夢 その七 夢?

「もう五日だよ。大丈夫かねぇ」


 女の人の声が聞こえた。

 わたしはパチリと目を開ける。

 天井なのはわかるけど、なんか違う。知ってる天井じゃない。


 嗅いだことのない匂い。

 なんだろう?


「おや? 目が覚めたみたいだねぇ」


 だれだろう? 女の人なのはわかるけど。


 布団が重たい。身体が痛い。


 でも。

 起きなくては。そう思い、わたしは身体を起こす。


 目が合った。藍色の双眸。よく知っている色にホッとする。メリリだ。あれ? 見たことがない服。

 声を出そうとしたのに、声が出なかった。喉がおかしい。やけに重い手を動かし、喉に触れた。なんか飲みたい。


 そう思っていたら、だれかがこちらに向かってくる気配がした。ふり向けば、知らない女の人がいた。そうだ。声がしたんだった。


「大丈夫かい?」


 わたしのそばまできた女の人は、メリリと同じ服を着ている。色や柄は違うけど、こんなの知らない。見たことない。


「あたいの声、わかる? 聞こえる?」


 その問いに、コクリとうなずく。


 女の人は黒髪黒目。月の女神さまみたいだ。

 こんな人、パーティーにはいなかった。

 これは夢だろうか?


「触るよ」


 そう言って、女の人がわたしのおでこに触れた。女の人の手だ。お母さんを思い出した。


「んー、熱はないようだね」


 わたしのおでこから手を離した女の人が、布団のそばにある木のお盆から、木の器を取り、「水だよ」と言って、笑った。


 なにが楽しいのかわからなくて、首をかしげると、「河童カッパさまがねぇ、出してくださったんだ。ものすっごくおいしい水でねぇ、病やケガが治っちまうんだっ」って、意味のわからないことを言った。


 河童カッパさまという文字は頭の中に浮かんだけど、それがなんなのかわからない。

 水がほしいので、わたしは手を伸ばした。女の人が、そっとわたしに器を持たせてくれたので、ゆっくりと口に近づける。


 コクリ。コクリ。

 少しずつ、味わって飲む。


 身体が生き返るようだ。

 全部飲んだので、器を渡した。女の人に。


 身体が軽い。夢みたいだ。って、夢か。これっ。夢だよね。寝たら、現実にもどれるのかな?

 もどりたい? いや、もどりたくない。


 あれ? わたし、ご主人さまの別邸から、逃げ出したよね?

 えっ?


「どうしたんだい? 不安そうな顔して。五日も眠ったままだったから、どうなることかと思ったよ。あっ、あたい、名乗ってなかったね。ごめんねぇ。あたい、この山のふもとの村に住んでるんだ。おキヌさんって呼んでね」


「……おキヌさん?」


「ふふっ。可愛い声だねぇ。お芽李めりもおいで」


 ん? メリリじゃないの?

 漆黒の髪と、藍色の瞳だし、あの顔はメリリなのに。


 お芽李と呼ばれた少女は、ゆっくりとこっちに近づいてきて、ちょこんと座った。


 メリリとわたしは同い年だけど、彼女の方がわたしよりも小さい。声は聞いてないけど、この子はメリリだ。


「メリリ、だよね?」

 ドキドキしながら、問いかける。


 小さくうなずく、メリリを見て、安心した。

 よかった。メリリだ。


 メリリが口を開く。


「名前、もらった。おしょうさまに」


「名前をもらったの? おしょうさまって、だれ?」


「おしょうさまは、おしょうさま。このおてらに住んでるの」


「おてらに住んでる? おてらってなに?」


「ここ」


「この場所が、おてらなんだね」


「うん。ランはね、おらんだよ」


「おらん?」


「うん、はね、あとで教えてもらってね。おしょうさまに」


「……うん」


「そうだっ! 和尚おしょうさまにお知らせしねぇとっ!」


 勢いよく立ち上がった女の人――おキヌさんが、木と白い紙みたいなのでできたのを動かして、部屋から出て行った。


 これって、やっぱり、夢なのかな?

 そんなことを思いながら立ち上がったわたしは、自分の服装を見て、おどろいた。


「これっ!」


「それは寝間着」


「これが?」


「うん、寝間着だって言ってたよ」


「だれが?」


「おキヌさんが。ここ、おてらだから、女の人がいないんだって。それで、ふもとの山から毎日、おキヌさんが息子さんと一緒に、ここにきてくれてるんだ」


「夢だからかな? よくわからない」


「えっ? 夢じゃないよ。アタシたち、ご主人さまのとこから逃げて、森に行ったよね。覚えてる?」


「うん……それは覚えてるけど……」


「そのあとね、池みたいなのがあるとこにいたんだ。そしたら、目の前が光ったんだ。気がついたら、違う世界だったの!」


「えっと、意味がわからないんだけど……」


「もうっ! アタシもちゃんとはわかってないけど、ここはアタシたちがいた大陸じゃないのっ!」


「大陸じゃない? どういうこと?」

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