夢 その八 そして。

 しばらくすると、黒髪黒目の、おしょうさまと呼ばれる男の人と、ヴィーがきた。

 ヴィーの話では、ここは別の世界で、ロロさんとデュークも、ここにきているのだそうだ。


 ヴィーの説明でもよくわからないけど、わからないものはわからないんだから、しょうがないと思う。


 ロロさんは今、あちこちの村から呼ばれているらしい。水を出せるし、植物を操ることができるからだ。あと、彼が出す水はおいしくて、病気やケガを治すことができるらしい。


「大陸にいた時にも水出してたけど、病気やケガを治すなんて知らなかった」

 おどろきながらつぶやいたら、「ロロさんもそう言ってた。水の魔法で出せる水にはそういう力はないはずだって」と、ヴィーが教えてくれた。


 デュークは、この世界のことをもっと知りたいと言って、ロロさんについて行ったみたい。

 子どもが一人で出歩くのは危ないから。


 ここはお寺と呼ばれる場所で、本当は女の人がいる場所ではないのだけれど、おキヌさんは、わたしたちのために特別に毎日通ってるみたい。この山の下にある村から。


 ある夜、おしょうさまの夢に、光かがやく女の人が現れたんだって。

 その女の人が、わたしたちの姿を見せてくれたらしいの。いろいろと。


 この世界に連れてくるから頼んだって言われたみたいで、おしょうさまは、はいと答えて、頭を下げたらしいの。


 わたしたちがかわいそうだったから、できることがあれば、してやりたいと思ったんだって。

 それでね、わたしたちはここ、お寺に、お世話になることになった。


 わたしと芽李めりは女だけど、おしょうさまが、女神さまに頼まれたと話したら、だれも反対しなかったらしいの。


 わたしはらんという名前をもらい、お藍と呼ばれるようになって、それでもいいかと思ったんだ。

 前の名前も、記憶も、捨ててしまおうと思って。


 おしょうさまは、わたしたちの親となる人を、見つけてくれるって言ってたし。

 ロロさん――河童カッパ様だけではなくて、明るく無邪気で、雨が降る前にわかるデュークまで、気づいたら人気者になっていたの。


 最初に子どもがいない夫婦に引き取られたのは、デュークだった。

 彼はおしょうさまから、直行なおゆきという名前をもらってたの。


 次はなんと、芽李だった。

 ウワサを耳にしてやってきた子どものいない夫婦が、芽李を一目見て、気に入ったのだ。

 さびしい気持ちはあったけど、さよならした。そうするしかなかったから。


 芽李も、さびしそうだった。いや、芽李は、直行が引き取られてからずっと、さびしそうな顔で、遠くを見つめていたのだけど。


 次は、ヴィーが引き取られることになった。

 ヴィーは、おしょうさまから、龍守たつもりという名前をもらっていた。


 おしょうさまから、りゅうの絵を見せてもらったのだけど、とても強そうだった。

 その絵を見て、わたしは絵本で見たドラゴンの姿の聖獣さまのことを思い出した。なんか描きたくなったから、おしょうさまにお願いして、絵を描いた。


 おしょうさまとおキヌさんと、ロロさんとヴィーが褒めてくれて、うれしくて、しあわせだった。

 だからこそ、ヴィーと別れるのは、悲しくて、さびしかった。


「じゃあな。しあわせになれよ」

 と言って、わたしの頭を撫でてくれたヴィーに、行かないでと、叫びそうになった。だけど、そんなことは言えなかった。


 ヴィーがいなくなったあと、わたしが引き取られることになった。子どものいない夫婦に。

 ロロさんはやさしい顔で、「しあわせになるのですよ」と言ってくれた。


 ここにきたのは、わたしのせいなのに。でも、わたしはなにも言わなかった。言えなかった。

 泣きながら、返事をすることしか、できなかった。


 そして、わたしは新しい両親と共に、山を離れて、知らない土地に行き、大きくなると、婿をもらった。

 男の子を産んだ。その子の名前は夜時よるとき。黒髪黒目だとわかった時は、安心した。


 夜時は大きくなると、周りにいる人たちの過去や前世、未来や来世の話をするようになった。

 最初は無邪気だった。だんだん、苦しそうになっていく息子のことが、わたしは心配だった。


 周りは大さわぎで、彼を神のように崇めるようになった。


 夜時が大人になったころには、表情がなくなっていた。

 苦しみも、喜びも、なにも感じないように見えた。でも、顔に出なくなっただけだと、わたしは感じていた。


 わたしは苦しかった。自分のせいだと思ったから。ごめんねって、何度も思った。夜時が幼かったころは、彼を抱きしめて、『ごめんね』って言いながら、泣いたこともある。

 そうしたあと、一人になって、また泣いた。こんな弱い母でごめんねと。なにもできなくてごめんねと。


 わたしが別の世界からきて、この子を産んだことが、お役目だったのか、それとも、ロロさんや、ヴィーたちをこの世界に連れてくることがお役目だったのかは、今でもわからない。


 ただ、今わたしが願うことは、夜時のしあわせだけだ。彼が、おだやかに暮らせることを、わたしは強く、願ってる。

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