第30話


「ローレン。あなたに心配をかけたみたいですね。あなたは大丈夫ですか?」


中に乗り込んで早速話しかけてきたミシェルカは青白い顔はしていない。あんな傷を負ってしばらく目を覚まさなかったとは思えない回復ぶりだ。


「大丈夫だよ。ミシェルカは?」


「大丈夫ですよ。みっともないところを見せましたがもう闘えます」


「良かった。心配してたんだ」


向かい側に座るとミシェルカは小さく笑った。


「魔女は簡単には死にませんよ。それよりも、ラナディスの足取りは掴みましたが情報が得られるかどうかは定かではありません。ディータに襲撃をかけてきたラナディスの残党から情報を得ようとしましたが、彼等には魔術がかかっていて尋問をかけた途端死にました。今回も例外ではないと思います」


「そうか。じゃあ、行ってみないと分からないんだね?」


「ええ。そうなりますが…今回はあなたがいます。どうなるかは分かりませんが期待はできますよ。それよりこれを。ブレイクが作っていましたよ」


ミシェルカは席の傍らに置いていた凝った美しい装飾がしてある黒い防具をくれた。ブレイクは医者なのにこんな事までできるのに驚いた。


「ありがとう。とても軽いねこれは」


「特別な革を使っているんですよ。それを身に付けていれば魔女や魔術師の魔術を受けたとしても即死は免れるでしょう」


「そうか。ありがとう助かるよ」


「帰ったらブレイクに言ってあげてください。それと剣も預かりました」


彼女は立て掛けていた私の剣を差し出してきた。私の剣は物は良かったが装飾のないただの剣だったのにこれまた豪華な装飾が施されていて貴族か何かの剣のようだった。


「あの子は凝り性だから派手だけどかなり良くできた剣になりましたよ」


「うん。ありがとう。気に入ったよ」


黄金の装飾は確かに派手だが自分の剣が戻ってきたので良しとする。彼女は優雅に笑って剣の説明をした。


「あなたの剣は魔術を拮抗するように改良してあります。刃に濃縮した魔術と魔女の血と特別な鉱石をコーティングをしているから魔術で攻撃されても剣で斬れば魔術を消す事ができます。勿論、魔女の魔術に掛かった者も殺す事ができるから危なくなったら心臓を狙うといいでしょう。さすがに魔女は殺せませんが」


「分かった。ブレイクは凄いね。帰ったらちゃんとお礼を言うよ」


「ええ。ブレイクは手先が器用だからなんでも作るんですよ。何か困ったら頼んでみるといいかもしれませんね」


「うん。それより、なんでわざわざ馬車で行くの?馬車じゃないと行けない所なの?」


随分と便利なものを貰ったが気掛かりな部分がある。ミシェルカはいいえと首を振った。


「念のためですよ。カベロに気付かれないように私も極力魔力を感じられないようにしています。魔女は魔力が感知できるので」


「そうなんだ」


「逃げられては困りますからね。それにカベロの目は少し特殊です。目を合わせてはいけませんよ。目を見るだけで魔術を掛けられるようなので気を付けてください」


「うん。分かったよ」


だからあいつと会う時は身体が動かなくなったのだろう。ミシェルカが呆気なくやられたのもそれなのかもしれない。カベロは普通の魔女ではないようだ。


「あと目的地について言っていませんでしたね。やつらの拠点は最近まで紛争していた街です。倒壊してるように見える屋敷の地下を拠点にしてるみたいですね。近くまで馬車で行ったら歩いて拠点に向かう予定です」


「うん。分かった」


「少し距離がありますから馬車ではゆっくりしてください」


一通り説明をして窓の外を眺めるミシェルカ。彼女は最近まで眠っていたのに身体は本当に大丈夫なのだろうか。落ち着いた表情からは何も分からない。

でも、心配したところで私よりは強いはずだ。彼女は魔女だし、あのカベロの妹でもあるのだから。


私達はその後丸二日馬車に揺られながら拠点まで向かった。

ミシェルカとはその間雑談をしたりしていたが彼女は初めて会った時のようにじっと私を見てくる時があって何だか落ち着かなかった。拠点近くまで来て馬車から降りると私はミシェルカに注意をされた。


「ローレン。あなたは私が闘えと言わない限り闘ってはいけませんよ。ブレイクも私もあなたを失くすつもりはないので私に守られていてくださいね」


夕暮れ時を二人で歩きながらミシェルカは読めない表情で笑った。彼女は私に闘わせる気はないようだ。


「もしもの時は私も闘うよ?」


「もしもなんてありませんよ。カベロも魔術師の魔力も感じられませんから何かを得るのは難しいかもしれません」


小さく溜め息を付くミシェルカは一緒に木々の中を歩いているだけだと言うのに当然の如く言ったので驚いた。彼女はこう言っては何だが周りなんか警戒する様子なくただ普通に歩いていただけだった。


「え、もう分かるの?」


「ええ。魔力は見えませんが魔女は風を感じるように魔力を感知できます。魔術師も魔女もどこにいるかなんてすぐに分かりますよ」


「そうだったんだ。凄いね」


魔女の身体は人間よりも良くできている。彼女は上品に笑った。


「もう百年以上生きてますからね。闘いも何も色々してきているし、魔力の感知くらい造作もありません。さて、そろそろのようですが……守りは厳重ではないようですね」


ミシェルカは脚を止めて溜め息を一つ付く。木々の先には拠点と化した街並が見えてきたが倒壊した建物や瓦礫が多くまだ比較的損傷の少ない屋敷の周りには警備のようにラナディスの紋章を身に付けた残党が立っていた。


「どうする?」


「そうですね……。彼等を一人でも生かしておけば争いが起きて人が死ぬのは目に見えていますからこの街に魔術を掛けます」


「え?……全体にって事?」


私はもう一度聞いた。作戦が大胆と言うか考えてもみなかった答えだ。ミシェルカは優雅に笑うと頷いた。


「ええ。そこまで大きくはないですし、ここに民間人がいないのは調べて分かっていますから。あなたは私に付いてきてください」


「……うん。分かった」


本当にこの荒れた街に魔術を掛けるらしいがどのようにするのかは分からない。彼女は髪を後ろに払うとゆったりと歩きだす。私はそのまま言われた通り付いて行った。ミシェルカは本当に何をする気なんだろう。このままではすぐに気付かれて増援が来る可能性がある。気付かれるのは時間の問題だ。

そう思っていたら急に寒気を感じた。ただ風が吹いたにしてはおかしい。だって息が白くなるくらいだ。急激に寒さを感じると同時にミシェルカの足元から一気に地面や周囲の建物が氷だした。彼女が一歩一歩踏み出す度に街全体が氷付けになっていく。そして屋敷の前に付いた時には警備をしていた残党は立ったまま氷付けになっていた。


「魔術が溶けた頃には死ぬでしょう。さぁ、中に入りますよ」


凍ったドアノブに手を掛けて彼女は屋敷に踏み込む。歩くだけでこんな風にしてしまう彼女に私は圧倒されながら続けて中に入るも、中は至って普通な作りであった。居間には机やソファがあって人の気配はするものの地下があるようには見えない。


「地下があるらしいけれど……どこでしょうか」


「敵だ!魔術師かもしれない!剣を構えろ!」


辺りを歩きながら探索していたら奥から出てきた残党三人に剣を向けられる。外の様子がおかしいのに気付いたのだろう、私も剣に手を掛けるもそれは無意味だった。


「ここを取り仕切っている者ではないですね」


襲い掛かろうとした状態のまま彼等は一瞬で氷のオブジェになってしまった。ミシェルカは手をかざしただけなのに力の差がありすぎる。固まって動かなくなった残党を避けて彼女は私に顔を向けた。


「ローレン、奥に行ってみましょう。三下の人間では尋問しても無駄です。ここには情報が得られそうな目星が立っている人間がいますから」


「うん」


奴等が出てきた方に向かうと紙や色々な物が散らばった長机の横に床下に続く階段が見える。この先にまだ敵がいるようだ。私は抜かりないように剣をいつでも抜けるように警戒しながら階段を降りた。一方ミシェルカは軽い足取りで進んで行くが彼女は階段を降りきってすぐに暗闇から現れた敵を瞬時に氷付けにした。


「あと二人ですね」


階段を降りた先は暗がりで目を凝らしても先は見えない。それなのにミシェルカは全て見えているかのように歩きだした。拠点らしく装備があちこちに置かれ食料やベッドも見られるがどこに敵がいるんだ?暗がりを二人で歩いていたら今度は音もなく隠れていたであろう物陰で敵が氷付けにされる。これであと一人、ミシェルカがそう呟いて最後の一人が襲い掛かってきた所を風圧で壁に叩き付ける。闘いもなく一瞬で制圧したミシェルカはそのまま壁に張り付けるように四肢を凍らせた。


「この男ですね。情報が得られると良いですが…」


「帝国の魔女が何しに来た?!俺を殺したって闘いは終わらないぞ!!」


「話をしにきただけですよ」


反発する男に向かってミシェルカは掌を向ける。手から延びる光の糸のような物が男の頭に無数に張り付くと男はすぐに静かになった。何か催眠のような魔術を掛けたようだ。


「大丈夫そうですね。では、尋問をしましょう。カベロの居場所は知っていますか?」


「…知らない……俺は、何も知らない……」


「やはり、ただ協力しているだけで何も教えていないようですね」


さっきとは明らかに挙動が違う男は虚ろな表情で問いに答えた。こいつからできるだけ多く聞き出さないとならない。男に落胆しながらも私も問い掛ける。


「おまえらのリーダーは何処にいる?」


「……分からない。いつも、居場所を特定されないように場所を転々としてる」


「闘いを仕掛けるだけありますね。これじゃ聞いた所で無駄です」


険しい顔をするミシェルカ。確かに彼女の言う通りだ。私達はたまたま拠点を見つけられて話を聞けたに過ぎないようだ。きっとカベロに助言をされている。折角見付けられた手掛かりが無意味に終わってしまう。


「……魔女について知っている事は?」


苦し紛れに私は問い掛ける。これを無駄にはしたくなかった。


「知らない。魔女と直接接触してるのはジェイドだけだ」


「ジェイド?それは一体誰ですか?」


「ラナディスの、我ら反乱軍のリーダーだ」


「そうですか。聞いた事はないけれど主犯の情報が手に入りましたね」


カベロと手を組んだ者の名前だけでは情報が足りない。ミシェルカは考えるように更に尋ねた。


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