第二十七話 ヴィオリード殿下からの贈りものと、メリッサさまの過去。

 三時のおやつに、デュオン兄さま手作りの紅茶のシフォンケーキをいただいたわたくしは、お城からお帰りになったデュオン兄さまから、星の形をした藍色の花と、水色のメッセージカードをいただきましたの。

 ヴィオリード殿下からだそうです。


 星の形をした藍色の花の名前は、星夜花ほしよばなだそうですの。

 花言葉は、君の夢を見た。


 デュオン兄さまが、ニヤニヤしながら、教えてくださいましたの。

 ただの、花言葉ですのに。


 水色のメッセージカードには、すてきな絵をありがとうと書いてありましたのよ。

 その文字を見て、ジワリと胸が温かくなりましたの。


「うれしそうなのはいいんだけどさ、殿下のこと、気にならないの?」


「――えっ? それって、どういう意味でしょうか?」


「今日、殿下が、メリッサ嬢に会った話、聞きたくないのかなと思って」


「メリッサ嬢、お元気でした?」


「うーん、無理やり元気に、しゃべってる気がしたって言ってたよ。好かれよう好かれようって、一生懸命しゃべってる感じがして、なんだか、かわいそうだったって。俺の婚約者に選ばれたせいだって、殿下、自分を責めてたよ」


「そんな……」


「ねえ、ララ―シュカ。ララーシュカは、どうしたらいいと思う?」


「そう、言われましても……ヴィオリード殿下に言えることなど、ありませんし、メリッサさまのことは、よく知りませんし。ただ、ご家庭で、なにかあったのかもしれませんわね」


「家で?」


「はい。六月と七月のお披露目パーティーに、いらっしゃいませんでしたし、メリッサさまのお母さまは、いらっしゃいましたけど……なんだか、こわい方ですし」


「そうだね。今日、殿下とメリッサ嬢が会ってた時に、王妃さまと、メリッサ嬢の母親が、お茶してたんだって。その時に、母親同士で、どんな話をしていたのかは、まだ、わからないけど……殿下の話を聞いた王妃さまがね、今度は、自分がメリッサ嬢と、二人で話してみるって、そう言ってたんだって」


「ん? まだ、わからないって、そうおっしゃいませんでした?」


 わたくしが首をかしげると、デュオン兄さまが、フフフッて、笑いましたの。今、笑うところでしたでしょうか?

 ふしぎですわね。


「可愛いなぁ」


「わたくし、いつも可愛いですわよ? ヒロインですもの」


「フフッ。そうだね。君は、賢くて可愛い、僕の妹だよ。そんな素晴らしい妹に教えてあげるね。僕、ガイにあるお願いをしたんだ」


「ガイさまに、ですの?」


「うん、ガイなら、精霊と話せるし、精霊は、妖精や、小人と仲がいいから、メリッサ嬢と、彼女の母親の情報を集めるようにって、言ってあるんだ」


「いつからですの?」


「メリッサ嬢の、五歳のお披露目パーティーの、あとかな」


「……じゃあ、メリッサさまのお母さまは、精霊に愛されていたわけではなくて、監視されていましたの?」


「フフッ。まさか、精霊に監視されてるとは、思わないよね。人間は精霊と話せないんだから」


「……そう、ですわね」


「それでね、メリッサ嬢のことなんだけど……」


 と言って、デュオン兄さまは、メリッサさまのことを、わたくしに教えてくださいましたの。


 メリッサさまがお生まれになった時に、メリッサさまのお母さまが、『炎属性と光属性の女の子? 男だと思ってたのに……。でも、めずらしい光属性持ちだし、ちょうど、第二王子が生まれたばかりだもの。婚約者になればいいのよ。なかなか子どもができなくて、みじめな思いをしたけれど、これでアイツらを見返せるわ』と言って、笑っていたらしいの。


 メリッサさまは生まれてすぐに、乳母に育てられたようです。


 同じ屋敷にお住まいなのに、ご両親は、メリッサさまに、会いにいらっしゃらなかったそうですわ。


 小人さんたちは、かわいそうな子だと、思ったそうですの。


 それで、メリッサさまが眠っている時に、髪の毛や、おでこや、ほっぺたに、キスを贈ったそうですのよ。メリッサさまのしあわせを、願いながら。


 乳母も、メリッサさまを同情されたそうです。


『同じ屋敷にいらっしゃるのに、会いにこないなんて、おかわいそうに』

『愛されなくて、おかわいそうに』

『ヴィオリード殿下の婚約者なのに、大事にされないなんて、あの方々は、なにを考えていらっしゃるのかしら? ああ、おかわいそうなお嬢様』


 って、毎日のようにつぶやきながら、メリッサさまのおそばに、いらっしゃったようですわ。


 それを見ていた小人さんたちは、こんな乳母に育てられてかわいそうだと思いながらも、こっそりと観察することしか、できなかったそうですの。


 メリッサさまは、同情する乳母を嫌ったそうです。手で、物をつかめるようになると、乳母に向かって投げつけたみたいなの。乳母が近づくと暴れたり、噛んだりも、されたようですのよ。


 乳母は、『こんなに可愛がってあげてるのにっ!』とか、『あなたを愛してるのは、私だけなのよっ!』とか、叫びながら、メリッサさまのお相手をされていたみたいですの。


 小さい子に、なにを言っているのかしらね?

 と、わたくしは思うのですが、乳母は乳母なりに、必死だったのでしょう。


 自分は素晴らしいことをしていると、自信を持ち、感謝されるべきだと、自分は正しいと、そう本気で、思っていたのかもしれません。


 メリッサさまが三歳になると、乳母が去り、専属侍女が与えられたそうです。

 専属侍女は、銀色の髪と、黒い瞳の、ハリーという名前の、とても冷たい女性だそうですの。


 仕事はきちんとやるらしいのですが、メリッサさまに、やさしい言葉をかけたり、褒めたりはしない方だそうです。


「これはね、最新の情報なんだけど」


「なんでしょうか?」


「メリッサ嬢がね、お城に行く数日前に、母親にね、こんなことを言われたらしいんだ。――殿下に婚約を破棄されたら、アナタのことなんて、誰も、もらってくれないからね。一族の恥だし、王都から出るしかないわよ。って」


「それは……ひどいですわね。そのお話、ヴィオリード殿下にも、されましたの?」


「うん、話しておいた方がいいと思って」


「そうですの」


「メリッサ嬢にとって、殿下だけが、救いなのはわかるんだ。だけど、殿下は、メリッサ嬢と婚約したくないみたいだし……僕、メリッサ嬢のことが、心配なんだ……」


「デュオン兄さま、もしかして……メリッサさまのこと、好きになりましたの?」


「ん? 好きだよ。今も昔も」


「ゲームの時から、ですの?」


「うん、ゲームの悪役令嬢も、強くてかっこよくて、好きだったけど、今の、なんかよくわからないけど、不安定なメリッサ嬢もいいよね。僕が守ってあげたいな」


「いじめるではなくて?」


「フフッ。どうだろ? 本人が、いじめられたと思ったら、それはいじめかもしれないね。でも、そうじゃない子もいるかもしれないし、他人の本当の気持ちなんて、わからないよね」


「……そうですわね。いろいろな方が、いらっしゃいますし、本人の気持ちを確かめないと……」


「そうだね」



 その数日後、王妃さまとメリッサさまが、お二人で、お話をされたそうですの。

 ちょうどその時、デュオン兄さまが、殿下に呼ばれてお城にいたので、すこしだけ、メリッサさまと、お会いになったようですわ。


「メリッサ嬢にね、僕の手作りクッキーをあげたんだ。猫の形のクッキーだよ。気に入ってくれたらいいな」


「それはすてきですね。わたくしも食べたいですわ」


「とっても甘くて、おいしいよ」


「デュオン兄さま、メリッサ嬢は、甘いお菓子が苦手なのですよ」


「うん、知ってる。文句を言いに、こないかなー」


「楽しそうな顔で、おっしゃらないでください」


「楽しいよ?」


「……それは、よかったですわね」


「うん! 僕、しあわせっ!」


 黄色い髪と、橙色の瞳の、美少年で天使な方の満面の笑みは、どんな時でも尊いですわねっ!

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