第31話


「ジェイドは魔術師ですか?」


「ジェイドは古の血脈だ。誇り高きラナディスの騎士だ」


「そうですか。となると少し厄介ですね。精霊を召喚されたらものの数分で国が滅びかねません。宣戦布告をしている以上国を取り戻すまでは死なないだろうけど…」


魔術師よりも上を行く古の血脈が相手とは思ってもなかった。そうなると普通の人間じゃまず相手にならない。それに彼等はカベロの力を借りてより強い戦士に成り代わっている。


「カベロと契約した内容はなんだ?何を取引した?」


古の血脈がまだ力を欲しているのは分かる。だけれども、まだまだ情報が欲しい。


「我等は、戦力としての、闘う力を魔女に求めた。……何を取引したのかは知らない。ジェイドは言わなかった」


「…はぁ、これだけ分かれば寧ろ良いでしょう。大方カベロは血を求めたでしょうが、そのジェイドは何処でカベロと接触していたのですか?」


「分からない。ただ、ジェイドは、ベシャメルで魔女と契約したと言っていた」


「ベシャメル?」


期待ができなかった問いの返答に僅かな希望が生まれる。私達は顔を見合わせた。


「あそこはカベロにやられた街ですよね。何かあるのですか?」


「いや、何もないよ。変哲のないただの街だった。今はもう街は壊滅しているし」


「……どういう事でしょうか。ベシャメルの何処で契約したのですか?」


「……それは、知らない……」


どういう意味だ?ベシャメルにたまたまカベロが来ていたとは考えにくいし、仮に来ていても人間に紛れているはずだ。魔女なんて今の今迄架空の存在のように扱われていたのにどうやって接触して契約したんだ?あの街は特別な街ではなかった。


「とりあえずベシャメルをあたる他ないですね」


ミシェルカは困ったように呟いた。確かに今はそれしかない。あの街を徹底的に調べる必要があるが、ベシャメルにはあのジゼルと会った丘と湖くらいだろう。どちらもカベロに繋がるとは到底思えなかった。


「あなた、最後にジェイドの特徴だけ教えてくれますか?」


「ジェイドは、右目に切り傷がある。茶髪の男だ」


「そう。ありがとう。助かりました」


にっこり笑う彼女はそう言って男を四肢から完全に氷付けにした。情報は上々に得られたが謎が増えただけだ。


「いい話が聞けましたねローレン」


「うん。でも、ベシャメルが分からない。カベロとどうやってあそこで契約したんだろう……」


「確かに。カベロとは何度か争っていましたが居場所なんて掴めた試しもなかったけれど、ベシャメルに何かあるのは確かですね。ベシャメルで何かをしていたか、はたまたベシャメルを拠点にしているか、どちらかの可能性が高そうです。調べてみないと分からないですが…」


納得のいく推測だった。可能性はどちらもあり得る。この情報がカベロの手掛かりにはなっているのだ。あとは調べてどう転ぶかによる。


「とりあえず帰ってブレイクに話してみましょう。早く調べて何らかの情報を得たいところですし、早く手を打たないと罪の無い人間が死にます。この件は私達に任せてください」


「うん」


「それにしても情報は得られない可能性があると思っていたから良かったです。今迄のカベロの痕跡や目撃情報は本当に微々たるもので何も特定できなかったので。まぁ、調べるとしたら骨が折れそうですが……。とりあえず出ましょうか?」


返事を返すと一緒に出口に向かった。

彼等と契約した事によってカベロの情報が得られるのはある意味特だったかもしれない。


「持ち物とかは調べないの?」


ミシェルカは特に調べる素振りを見せない。これだけで出て行くのは勿体なく感じる。しかし、ミシェルカは特にこちらを見ずに言った。


「いいんですよ。さっき歩いてる時に見たけれど彼等にしか分からないように暗号化されているようです。それに、仲間にすら居場所を教えていないのならそんな情報を残すはずがないですよ」


「そう……だね。確かにそっか」


「もう有力な情報が得られたのだし、あとはもう帰りましょう。帰ってからが忙しくなりそうですね」


彼女の考えは正確だ。この情報だけで申し分ない成果なのだ。あとは魔女である彼女達に任せれば何か分かるはずだ。


そうして外に出た時だった。

ミシェルカの魔術で凍てついていた街を歩いていたらミシェルカは急に脚を止めた。


「ローレン、構えてください」


「え?」


彼女は微笑みを崩さずに残念そうに言った。


「何事もそんなに簡単にはいきませんね」


ミシェルカが言い切ったと同時に周囲に幽鬼が現れた。ベシャメルで遭遇した時と同じようにおぞましい姿の幽鬼は前にも後ろにもいて私は剣を抜いて構えた。


「ごめんなさいローレン。後ろをお願いできますか?カベロの幽鬼は魔術を使います。少し厄介だから気を付けてください。確実に仕留めないと永遠に闘いは終わりませんよ」


「うん。分かった」


「一分も掛からないと思いますが堪え忍んでくださいね。その剣があれば攻撃は通るので死なないように」


「うん」


ミシェルカに背を預けるも私の前には幽鬼が二体。ミシェルカは九体も相手にするんだから私は楽な方とも言える。私は幽鬼に仕掛けられる前に駆け出した。こいつらは動きが早い訳ではない。魔術を使うのであれば使われる前に止めを刺せばいい。私はまずは一体の幽鬼の心臓を目掛けて剣を突き刺した。ゆらゆらと揺れてはいたが攻撃される前に動いたおかげで一瞬で間合いを取れた。


よし。これで、あと一体だ。そう思って剣を抜こうとしたら幽鬼は突然弾けるように爆発した。


「くっ!」


瞬時に下がったものの薄汚い骨の破片が飛び散って顔や腕に傷を負ってしまった。最初からやられるのが分かっていたのだ。まんまと嵌められてしまったが倒さない訳にもいかない。

私はすぐにもう一体に身構えた。

漂いながら青い炎を放つ幽鬼の炎を剣でなぎ払う。炎はミシェルカが言っていた通り消滅した。


魔術に応戦できている。だけど止めを刺せばまた爆発する。私は幽鬼の放つ魔術を剣で斬りながら間合いを積めた。そして切っ先で倒せる範囲まで距離を積めるとさっきよりも離れた距離で心臓に突き刺した。

あとは距離をできるだけ取ればさっきよりは怪我をしないはずだ。


即座に下がろうとしたその時、幽鬼は青い炎で瞬時に塵と化した。


「随分剣の腕が立つんですねローレン。人間が幽鬼を二体も倒すなんて簡単にできる事ではありません」


青い炎を放った本人であるミシェルカは無傷で笑っていた。私の倍も数がいたのに流石は魔女だ。


「怪我は平気ですか?」


「うん。浅い傷だから大丈夫だよ。そこまで痛くない」 


「怪我をさせてごめんなさい。心配なので手当てをしましょう。感染症を起こしたりしたら大変です。こちらに来てください」


言われた通り近寄ると綺麗なハンカチで顔の血を拭かれる。大きな怪我はしていないし少し恥ずかしくもあるので私はすぐに断った。これくらいの処置は自分でもできる。


「ミシェルカ、あの、大丈夫だから。やっぱりいいよ」


「ダメです。あなたの事はブレイクにも言われてますから。……これは」


ハンカチを持っていたミシェルカに魔術を掛けられて痛みが引いた時、ミシェルカが指に付けていたシルバーの指輪の赤い石が異様に光っているのに気付いた。彼女らしい美しい指輪は禍々しく赤く光り続ける。


「早く帰りましょう。家族が呼んでいます」


「どうしたの?」


「この指輪は何か危機があれば知らせる役目をしています。ディータで何かあったようですね」


「え?」


またカベロが現れたのか?落ち着いた様子で話すミシェルカは私の手当てを施してから言った。


「今すぐ魔術で帰りましょう。ついてきてくださいローレン」


空間に黒い渦を作り出したミシェルカと共にその渦の中に入った。焦る気持ちを落ち着けながらすぐに見覚えのあるブレイク達の城に着く。城には何か変わった様子はない。二人で広間まで行くと絵画に入って行こうとしていた魔女がいた。彼女はミシェルカを見て驚いて話しかけてきた。


「ミシェルカ!ブレイクがカベロと闘ってるわ!」


「ブレイクが?カベロがまた攻めてきたの?」


それだけでも動揺してしまうのに次の発言に私は肝が冷えた。


「違うわ。人狼に魔術を掛けたみたいで更に強力な獣に変えてしまったのよ。ディータから少し離れた所に人狼達の治療のための施設があるんだけど、皆カベロに操られて暴走してしまってる。近くの森林で私達もどうにか対処してるけど施設の人間が何人か死んだわ」


「そう。私も行きましょう。早くしないとブレイクも危ない」


「…魔術師は?!施設の人間の中に魔術師がいる!どうなったの?!」


あぁ、どうして?嫌な予感がする。つまり、フィナや他の人狼病患者があの狼の姿で暴走しているのだ。そんな危機に彼女がいないはずなかった。


「魔術師の魔力は感知できるけど分からないわ。ブレイクがあそこに魔術師と人狼を治すために行っていた時にカベロが来たの。あそこにはラナディスの奴らもいるわ。生きてる可能性はあるけれどあの混乱じゃ時間の問題よ」


「……そうか……。じゃあ、じゃあ早く行こう。私も行く」


ジゼルが危ない。彼女は古の血脈だが相手が悪すぎる。私では刃も立たないかもしれないが待ってなんていられなかった。ジゼルが死んでしまったらと考えると役に立たないからと言って何もしないのは自分が許せない。


「あなたは危険すぎます。人狼は元々カベロの支配下にあるんですよ。あれは魔女でも危険です。あなたは闘うのではなく生きている人間を救出してください。私達は先に向かっているから馬で来てください。いいですね?」


「分かった。すぐに向かう」


「ええ。敵は私達に任せてください。先に行って待っていますよローレン」



ミシェルカは微笑んで仲間の魔女と魔術を使って先に行ってしまった。正直ありがたかった。妥協して理由を与えてくれたのなら急ごう。彼女が危ない。どうか無事でいてくれ。

私は絵画を潜ると医術師会に向かって馬を出した。携帯用のランタンを付けて薄暗い道を馬で駆ける。

ディータの街並みが何も変わっていないのはブレイク達が食い止めてくれているのだろう。

その証拠に街を出て人狼病の施設に続く森林に近付くと遠くで何かの衝撃音が聞こえたり、獣の遠吠えのような鳴き声が響く。不安は増すばかりだった。

この森林の中に人狼病の患者がいる。そしてラナディスのやつらもいるのだ、抜かりないように気を付けないとあっという間に死ぬ。ジゼルを見つけるまでは死ねなかった。


森林の入り口までくるとさっき別れたミシェルカが私を待っていた。彼女の前で馬を止めると彼女はにっこりと笑う。


「早かったですね。こっちは幽鬼がどこからでも沸いて出てきているのとラナディスの残党がこの森林に潜んでいるのでそちらの対応をしています。人狼は申し訳ないですがああなってしまっては戻せませんので何人か殺しましたがまだいる可能性があります。魔力の反応がありすぎて数が分かりませんが気を付けてください。私も助けに向かいたいけれどブレイクの加勢に向かわないとこのままじゃブレイクが死にそうなので私はそちらに向かいますね」


「魔術師は?!ジゼルを見なかった?!」


今の状況が悪すぎて絶望感に苛まれる。焦りと不安に押し潰されそうだ。ミシェルカは森の方を見ながら言った。


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