第二十五話 ドラゴンの姿の聖獣さまもすてきですが、魔獣のドラゴンちゃんも、可愛いですわねっ!
ごきげんよう。ララーシュカですわ。
七月になって、だいぶ暑くなってきましたの。
わたくしのお部屋や、行く場所には、冷たい風が出る魔道具があるので、快適ですけどね。
今朝、夢を見ましたの。
日本にいたころの夢よ。
あの日も夏でしたの。セミの声が、にぎやかでしたのよ。
幼いわたくしは、婚約者の
大きなヒマワリがたくさんあって、ちょっぴりこわかったり、池のコイさんたちが、とても美しくて、感動していましたのよ。
そうしたら、急に、空が暗くなって、滝のような雨が降りましたの。
本物の滝なんて、見たことがないのですけどね。
わたくしは、痛いですわねと思いながらも、その場から、動かなかったのですが、グイっと、手を引かれましたの。力強く。
おどろきましたのよ。
さっきまで、おとなしかった男の子が、肉食系に豹変したのですから、ふつう、おどろきますわよね。
幼いわたしは、激しい雨の中、久孝さまに手を引かれて、走ったのです。
手をつないだのは、あの時だけですのよ。
つないだというよりも、ぼんやりさんなわたくしを早くお家の中に、と、思い、手を引いただけのことなのかも、しれませんが。
でも、あの時、わたくし、胸がドキドキしていたのよ。そのあとね、夢でも同じだったけど、大きな虹を見ましたの。
雨の音がしなくなった時に、ふと、窓の外を見ましたら、大きな虹がありましたのよ。
夢の中の虹も、心が震える美しさでしたの。
この前もでしたけど、もう、いない方――というか、別の世界の方の夢を見るなんて、ふしぎですわね。
わたくしの心の中に、現実を受け入れたくない気持ちでも、あるのでしょうか。
いない方のことを、考えている場合じゃないのよ。
今日は、デュオン兄さまと、ヴィオリード殿下と一緒に、聖なる森に行く日ですの。
お昼過ぎに、殿下が、迎えにきてくださることに、なっているのよ。
なので、デュオン兄さまと共に、馬車を停めるところにいましたら、豪華な馬車が見えましたの。
王家の家紋がありますね。
馬車が停まり、ドアが開いて、黒髪、赤紫の瞳の、ヴィオリード殿下が、「おはよう」と、ごあいさつをしてくださったので、わたくしとデュオン兄さまは、「おはようございます。殿下」と、ごあいさつをさせていただきましたの。わたくしは、カッテシーもしましたわよ。
そのあと、わたくしたちも馬車に乗り、聖なる森に向かいましたのよ。
わたくしの、専属侍女のケイトがね、わたくしのことが心配だから、ついて行くってうるさかったのだけど、一緒じゃなくてよかったわ。
デュオン兄さまがね、自分たちは子どもだけど、聖獣さまと契約しているから大丈夫って、自信に満ちた表情で、言ってくださったの。
その時は、お母さまもお出かけ前で、いらっしゃったから、わたくしとデュオン兄さまの気持ちを尊重してくださったのよ。
世話焼きな大人がそばにいて、ガミガミ言われたら、冒険なんてできないものね。まあ、王族の方の前では、言えないでしょうけど。
それでもね、外でもついて回られるとね、嫌だなーって思うのよ。自由がいいの。
可愛い子なのだから、旅がしたいの。わたくしたち。
聖なる森は、王都の外れにあると聞いているの。魔獣のたまごがあるそうよ。ドキドキしちゃうわねっ!
湖もあるらしいわっ!
ニコニコしていたら、デュオン兄さまに、ほっぺたを、ツンツンとされてしまいましたの。指で。
可愛らしい妹のほっぺたを、許可なくツンツンするなんて、ひどいですわっ!
そういうのは、彼女にするものですわよっ!
あっ、デュオン兄さまに、彼女はいませんでしたわね。
ミリアムさまなんて、どうかしら?
デュオン兄さまなら、次男ですし、お婿さんになれるものねっ!
うふふふふ。
そうなったら、わたくしとミリアムさまは、親戚になれますわねっ!
キャー! すてきっ!
なーんて、楽しいことを考えていたら、あっという間に、目的の場所に着きましたの。
護衛の方々がいらっしゃるのですが、ヴィオリード殿下は、三人共、聖獣さまと契約してるから大丈夫と、おっしゃったのよ。
うふふ。
ヴィオリード殿下も自由になりたいのねっ!
わたくしと、ヴィオリード殿下と、デュオン兄さまは、湖のある場所に向かいましたの。
馬車の中に、冷たい風が出る魔道具がありましたので、快適でしたが、森の中も、涼しいと感じるのです。
森の匂いがしますわね。
七月の聖なる森は、生き生きとした生命力で、あふれています。
森の緑とか、可憐なお花とか、鳥さんや、ウサギさんや、リスさんなどの動物たちを見て、そう思いましたの。精霊たちや、魔獣たちもいますのよ。
魔獣はね、シカの魔獣と、キツネの魔獣がいましたのよ。可愛かったわっ!
シカの魔獣の毛並みはピンクで、キツネの魔獣の毛並みは水色でしたの。
とても、平和な空気というか、みなさま、おだやかな目を、されていたの。わたくしは、そう感じたのです。
動物や魔獣を、触ることはできませんでしたけどねっ!
逃げられちゃったのよっ。でもっ、だれも威嚇しなかったし、よい子ばかりなのっ!
「デュオン兄さま」
「なに?」
「魔獣のたまごって、光るんですよね?」
「そうだね。本にそう書いてあったから、光ってると思うんだけど……うーん、ないねぇ」
「そうですわね」
なんて、わたくしとデュオン兄さまは、歩きながら話すのですが、ヴィオリード殿下は無言です。
わたくしと、デュオン兄さまの前を、方位磁石を持ちながら、スタスタと歩いているのよ。
一応剣をお持ちですし、不安はどこにもないのでしょうね。
殿下は、今日も、王子さまって感じの服を、着ていらっしゃいますの。王子さまですからねっ。
それはわかっているのです。男性の服のことは、よくわからないだけなのよ。
まあ、女性のドレスも、細かいことはわかりませんけどねっ!
オーホッホッホッホッ!
歩いていたら、木と木の間から、湖が見えましたの。
どんどんと湖に近づくと、白くて大きな、ドラゴンさんが見えました。寝ているのか、寝たフリをしているのか、目は閉じています。四本足で、立っていらっしゃいますねー!
ウウッ! 感激ですぅ!
わたくし、初めて動物園に行った日のことを、思い出しましたのっ!
日本の動物園よっ!
鼻の長いゾウさんとか、首の長いキリンさんを、自分の目で初めて見た時の感動を、思い出しましたのよっ!
ゾウさんよりも、ドラゴンの姿の聖獣さまは、大きいのっ!
「――レイーズ!」
おおっ!!
そうでしたわっ!!
ドラゴンの姿の、聖獣さまのお名前は、レイーズさまでしたわっ!!
興奮しますわー!!
ヴィオリード殿下は、レイーズさまのお名前を呼んだあと、真っ直ぐに、彼の元に向かって進んで行かれました。
まっ、待ってくださーい!!
置いてかないでー!!
ヴィオリード殿下の声で、ゆっくりと目を開けたレイーズさまが、こちらをっ、こちらをっ、見てるんですけどー!!
神秘的なアメジスト色の瞳が、こちらをっ!!
緊張しますっ!! ドキドキですっ!!
圧が、すごいんですぅ!!
ここからでは聞こえませんが、ヴィオリード殿下がレイーズさまに、なにやらお話をされているようですの。口が動いていますからねっ。
わたくしと同じ五歳なのに、ヴィオリード殿下は、すごいですねぇ。
わたくし、なんだか、足がガクガクしていますわよ。身体の震えが、大きくなっているような。
「大丈夫? ララーシュカ」
あっ、お兄さまっ!
「だっ、だいじょぉぉぉぉぶ、ですわっ!」
公爵令嬢ですものっ!
デュオン兄さまが平然とされているのに、わたくしが興奮し過ぎて、おかしくなってはいけませんのよっ!!
「深呼吸して」
デュオン兄さまに言われて、わたくし、一生懸命に、呼吸を整えましたの。
そして顔を上げて、レイーズさまのお顔は見ないようにしながら、進みました。
デュオン兄さまの服のはしっこを、ぎゅっと握りながらねっ!
レイーズさまの足と、ヴィオリード殿下が近くに見えた時に、「着いたよ」という声がして、デュオン兄さまが立ちどまりましたの。
なので、わたくしも、ピタッと、停止しましたわよっ!
ああ、息が荒いですわっ!
こんなのでは、わたくしの興奮が、レイーズさまに、バレてしまいますっ!
「よくきたな」
「ひゃぁぁぁぁぁぁ!!」
――ハッ!
なんてことっ!
「もっ、申しわけございません! わっ、わたくしっ、あなたさまのイケボ、いえ、素晴らしいお声に、感激いたしましたのっ!」
「――そうか。お主、我の、この姿を見るために、ここにきたらしいな」
「はいっ! あなたさまの人の姿も素晴らしいのですが、わたくしっ、いつかドラゴンさんに会って、ドラゴンさんの背中に乗せてもらって、空を飛びたいとっ、幼きころから夢見ていたのでぅっ!」
「ほう。お主は今も充分、幼いと思うが」
「そっ、そうですねっ! ですがっ、ウソではないのですっ! 本当なのですよっ!」
「そのようだな。ウソはわかる」
「あのっ、わたくしと、ここにいるわたくしの兄をっ、お背中に乗せてくださいませんかっ!?」
「断る」
「そっ、そうですのっ! 残念ですっ! 悲しいですっ! でも、しょうがないですわよねっ! わたくしだって、よく知らない相手に背中に乗せてとか言われたら、困りますもの」
わたくしがそう言ったら、レイーズさまに、クツクツと笑われてしまいましたの。
「おかしな人間だ」
「ムゥ」
失礼な、聖獣さまですわね。
「――スゥノン!」
いきなりの、レイーズさまの大声に、わたくし、身体が震えましたの!
「――キュウ!」
どこかで声がしたと思ったら、パタパタと音が聞こえましたのよ。
あらまっ!
ドラゴンさんですわっ! 小さな、ドラゴンさん、いえ、ドラゴンちゃんですねっ!
ドラゴンちゃんがっ、こっちに向かって飛んできますわよっ!
あんず色のドラゴンですわっ!
瞳は黄緑色ねっ!
可愛過ぎますわっ!
おでこの魔石は、オレンジ色。
風の魔石ですわねっ!
わたくしとデュオン兄さまが乗るのに、ちょうどいい大きさねっ!
うふふふ。
ドラゴンちゃんは、パタパタと翼を動かしながら、レイーズさまの前で首をかしげて、「キュウ?」と鳴きました。
ふにゃぁぁぁぁぁぁ!!
なんてことっ!
飛びながら首をかしげるとかっ!
すごいわっ! すご過ぎるわっ!
「あっ、あのっ! そのドラゴンちゃんに乗りたいですっ!」
わたくしが叫ぶと、ドラゴンちゃんが飛びながら、こちらを見下ろしました。
「キュウ?」
ああ! 可愛いですわぁ!
可愛過ぎて、胸が苦しいですぅ!
「――スゥノン。そこにいるのは、ララーシュカだ。彼女と、その兄が、お主に乗りたいと言っている。お主はどうしたい?」
「キュウ!」
「そうか、なら、乗せてやれ」
というわけで、まずはわたくしがドラゴンのスゥノンちゃんに乗せてもらいましたのっ!
パタパタと一生懸命に、スゥノンちゃんは翼を動かし、わたくしを乗せたまま、湖の上や草の上を飛んでくれましたのよっ!
湖の上はすこし、こわかったですけどねっ!
でも、落ちませんでしたのよっ!
精霊さんたちが、ものすごくたくさん集まってきてくれて、一緒に飛びましたの。
楽しかったですわっ!
そのあと、デュオン兄さまも、スゥノンちゃんに乗って、空を飛びましたのっ!
ヴィオリード殿下は、乗りませんでしたのよ。
でも、殿下はずっと、はしゃぐわたくしや、楽しそうなデュオン兄さまを、見守っていてくださったのですっ!
ありがたいですわねっ!
ヴィオリード殿下のおかげで、今日はものすごく、楽しい一日になりましたの。
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