第二十四話 ミリアムさまの悩み。

 ごきげんようっ! ララーシュカですわっ!


 ミリアムさまのお披露目パーティーがあった日にね、彼女に、お手紙を書いたの。

 お披露目パーティーではね、他の方の目もありましたし、あまりお話ができませんでしたからね。わたくしから、勇気を出して、お手紙を書いてみましたのよ。

 小さな紙に描いた、可愛いピンクのアジサイと、シーフォちゃんの絵もね、便せんと一緒に入れてみたの。


 そうしたら、ミリアムさまが、とても喜んでくださったの。シーフォちゃんが見たいって、お返事に書いてくださったのよ。

 猫は、お庭で見たことがあるようなのだけど、魔獣は見たことがないんですって。


 六月二十三日。午後。


 今日は、リールベリー家に、ミリアムさまがきてくださったの。

 橙色の髪と瞳のミリアムさまには、緑色のドレスも、お似合いですわねっ!

 黄緑色の石のペンダントも、美しいわっ!

 あんず色のネイルも、可愛らしいっ!


 この前お会いした時も、あんず色のネイルだったわね。可愛らしいわっ!

 シーフォちゃんと一緒に、彼女をお迎えしたあと、一緒にお茶を楽しんでいたのだけど、緊張しているみたいでしたので、「お庭に行きませんか?」と、誘ってみましたのよ。


 外で、美しい自然を眺めれば、楽しい気分になれるかも、しれませんしね。


 本当は、二人で外に出たかったのですが、当然のように、わたくしの専属侍女のケイトがついてきましたの。

 こういう時、使用人は、わたくしたちの声が届かない距離の場所に、いるようにしているんですって。なにかあれば、すぐに駆けつけるのだそうよ。


 お庭の、赤やピンクのバラの花や、白やピンクのアジサイを眺めても、青色の大きな蝶々さんを見ても、愛らしい、妖精さんと出会っても、ふわふわ浮かぶ、精霊たちを目にしても、ミリアムさまは、あまり楽しそうではありませんの。


 わたくしと目が合うと、ニコッとしてくださるので、嫌われてしまったわけではないと思うのですが……。


「あの……どうか、されましたか?」


 わたくしは、勇気を出して、ミリアムさまにお聞きしてみましたの。


「――えっ? あっ、あたくし……あのっ、ごめんなさい」


 頭を下げるミリアムさま。


「大丈夫ですよ。顔を上げてください」


 ふわりと笑って、やさしく言えば、恐る恐るといった感じで、ミリアムさまが、顔を上げましたの。


「なにか、悩みごとでも?」


 首を、すこしかしげて、そう問えば、ミリアムさまは、悲し気な表情になりましたの。


「わたくしでよければ、話してみませんか? だれかに話して、楽になることもあると思うのです」


「……でも」


「お嫌なら、無理にとは言いませんが」


「……あの、姉の、ことなのです」


「お姉さまの? えっと、ソフィアさまですね。キリア兄さまと同い年の」


「はい……」


 乙女ゲームでは、ミリアムさまのお姉さまって、いなかったと思うの。デュオン兄さまも、知らないって、おっしゃってたし、もし、ゲームの中にいたとしても、名前のない、モブって感じだったのかもしれません。


 ですが、ここは現実です。

 わたくしも、他の方々も、人形ではなく、自分の意思で動いているのですっ!


「だれにも話しませんから、わたくしに話してみませんか? わたくし、まだ五歳ですし、頼りないかもしれませんが、お友達として、ミリアムさまのことが、心配ですの。一人で悩みを抱えるのは、つらいことだと思いますし、吐き出せる場所があるなら、吐き出してみると、スッキリするかもしれませんよ」


「……そう、ですね。あの……」


 ミリアムさまのお話をまとめると、ミリアムさまの父方の祖父母が原因で、いろいろあったようですの。

 簡単にまとめ過ぎですわね。


 ええと、ソフィアさまとミリアムさまの、父方の祖父母は、ずっと、嫡男を産めと、ソフィアさまのお母さまにおっしゃった、ミリアムさまがお生まれになった時に、また女かと、冷たいことをおっしゃっていたらしいの。


 待ってても、男が生まれないから、ソフィアさまとミリアムさまのお父さまに、新しい女性をすすめたりもしたらしいのだけど、離縁しなかったので、それならばと、頭も家柄もよい男性たちを、ソフィアさまに会わせまくったそうなのよ。ほとんどの男性が、ソフィアさまよりも、だいぶ年上だったらしいわ。


 そんなことしたら、疲れますわよね。

 わたくしなら、嫌ですわと叫んで、家出しますわよっ!


 わざわざ祖父母が出てきて、男たちに会わせなくても、学園にも、たくさんの男性がいらっしゃるでしょうし、よけいなお世話をしなくても、よいと思うの。


 ソフィアさまも、そう思われたのでしょう。

 祖父母おすすめの方になんか会いたくないと、ある日、祖父母の前で叫んで、泣きながら駆け出し、お部屋にこもってしまわれたそうですの。


 当たり前ね。


 こんな孫に育てた覚えがないとか、産んだ母親が悪いとか、ソフィアさまと、ミリアムさまの祖父母は、大声でわめいたあと、ご自分の屋敷に、もどられたらしいのです。


 その二日後に、ミリアムさまのお披露目パーティーがあったそうなの。

 本当は、ソフィアさまと、ミリアムさまの祖父母も、いらっしゃる予定だったらしいのですが、いらっしゃらなかったそうなの。

 大人たちの間で、お話があったのかもしれませんわね。子どもたちがいない場所で。

 わたくしなら、そう考えますの。


 ミリアムさまは、気づいていらっしゃらないようなので、なにも言いませんけどね。


「姉は、ずっとぼんやりしてるのです。あたくしのお披露目パーティーは、がんばって、参加してくださったのですが……そのあとは、無気力というか……」


「それは……大変ね」


「……はい。あたくしとしては、姉がお嫁に行くなら、自分がお婿さんをもらうと決めているので、無理をしなくてもいいと伝えているのですが、姉は真面目なのです。姉には、もっと楽に生きてほしいのですが……」


「ソフィアさまのことが好きなのね」


「はい……あのっ、おかしなことを聞いてしまうかもしれませんが……」


「ん? どうしたの? なんでも言っていいわよ。わたくしたち、お友達なのだから」


「あのっ、キリアさまのことなのですが……」


「キリア兄さまのこと?」


「はい。昔、キリアさまが、あたくしの姉に、きれいな石をプレゼントしてくださったのです」


「石を?」


「はい、虹色に見えるふしぎな石なのです」


「そうなのね。それはすてきね」


「はい。姉はその石をとても大切にしているのですが、あたくしに、一度だけ、見せてくださったのです」


「そうなの。よかったわね」


「はい。それで……あたくし、姉が、キリアさまのことを、お慕いしているのではと、思ったのです」


「お慕い……ああ、好きってことね。そんな難しい言葉、よく知っているわね」


「本を読むのが好きなので」


「わたくしもよ。同じ趣味でうれしいわ。あっ、キリア兄さまのことだったわね。好きか……キリア兄さま、好きな方って、いるのかしら?」


「あたくしも、それが知りたかったのです」


「そう。ごめんなさいね。わたくし、キリア兄さまと、恋愛のお話し、したことがないの。でも、デュオン兄さまなら、なにかご存知かもしれないわね。あとで、お聞きしてみますわ」


「ありがとうございます!」


「いいのよ。わたくしのできることは、これぐらい――そうだわっ! このお庭のお花を、ソフィアに贈りたいの。ソフィアさまが好きそうなお花があれば、いいのだけれど」


「よろしいのですか?」


「ええ。心を癒すには、音楽を聴いたり、絵を眺めたりするのもよいと思いますが、好きな花の香りや色も、よいと思いますの」


「ありがとうございます」



 ミリアムさまがお帰りになったあと、わたくしは、ドキドキしながら、デュオン兄さまのお部屋に行きましたの。

 いつものように、デュオン兄さまの、専属執事のスオウが、わたくしを中に通してくれましたの。


 ソファーには、デュオン兄さまと、シーフォちゃん。今日も、仲良しですねっ!


「どうしたの? ミリアム嬢はもう、帰ったのかな?」


「はい、今さっき、お帰りになりましたの」


「そう。それで、なにかあった?」


「はい。あの……キリア兄さまのことなのですが……」


「兄さまのこと?」


「はい。キリア兄さまって、好きな方がいらっしゃるのでしょうか?」


「それは、恋愛的な意味で?」


「はい」


「うーん、兄さまはねぇ、真面目な方だから、愛だ恋だ言わないなぁ」


「乙女ゲームの、攻略対象者ですけどね」


「そうだね」


「乙女ゲームでも、真面目でしたよね? あまり覚えてないですが……」


「うん、僕も、あまり覚えてないよ。今も昔も、ララーシュカは、兄さまを攻略する気がないでしょ?」


「ええ、まあ、そうですわね。家族だと思っていますから。でも、キリア兄さまは嫡男ですし、結婚をして、子どもを作らないといけないですわよね」


「子どもはお菓子じゃないからね。結婚したからって、できるとは決まってないんだよ」


「それは……そうですけど……」


「なにがあったの?」


「ヒミツです」


「ふうん。ヒミツねぇ。だれにも言うなって言われた?」


「いえ、わたくしが、だれにも話しませんから、わたくしに話してみませんか? って、言ったのです」


「そう」


 ウウッ。無言の圧力を感じますの。

 でも、負けないっ!

 わたくし、友情のために、がんばるのっ!


「――あっ! ミリアム嬢が、兄さまのことが好きとか?」


「違いますっ!」


「そう……じゃあ、ミリアム嬢のお姉さまかな?」


 ドキッ!


「フフフッ。バレたって、顔をしてるね。可愛いなぁ」


「ムゥ」


「フフフッ。ほっぺたをふくらませても、可愛いだけだよ。だれにも言わないから、教えてくれない? じゃないと、協力できないんだけど」


「協力?」


「うん、なにができるかはわからないけど、なにかができるかもしれないし」


「……そう、ですわね」


 負けましたわ。

 わたくしは、デュオン兄さまに、ミリアムさまからお聞きしたことをすべて、お話しましたの。


 虹色に見えるふしぎな石の話だけだと、ソフィアさまのつらいお気持ちが、わかりませんからね。


 すこししてから、ふと思い出したのですが、わたくしが日本にいたころ、レインボームーンストーンと呼ばれる、とてもきれいな石を、久孝ひさたかさまからいただいたことがありますの。


 机の上に置いて、よく眺めていましたわね。

 一緒に寝たりもしたのよ。

 なつかしいわ。


 その日の夜、デュオン兄さまが、虹色に見えるふしぎな石の話以外のことを、キリア兄さまに話したそうですの。キリア兄さまのお部屋で。


 キリア兄さまにとって、ソフィアさまは長女なので、恋愛対象ではなかったそうですの。

 でも、友人として、弱っていくように見えるソフィアさまのことが、気になってはいたそうです。


 ですが、ソフィアさまが、よい婿をもらうために、いろいろな男性と会っているというウワサを耳にしていたので、よけいなことをせずに、見守っていたそうですの。

 見守るなら、ミリアムさまのお披露目パーティーにも参加されたらよかったのにね。と、わたくしは思いますが、それは置いておくことにしましょう。


「覚悟を決めた男の顔になってたから、あとは兄さまに任せるよ」

「どんな顔なのかは、わかりませんが、デュオン兄さまがそうおっしゃるなら、信頼してみることにしますわ」

「それでいいよ。男はね、やる時はやるものだから」



 しばらくして、ミリアムさまから、お手紙が届きましたの。


 ミリアムさまがリールベリー家にきてくださった翌日、キリア兄さまが、ソフィアさまに、『おれでよかったら、婚約しよう。君を守りたい』と伝えたそうですの。それで、悩んだソフィアさまが、ミリアムさまに相談したらしいですわ。


 ミリアムさまは、『自分がお婿さんをもらうから大丈夫』だと言って、ソフィアさまに、婚約のお話をお受けするよう、伝えたそうですの。

 よかったわね。

 うまくいくと、よいのですが……。

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