので、安心して、また、キョロキョロしてしまいましたの。もちろん、注意されましたわ。
うふふふふ。
初めての場所って、楽しいですわねっ!
あらっ? 今気づきましたけど、廊下にも、時計があるのねっ!
この王国の時計はね、電池ではなくて、魔石で動く魔道具なの。日本と同じで、一日、二十四時間なの。
日本人が作った乙女ゲームだからでしょうねっ!
だれが作ったのか、わたくし、記憶していませんけどねっ!
孤児院のわたくしのお部屋には、時間がわかる魔道具がなかったのですが、こちらのお部屋にはあるのっ!
孤児院の食堂とか、応接間にはあったのだけど、高いからなのか、子ども部屋や、教室にはなかったのです。
教会の鐘もあったし、時間になれば、だれかが教えてくれたから、困ったことはなかったわ。
でも、この屋敷はとても広いし、たくさんの使用人もいるから、時計がたくさんあるのはいいことね。
「――あらっ?」
「いかがなさいましたか?」
「なにかが、近づいてくるの」
わたくしは、ポツリとつぶやき、窓に近づきました。
外には、ふわふわと、精霊さんたちがいるだけですが、大きな、なにかが、近づいてくるのを感じるのです。
「……私には、何も見えませんが……あっ! お嬢様っ! すごい魔力が! ここにいては危険――」
その時。
ゴウッと、音が聞こえました。
風が吹いたようで、木々がゆれるのが見えます。
そして、大きな虎が、現れました。白い虎です。
空を駆けてきた白い虎は、そのままビュゥンと、窓を通り抜けました。
びっくりですわねっ!
でも、こわいとは感じません。
びっくりしたので、胸はドキドキしますけど。
彼を見て、思い出したのです。
聖獣だと。
「――聖獣様!?」
ケイトも、知っているようです。
ダダダダッと、だれかが走る音が聞こえました。
ふり返ると、お兄さま方と、執事が二人、見えましたの。
彼らは、聖獣さまの存在に気づくと、足をとめて、目を見開き、おどろきの声を上げました。
そうですわよね。びっくりしますわよね。
さて、どうしましょうか?
わたくしは、虎の姿の聖獣さまに、話しかけました。
「ごきげんよう。わたくし、ララーシュカですわ。今日、王都にきましたの。よろしくお願いいたしますわ」
「ララーシュカ。お前のことは、精霊たちから聞いている」
「そうですの。瞳がるり色で、美しいですわね」
「……そうか。ララーシュカも美しい」
「まぁ! ありがとうございますっ!」
褒められましたわっ!
ニコニコと笑っていたら、「じゃあな」と言って、聖獣さまはお帰りになったの。
そのあとは、もう、びっくりするぐらい、大さわぎでしたわ。
聖獣さまを目にしたお兄さま方はもちろん、お母さまもすごいはしゃいでいて、使用人たちも、みなさま、すごい興奮されていましたの。
この屋敷の方々は、わたくしが、ユニコーンの姿の聖獣さまと親しいことも、妖精族の血を引いていることも、ご存知なのですが、虎の姿の聖獣さまが現れるとは、夢にも思わなかったみたいなの。
わたくし、たくさん視線を感じながら、夕食をいただきましたのよ。
ふと、気づいたのですが。
今日のように、いきなり聖獣さまが現れると、みなさま、パニックになってしまう可能性があると思うの。
孤児院では、聖獣さまがいらっしゃるのが当たり前でしたが、ここでは、そうではないみたいなのです。
なので、ここにくる前に、ユールさまと契約をしたことを、お話しましたの。
孤児院では、夜に、わたくしのお部屋までいらっしゃっていたので、突然すごい魔力を感じても、おどろかないでくださいねと、伝えました。
そうしたら、みなさま、ポカーンでしたわ。
今、気づいたのですが、ユールさまと契約をしたことを、今までだれにも話さなかったのです。
聞かれませんでしたしね。
そのうち、ユールさまが、セレスさまに、お話してくださるかもしれませんし、流れに任せましょう。
ユールさまは、とても孤高な方なので、屋敷にいらっしゃっても、あわてず、さわがず、そっとしておいた方がいいと、アドバイスをしてみましたわ。
ユールさまは、さわがれるの、嫌いだと思うの。
契約のことを伝えたことは、正解で、その夜、わたくしが寝る前に、ユニコーンの姿のユールさまが、現れましたの。
契約をしているからなのか、目の前に、いきなり現れましたのよ。
とてもびっくりしましたわっ!
ケイトなんて、おどろきのあまり、すごい顔で、身体を震わせていましたの。
ユールさまがおっしゃるには、聖獣の森に、虎の姿の聖獣さまが、現れたそうですの。それで、ニヤニヤしながら、わたくしと会ったことを話したそうですわ。
精霊たちからいろいろ聞いてたけど、ララーシュカって、可愛いなって、わざわざ転移して言いにきたとか、ムカつくとか、言っていましたの。
アイツには気をつけろとか、甘やかすと、すぐ調子に乗るとも、言っていましたわね。
甘やかすつもりは、ありませんのよ?
できたら、もふもふしたいな。
とは、思いますけどね。
うふふふふ。
♢
その夜から、ユールさまは、ちょこちょこと、姿を見せてくださるようになりましたの。
ケイトは、ユールさまがいらっしゃると、そっと扉を開けて、出て行くようになりました。
トランシーバーみたいな魔道具があるので、呼べばくるし、問題はないの。
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