第39話


「なんだ……?!」


驚愕の色を浮かべるファドムを他所に私は負の感情に苛まれながらも次の人狼を殺した。


……殺す、……殺す。殺さないと、殺さないと失くしてしまう。失くなったら私じゃいられない。

おまえにも道があるのは知っている。違う人間なだけなのは分かってる。

私の襲撃に人狼は私を標的にして噛み付いてきたけれど噛み付かれたままに心臓を貫いた。

身体に傷が付けば痛みもあるし出血だってする。

でもそれは、この負の感情に比べたらましなものだった。


攻撃されても凪払い、血飛沫をあげて蹴散らして私は全ての人狼を葬った。狼だった姿は死して全て人間に変わる。それに動悸を早まらせながらも私はジゼルを見つめた。


彼女に怪我はない。ならいいんだ。今度こそちゃんと私は守れたようだ。

しかしファドムはジゼルを守るように前に出て掌をかざしてきた。


「ファドムやめて!」


「…ジゼル?!」


「大丈夫よ!大丈夫だからやめて…!この人は襲わないわ…!」


ファドムを制止してジゼルは私に近寄ろうとしてきた。その表情はただただ辛そうだった。


「……ねぇ、あなたなの?」


「やめろジゼル!彼等はもう患者じゃない!操られてるんだぞ?!」


「離してファドム!この人は違うわ!」


「何を言ってる?!奴らの仲間に決まってる!危険だ!」


しかしそんなジゼルをファドムは腕を引いて止めた。

彼なら当然の事だった。彼が一緒ならここはもう大丈夫だろう。魔力の反応はない。今がチャンスだと思って私はまた屋根に飛び乗って駆け出した。後ろでジゼルが呼び止めてきたが私はそれを無視した。

暗闇が青い炎に照らされて幻想的に街の中央に建つ城が見える。もう城に攻め出したのか城にはジェイドの魔力が見えた。彼はこの混乱に乗じてもう城に侵入するつもりのようだ。



「ローレン」


突然私を呼び止めて急に目の前に現れたのはカベロだった。


「カベロ」


「ジェイドが呼んでいるわ。城に行くわよ」


足を止めた私に微笑んで近付いてきた彼女は私の腕に触れると一瞬にして開かれた城門の前に移動した。

しかし移動してすぐに異変に気づいた。

周囲には誰もいないし闘う音しかしない。いるのはジェイドとブレイクだった。


「苦戦しているの?ジェイド」


魔女と引けをとらない争いをする彼はブレイクを見据えながら口を開いた。


「この魔女に時を止められた。殺してやりたいが俺はこいつの相手などしている暇はない」


「そう。ブレイクが相手じゃ仕方ないわ」


「あの時以来ねカベロ」


強い眼差しだった。ブレイクは無傷で私達を見据える。


「もうここで殺すわ。それにここは通さない。くだらない争いはもう終わらせるべきよ」


「……くだらないだと?」


ジェイドの刺々しさが増す。彼は怒りを露にした。


「おまえらが我等の国を汚したんだぞ?誇り高い我等の国を、卑怯な真似をして正々堂々と闘わずに奪ったくせに……!!闘う意思のない人間を殺しておいて何を言っている!」


「闘うとはそういうものでしょう。争いを始めたのであれば守りたいものを危険に晒すのと同じなのよ。守りたいなら己の命すらもその者にかけるつもりでなければ守れないわ」


「……おまえに言われる筋合い等ない!!分かったような口を利くな!!」



ジェイドは先に攻撃を仕掛けた。掌から稲妻を放った彼の攻撃はブレイクによって呆気なく相殺される。ブレイクは怒りを露にしてブレイクを睨んだ。


「…分かっているから言っているのよ!」



凄まじい風が吹いた。その瞬間、風に乗って地面すらも切りつけるような青い炎の刃が放たれる。

早すぎる攻撃にジェイドは左腕を切り落とされていた。


「もうやめなさい。戦争は終わったわ。あなた達はいつまで闘い続けるの?」


「…国を取り戻すまでに決まってる!!俺は…!俺は祖国を愛する全ての者のために闘い続けると決めた!家族のためにもここで終わる訳にはいかない!!」


「……なら私が殺すわ。どんな想いがあろうともう終わった話よ。決着はついてる。これ以上人が死んで良い道理はないわ」


「奪っておいて勝手に終わらせるなよ!奪い返されないとでも思うな!!」



腕を切り落とされても彼は闘志に燃えていた。

魔女に引けを取らないくらい魔術を駆使して闘う彼は肘から下を切り落とされていると言うのに強かった。

それでも傷がついていくのはジェイドの方で、彼は怒りのままにブレイクと死闘を繰り広げるも一瞬で終わりが見据えた。


青い炎が空に無数に放たれて一瞬で弓矢の如く変わる。それは彼の心臓を狙っているかのように正確に動いていた。早すぎるそれにやられると悟るも、それを魔術によって相殺させたのはカベロだった。


「こんなに意思が強いのに殺すのは惜しいわブレイク。やるならまずは私からにしたら?」


「……そうね。ちょうどこちらも助けが来たようだし」


そう言ってブレイクの隣に突如現れたのはミシェルカだった。最初に会った時と変わらない彼女は私達を見据えた。迷いのない目をしていた。


「ふふふ。またやられに来たのミシェルカ」


「今度は殺すわ。二度もやられる私じゃない」


「そう。それじゃあ試してあげる。あなたの相手はこの子にしましょうか?」


笑いながら私に顔を向けるカベロは私の頬に手を伸ばすと優しく撫でてきた。


「すぐ終わらせるから妹に少し付き合ってあげてくれる?ジェイドも気にかけてあげて」


無言で頷いて私はミシェルカを見据えた。

彼女とも闘うのは気が引けるが、予想していなかった訳じゃない。ジェイドは膝をついていたけれどすぐに立ち上がった。


「おまえが隙を作れ。魔女は魔女にしか殺せないが動けないようにしてしまえばこちらのものだ」


「……」


「随分な物言いですね。そう簡単にはやられませんよ」


ミシェルカはそう言って青い炎を出現させて私達の周囲を囲んだ。青い火柱は空高く上がっていて逃げるのは不可能になる。この狭い範囲では闘うにしても私は格好の的になり得ない。この死なない身体では意味はない事だけれども。


私はミシェルカを無力化させるべく素早く走り出した。彼女は炎を弓矢のように至る所から飛ばしてくるも避けれるものは避けながら距離を積める。

私の身体を青い炎は貫くように焼いてくるが、こんなのは痛みの内にも入らない。

距離を積めきった私は目によって魔力をかけようとするも故意的に目を閉じられた。


「私達は見えなくても魔力は感じられますよ」


読まれていたミシェルカに衝撃波のような斬撃をもらってしまい距離を取りながら後退した。

肩から胸にかけてざっくりと切れてしまった。

さっきの攻撃よりも痛みは増すが動けない訳じゃなかった。目が使えないなら多少傷をつけなければならない。

先程よりも躊躇いが生まれた私はそれでも魔術を避けながら爪で切り裂くように攻撃をしかけた。

しかし瞬時に瞬間移動をしたミシェルカにジェイドが読んで放った稲妻は命中した。電撃を受けたミシェルカは頭から血を流しながらジェイドに炎の鋭い矢を報いる。

あれは避けれない。早すぎるそれを私はジェイドの盾になるように受けた。


「ぐっ……!」


なのにそれすらも読まれていてミシェルカは瞬く間にジェイドの後ろを取った。声をあげる暇もなかった。



「終わりです」


盾になったのにジェイドは腹を炎で作り上げた槍によって貫かれてしまった。血を吐きながら膝をつくジェイドには致命傷だった。



「……くそ!!こんなところで……!」


「ジェイド!」


瞬間移動をしたミシェルカは距離を取ってから炎の槍を構える。

止めを刺さなくても死ぬ程の攻撃を与えたのにミシェルカは止めを刺す気だ。あれは攻撃を仕掛けようにも間に合わない。ジェイドをまたしても庇おうとしようとしたら彼の身体が突然青い光で包まれた。


「……ただで死んでやるかよ…!おまえら帝国のやつらは…精霊に皆殺しにされろ…!!!」


急激な魔力を放出するジェイドの目は殺意に満ちていた。瀕死なのに彼はここまできて精霊から力を得るつもりだ。

ミシェルカはジェイドの異変に気づき直ぐ様槍を投げるも呆気なく魔術で消滅させられる。ジェイドの魔力は莫大に膨れ上がりつつあった時だった。




「ローレン!!」


炎の外側に彼女がいた。ジゼルはもう気づいている。悲痛な顔をしてやって来る彼女を他所にジェイドは更に魔力を高まらせる。尋常じゃないそれはもう召喚が間近なのか傍らにいるだけで凄まじい圧力を感じた。


「これで……やっと俺の願いが叶う……」


膝をついたままのジェイドは笑みを浮かべていた。

ここで召喚されたら被害どころではないだろう。いつかミシェルカは国が滅びると言っていた。その言葉の意味が目で見て分かる。

彼はこれで意思を貫き通すのだろう。彼にも道があって、何を犠牲にしてでもそのために生きていた。


だから、だから私は彼の心臓を貫いた。


「ぐっ!おまえ…!!」


私にも道がある。例え誰かを殺そうが、誰かの信念を踏みにじろうが譲れない。

どんな思いをしようがジゼルを守るためなら私はなんだってやると決めた。例え協力関係だったとしても彼女の身に危険が迫るのであれば関係ない。

睨み付けるジェイドは血を流しながらも最後の足掻きのように私に掴みかかりながら目に短刀を刺してきた。


「おまえなんかに……!!殺してやる…!!」


憎悪のような思いに身震いするもここで追撃をくらう訳にはいかなかった。片目に焼けるような痛みを感じながら首を引き裂こうと腕を上げる。ジェイドの魔力は急激に下がったのに身体からまたしても魔力が膨れ上がる。彼が掴みかかっていた腕に熱を帯びた。焼けるように熱かった。


「おまえも道連れだ!!」


急激な衝撃と焼けるような熱さは尋常じゃない痛みをもたらした。

気づいた時には遅かった。

彼は自らの魔力で身体を爆発させたのだ。

猛烈に身体中に痛みを感じて身体中が血で濡れる。

立っていられないくらいの衝撃と痛みに私は倒れこんでしまった。


まだ立ってないとならないのに痛みに起き上がれない。自分がどんな状況かも分からなくて痛くてたまらない。

この痛みは火傷を負った時と似ている。

ジゼルは、どうなったんだろう。

やけに音が遠くに聞こえて意識が朦朧とした。


……ジゼル。失いかける意識の中で私はジゼルを想いながら目を閉じてしまった。

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