第18話


「ジゼルを知ってるの?」


「知ってるも何もメルグレイスは医術師会の長だぞ。医者なら誰だってメルグレイスの名は耳にしている。薬も手術の術式もメルグレイスが数多く発案しては正式に発表して促進しているし先の戦争にも参加していた。……だが、医術師会は帝国と密接な関係の筈だ。メルグレイスは帝国寄りの人間なのに何故帝国におまえの身柄を渡さなかった?帝国は魔女の情報をかき集めてるんだぞ」


私よりも遥かにブレイクの方がジゼルを知っていて複雑な気持ちになるも彼はやはり聡明だった。彼は聞けば何でも答えてくれるし説明してくれていた。世の情報にも疎くはないし彼がこう聞くのは自然な流れだ。


「それは、私の安全が保証されないからだって。ジゼルは友達なんだ」


「……友達?おまえ本気で言ってるのか?」


「いや、だってベシャメルで偶然知り合ったから……本気だけど……」


まるで信じられないみたいな目を向けられて動揺する。仲は良いと思ってはいるのだが、ジゼルとの関係は友達ではないのだろうか?知り合いではないし、かと言って医者と患者なだけという程、今は距離は遠くない……。ブレイクは呆れていた。


「…あのなぁ、メルグレイス家はとても権力ある由緒正しい一族なんだぞ。あの一族は代々医者として帝国と人々に貢献しているし、代々精霊を召還できるから戦争にも医者じゃなくて兵力として参加していたのに…軍人上がりの傭兵のおまえが身の程知らずも良いとこだぞ……」


「精霊?だから姉妹で参加してたのか」


「知らなかったのか?」


「うん」


「全く……」


先の戦争では魔術師は基本的に前線に送られていた。普通の人間よりも倍以上の戦力が見込めるからだ。だからジゼルもそれと一緒だと思っていたが彼女は本当に特別のようだ。


魔術師は昔から精霊に愛された選ばれた人間と呼ばれている。大地を造ったと言われている神のような存在である精霊はごく僅かの人間に力を分け与えて大地の発展に貢献させた。それが魔力であり、魔術だった。だから魔術師は家柄の血筋に左右されているのだが、精霊を召還する魔術師は更に特別なものだ。


精霊を召還できるのは最初に力を分け与えられたと言われる魔術師の一族しかいない。それらは世界にごく僅かな古の血脈と呼ばれている。精霊は選ばれた高潔な血に加護を与えたのだ。強力で莫大な魔力と、身を差し出すのであれば己の力をと。


「姉の方は死んだみたいだが精霊を召還すれば命と引き換えに壮絶な力を振るう事ができるから参加させられたのだろう。……まぁ、召還しなくても精霊の加護のおかげで普通の魔術師よりも強いがな。それよりも、そのメルグレイスは魔女には何もされていないのか?」


「あぁ、うん。連れて行かれそうになっていたのを助けたんだけどジゼルは大丈夫だよ。私だけやられたんだ」


「…?連れて行かれそうだったのか?」


「うん。よく分からないけど魔術師が欲しいって言っていたらしい」


「……そうか」


元々険しい顔を更に険しくさせるブレイクは考えるような仕草をすると私の目を見据える。


「明日また来い。文献を調べておくから何か分かるかもしれん」


「本当?助かるよ」


願ってもない話だった。ブレイクなら何か分かるかもしれないと思っていた私は今日来て本当に正解だった。


「それと、また薬草を集めてきてくれないか?明日来るついでに持って来い」


「うん。分かったよ」


紙をさっと取り出してブレイクは必要な薬草の名前と必要数を書くと私に渡してきた。彼には何時も世話になっているのでお礼に薬草を取る事が多い。これはもう朝飯前だった。最初は薬草の種類が分からなくて呆れながら怒鳴られたが今では間違える事もない。


「じゃあ、さっさと行け。私はこれから別の患者を診に行かねばならん」


「うん。ありがとうブレイク。明日また来るよ」


そうなれば今から薬草を取りに行こう。書かれている薬草は直ぐ取れるがディータから出て少し馬を走らせないと取れない物もある。今日は帰りが遅くなるかもしれないがまだ時間があるし今日中にやっておこう。ブレイクの診療所を出ようとしたらブレイクが引き留めてきた。


「待てローレン。これを持って行け」


「え?あぁ、ありがとう」


むすっとした顔で渡されたのは何時もくれる傷薬と包帯だった。こういう優しい部分があるのに彼の顔は何時も怒っているのは何故だろう。


「怪我はするなよ」


「うん。分かってるよ。じゃあ」


最後まで顔をしかめているのは何時もだから私は笑ってブレイクの診療所を後にした。彼は信用ができるからきっと期待ができる。ブレイクは何時も私の困り事を解決してくれる綱なのだ。帰ったらジゼルにも報告しよう。

私は希望を感じながら薬草を集めるために馬を走らせた。まずはディータを出て森林に向かう、それからディータから少し離れた池に向かった。どちらもそこまでの危険はないがジゼルにも早く帰ってくるように言われているので用が済んだら急いで帰ろう。


それにしても、彼は度々薬草と共にビレアを取ってこさせるが勝利の花と言われるビレアは何か薬になるのだろうか?ディータでは取るのが容易くないがあれは何処にでも咲いている花だ。傭兵の仕事でも薬草集めは度々するもののビレアは含まれているのを見た事がない。でも、ブレイクは信用のある医者だし彼なりに何かあるのだろう。それよりも今は薬草だ。



そうやって意気込んでいたのに帰った時はもう真っ暗で、私は怒られていた。




「こんな遅くまで何処に行っていたの?暗くなったら早く帰って来てって言ったでしょう?」


「……あぁ、うん…。知り合いに頼まれてちょっと薬草を集めてたんだ」


「だからってこんなに遅くなるなら明日でも良かったんじゃないの?まだ治安が良いとは言えないから夜は危険なのよ?」


「……うん。ごめん……」


時間があるしそんなに遅くならないと高を括った私はバカだった。結論から言うと薬草集めは難航したのだ。まず森林で狼に遭遇した。これは最悪だった。数えるくらいの数だったのが幸いだが運悪く足を捻って中々仕留めるのに時間が掛かった。傷は負わなかったがこれが本当に痛い。痛くて歩くだけで激痛が走って薬草を集めるのに普段より時間を掛けていたら思った以上に時間が押したのだ。


そして帰ってきたら遅くなると言っていたジゼルがいた。最悪である。ジゼルの言いつけは全て破ってしまったのだ。ジゼルは私が帰って来て早々心配したように駆け寄ってきたがほんの少し顔が険しい。これから足を捻ったのも白状しないとならないのは気が引けた。


「次からは気を付けないとダメよ?あなたは魔術も掛けられてるのだから」


「…うん。ごめん。……あの、ジゼル」


「なに?」


怒っていてもジゼルは優しくて怖くはないけど言いにくくて堪らない。しかし、言わないと私も痛くてどうしようもないので心配そうな眼差しを向けるジゼルに白状した。


「実は足を捻って痛めたんだ。他に怪我はしてないんだけど薬草集めに向かった森林で狼に襲われて……その時に」


「…ローレン。怪我をしないようにって言ったでしょう?早く見せて?」


「うん……」


たぶん怒っているだろうが優しい言い方に救われる。謝りながらベッドに腰かけるとジゼルは自分の机に置いていた医療用の鞄を持ってきてしゃがんだ。私は靴を脱いで捻った右足首を捲ると素人目で見ても赤く腫れていた。


「これは痛かったでしょう。無理して歩いたせいで炎症が酷いわ。少し待って」


「うん」


無理して歩いていたのもバレてしまって罪悪感が沸く。ジゼルには謝っても謝り足りない。ジゼルは手際良く処置をして痛みが引くように魔術も掛けてくれた。そのおかげで大分痛みが引いたが炎症は酷いので無理に動かさないようにキツく言われた私は真面目に頷いた。


「捻っただけでも直ぐに処置するのとしないのとでは雲泥の差があるのだから怪我をしたら怪我を優先しないとダメよ?あなたの身体は一つしかないんだから」


「…うん。ごめん」


処置が終わってから鞄をしまうジゼルに頭が上がらない。正論しか言われないので私はさっきからうんかごめんしか言っていない気がする。こんなつもりではなかったのに情けないものだ。処置をしている時から困った顔をしていたジゼルは一つ溜め息をつくと私の隣に腰かけた。あぁ、また叱られる。ブレイクに比べたらジゼルは怒鳴らないし優しすぎるくらいだが私の罪悪感が酷い。彼女は本当に私を心配しているのが分かるから堪えるのだ。


「…とにかく、大きな怪我もしないでちゃんと帰ってきたから良かったわ」


ジゼルはそう言って私の手を握ってきた。許してくれているみたいだが申し訳無い気持ちは勝る。私は手を握り返しながらジゼルに顔を向けた。もう一度しっかり謝っておこう。


「次は気を付けるよ。今日はごめん。反省してる」


「次から気を付けるならもう良いわ。それに、そんな顔をされると私も怒れないもの」


穏やかな表情に戻ったジゼルは空いていた手で私の頭を撫でてきた。それに少し驚いたが頭を撫でられるという行為をされた事が無かった私には心地好い感じがしてそのまま受け入れた。優しく触れてくる手は暖かい。


「ふふふ。あなたも子供みたいな顔をするのね」


「どんな顔?」


「さっきみたいな顔の事よ」


「……分からないよ」


さっきは申し訳無い気持ちでいっぱいだったのだが、どういう意味だ。まぁ、でもジゼルの機嫌が良さそうだからいいか。嬉しそうに笑われると私も嬉しくなるのだし。


「ふふ、分からないの?」


「…私は子供じゃない」


「ふふふ。そうだけどそうじゃないのよ」


「……ますます分からないよ」


「分からないならいいのよ。それでも」


「じゃあ、……分かったけど…」


私が口を開く度に笑われると反応に困った。ジゼルは何がそんなに面白いんだ。にこにこしているジゼルは私の頭を撫でるのに満足したのか手を離すと瞳に心配の色を浮かべる。


「ローレン、腕は痛む?」


「いや、痛まないよ」


「そう。今日あなたの検査の結果が出たのだけど血液に魔力が感知されているわ。人狼病の患者と同じように」


「そうか…」


つまり呪いは確定しているのだろう。ジゼルは心苦しそうに口を開いた。


「でも、人狼病のように強い魔力が全身に巡っているようじゃないの。微々たる薄い魔力があなたの身体に在るだけでまだ何とも言えないわ。ただ、ステイサムが調べた話ではあなたは魔女の力を分け与えられた可能性が高いの。あなた自身を変えるために」


それは理解しがたい話だった。

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