第八話 ユニコーンさんと、契約をしましたの。ここって、乙女ゲームの世界ですの?
そうして、八月になり、わたくしが行くお家が、決まりましたの。
リールベリー家だそうですわ。
公爵家なの。
わたくしのお父さまになる方は、宰相をなさっているそうです。
奥さまがいらっしゃって、息子さんがお二人、いらっしゃるんですって。
お菓子や動物が好きな家族だそうですわ。
息子さん――長男さんは、今年の冬、十歳になるそうですの。今は、学生だそうです。
次男さんは、今年の春、五歳になったそうですの。わたくしと同じ、五月生まれだそうですわ。彼は一日が、お誕生日ですけどね。
家族の肖像画を見せていただいたのですが、なぜだか、どこかで、見たことがあるような気がしたのです。
そんなこと、あるはずがありませんわよね。
二人で転移をするのは、とても魔力を使うらしいのですが、セレスさまが、連れて行ってくださることになりましたの。
十二月に。
あちらも、いろいろと準備が、あるのでしょう。
わたくしの準備は、なにをしたらいいのかしら?
わかりませんけれど、まあ、なるようになるでしょう。
わたくし、まだ三歳児ですし、のんびりと過ごしていれば、よいと思うのです。
というわけで、わたくしなりに、夏を楽しみ、秋を楽しみ、そして、冬になりましたの。
雪が降ると寒いのですが、わたくしのお部屋には、部屋を暖める魔道具があるので、寒くはありませんの。
魔道具は、魔力で動く機械みたいなものですけれど、魔石を入れれば、魔法が使えない子どもでも、使うことができるのです。
わたくし、使い方を教えてもらったので、使えますのよ。
魔石を入れるだけですからね。わたくしでも、できますの。
魔石は、川や泉や、湖の中にあったり、土の中にあったりするそうですの。洞窟の中にも、あるそうですわ。
あと、魔獣を倒すと、手に入れることができるとか……。
想像するとこわいので、考えたくありませんけどね。
残酷なのは、苦手なのです。
なので、日本にいたころも、今も、できるだけ、ストレスのない作品を、好んでいますの。
今さっきまで読んでいた絵本も、安心して読めるものでしたのよ。
絵本はいいわね。
絵がたくさんあって、きれいで、可愛いもの。
すこしだけ、ドキドキもしましたが、ハッピーエンドだったのよ。
その絵本はね、わたくしのために、リールベリー家の奥さまと、長男さんと、次男さんが、選んでくださった本なの。
養子縁組が決まってから、いろいろと、贈りものをくださっているのよ。
わたくしにだけではなくて、孤児院の子どもたちにも、絵本や、服や、子どもが喜びそうなものを、たくさん、くださったの。
持ってきてくださるのは、王都の神官さま方ですけどね。
お手紙も、くださったの。だから、わたくしも、お手紙を書いたのよ。
そんな感じで、仲良くしてくださってるの。
うふふふふ。
椅子に座って、ニヤニヤとしていた時のことです。
なにかが近づいてくる気配を、感じましたの。
最近、強い魔力の気配というものが、わかるようになったのです。今は夜ですから、ユニコーンさんかしら?
そう思っていると、ユニコーンさんが現れました。
ヒスイ色の瞳が、静かにわたくしを見つめています。
「三日後だな」
「そうですわね」
わたくしはうなずき、ほほ笑みました。
「うれしそうだな」
「うふふ。うれしいですわよ。家族が、できるんですもの」
「そうか」
「はい!」
「ララーシュカ、おれは、王都に行ったことがない」
「そうですの」
「ああ。だから、お前を連れて、転移することはできない」
「はい。でも、セレスさまがいますから、大丈夫ですわ」
「それはそうだが……このままでは、今までのように、会うことは難しいのだ」
「そうですわね。王都ですし。王都までは、馬車で、五か月ぐらいかかるとか……」
「おれなら、もっと速く行けるかもしれないが、お前と、契約することにした」
「契約?」
それは、どのようなものかしら?
わたくしが首をかしげて、考えていると、足音なく、ユニコーンさんが、近づいてきましたの。
近いですわね。
と、そう思った次の瞬間。
ユニコーンさんに、ベロリとおでこを、舐められてしまいました。
「ひゃぁぁぁぁ!!」
おどろきながら、見上げると、ユニコーンさんの、金色の長い角が、光っているのが見えました。
「おれの名は、ユール!」
その声を、耳にした瞬間、身体が、ビリビリッとして、ある絵が、頭の中に浮かびました。
「エエエエエエッ!?」
「どうした? 契約には名が必要だ。お前の名を言え」
「でもでもでもっ!」
「――言えっ!」
頭に浮かんだ絵――スチルのせいで、衝撃的なことに気づいてしまいましたが、ユニコーンさんがこわいので、わたくしは、叫びました。
「わたくしの名は、ララーシュカですわっ!」
パァッと、目の前が光り、まぶしくて、目を閉じたあと、急激に、眠くなりましたの。
♢
教会の鐘の音で、目が覚めましたの。
おはようございます。ララーシュカですわ。
ふわふわと、精霊さんたちが浮いていますの。
わたくし、身体がだるいんですの。起き上がれる気がしませんわ。
もうすこし、このままでいてもいいかしら?
いいわよね?
朝食の時間に、間に合えばいいのよ。
わたくし、大変なことを、思い出しましたの。
ユニコーンさんとの契約って、ゲームで見ていましたのよ。乙女ゲームで。
美しいスチルでしたわ。
リールベリー家の方々の、肖像画を見せていただいた時に、どこかで見たことがあるような気がしたのですが、あれも、乙女ゲームで見たのでしょうね!
なんてこと!
ここが、あの乙女ゲームの世界なんて、わたくし、全く、気づきませんでしたわよ!
胸が、ドキドキしていますわ。
なぜ、このタイミングで、思い出したのかしら?
乙女ゲームのタイトルは、覚えていませんの。
でも、ストーリーはなんとなく、思い出しましたの。
乙女ゲームのストーリーは、主人公――ヒロインが、赤ちゃんの時から、始まるのです。金色の髪と、青色の瞳の、赤ちゃんなのよ。名前はね、ララーシュカ。妖精族の血を引いているの。
わたくしと同じねっ!
でも、妖精族のこと、はっきりとは覚えてないの。どんな設定だったかしら?
乙女ゲームでは、聖獣の森に、赤ちゃんを抱いた謎の女性が現れるの。謎の女性は赤ちゃんを、ユニコーンの姿の聖獣さまに託すのよ。
それも同じねっ!
ユニコーンの姿の聖獣さまが、神官に会いに行って、赤ちゃんは、孤児院で暮らすことになるの。
ここも同じねっ!
季節がめぐり、ヒロインが、公爵家の養女になることが決まるの。兄が二人いて、二人共、攻略対象者だった気がしますわ。
……ユニコーンさんも、攻略対象者ですの。なのに、すぐに思い出さなかったなんて……どうしてなのでしょうか?
ふしぎだわ。
名前を、知らなかったからでしょうか?
昨夜、ユニコーンさんの名前を聞いた瞬間、身体がビリビリして、スチルが頭の中に浮かんだもの。
関係があるとしか、思えないわ。
公爵令嬢になったヒロインは、植物や、魔獣を育てたり、お茶会に参加したり、冒険をしたり、恋をしたりするの。
可愛い絵本の世界にいるような感じで、ほっこりしたのを覚えているわ。
わたくしのお家では、ゲームが禁止だったから、
ただ、わたくし、恋愛よりも、魔獣を育てるのに、夢中だったの。
だって、魔獣をたまごから育てるのよ。ワクワクしちゃうっ!
ゲームだと、魔獣のたまごが、森や草原にあったのよね。光って、きれいだったの。
あれって、王都の外だったかしら?
草原は、たぶん外よね。草原なのだから。
森は、王都にもあった気がするけど、どうだったかしら?
公爵令嬢なのに、そんなにホイホイと、森に遊びに行ったり、王都の外に出かけたりして、いいのかしら?
そう思うのだけれど、ゲームですしね。
ゲームでは、お庭で、たくさん魔獣を育てていたのよ。
でも、ここは現実。
魔獣をお庭で育てる貴族なんか、本当にいるのかしら?
エサ代のこともありますし、魔獣は生きていますからね。
わたくし、現実の世界で、生きものを飼ったことはないのです。
猫宮家に行けば、たくさん猫がいましたが、わたくしは、おやつをあげたり、撫でたり、オモチャで遊ぶぐらいでしたし。
これから、どうなるのでしょうか?
ドキドキしますが、考えてもわかりませんし、流れに身を任せるしか、ないのでしょうね。
今は、今、できること。
ひとまずベッドを出て、着替えましょうか。
それから、顔を洗って、朝食ですわねっ!
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