第29話
「フィナ、一緒に行くんだから隣においで」
「……」
フィナは無言だったけど隣に来てくれてほっとする。後を歩かれてはこれから出掛けると言うのに変である。私はそれからフィナを連れて外に出ると馬のもとまで歩いた。しかし馬のもとまで来るとフィナは馬から離れた所で足を止めてしまった。
「フィナ?どうしたの?」
「……」
フィナは馬をじっと見つめて動かない。これはもしかして、怖いのだろうか。ジゼルが怖がりだと前に言っていたが、反応が無さすぎて分からない。とりあえず声をかけよう。
「フィナ、おいで?この馬はおとなしいから大丈夫だよ」
「……」
「フィナ、怖い?」
「……」
聞いた所で反応は返ってこないのだが、これでは乗せられない。私は困りながら馬の首を撫でて見せた。とりあえず恐くないのを分からせれば良い。
「ほら、触ってもおとなしいから大丈夫だよ。フィナも触ってごらん?」
馬は心地良さそうに撫でられて動かないのをしばらく見つめていたフィナは無言で私の隣まできた。そして無表情のままゆっくりと手を伸ばして馬に触れる。これなら大丈夫そうだ。
「この子は振り落としたりしないから大丈夫だよ。じゃあ、乗ろうかフィナ」
フィナの恐怖が薄れた所で先に馬に乗ってから鐙に足をかけるように言ってからフィナを乗せた。フィナはジゼルよりも軽くて小さくて驚いたがジゼルを乗せる時のように後ろからしっかり支えた。フィナが落ちないように鞍にしっかり掴まらせると私は馬を走らせた。
「フィナ、大丈夫?」
「……」
「揺れて恐かったら私の腕を掴んでてもいいよ」
フィナは馬に乗っても表情が変わる事はなかった。ただ真っ直ぐ前を見ていて、楽しませてあげられているのかも分からない。今日は天気が良くて風もなく走らせるには好条件なのだが……、私は何度かフィナの様子を窺いながら話しかけて医術師会に向かった。
医術師会に着くとジゼルと何故かファドムが迎えてくれた。それは意外な出迎えだった。ジゼルは穏やかな表情なのにファドムは怒っているのかと思わんばかりの顔をしている。彼はあれが普通なのだろう。医術師会の前で待っていたジゼルを見つけたフィナは馬から降りてすぐにジゼルのもとに向かって行った。ジゼルはそんなフィナを笑って抱き締めていた。
「フィナ、どうだった馬は?楽しかった?」
「……」
「ふふふ。良かったわね。風が気持ち良かったでしょう?今日は天気が良かったから」
ジゼルの問いかけにフィナは無言で頷いていた。私には何も反応してくれなかったけれど楽しんでくれて何よりだ。ちょっと安心していたらファドムはフィナに無愛想に話しかけた。
「フィナ、体調は悪くないのか?何か不調があればジゼルに言うんだぞ」
「……」
「ファドム、もう少し優しく接してあげて。フィナが怖がるわ」
「……私はこれでも優しく接している」
フィナの肩を抱くジゼルはファドムに注意するもののファドムは小さくため息を付いていた。彼はジゼルには弱いらしくて笑いそうになるのを堪えた。私とは大違いだ。
「……まぁ、前よりは良くなっているようなら良い。それより、今日は少し肌寒い。これを着てけ。ケープだ」
ファドムはさっきから持っていた明るいブラウンのケープを渡した。誤解を招きそうな態度をしているくせにフィナを気に掛けていたらしい。彼は優しい癖に不器用である。
「フィナ、良かったわね」
「……………………」
フィナはケープを握り締めてお礼を言おうとしたのか口を開いて戸惑って急に表情を曇らせて俯いてしまった。それは何だか苦しげに見えて、すぐにジゼルはフィナの頭を撫でながら優しく声をかけた。
「大丈夫よフィナ。大丈夫」
「……」
「無理に言わなくてもいいのよ。フィナの気持ちは分かるから。だから大丈夫よ」
ジゼルは安心させるように言うとまた肩を抱いて優しく擦ってやっていた。フィナは事情が複雑だから本当に話す事が難しいのだろう。ファドムは顔をしかめたがフィナの頭を軽く撫でて手を離す。
「私は好きでやっているから礼など不要だ。……フィナ、今日はジゼルと楽しんでこい。これから出掛けるのにそんな顔をするな」
「……」
「……またフィナに服をやる。それに、欲しいものがあればジゼルに言っておけ。私が何でも買ってやる。じゃあな」
結局最後まで不器用なファドムに思わず微笑むと睨まれてしまった。素直云々ではなくジゼルが言っていた理解しにくい優しさをもっと分かりやすく伝えたら良いものを、他に言い方はなかったのか。彼は何時ものように気に入らなさそうな顔をして行ってしまった。そんなファドムをジゼルと見送って二人で笑い合う。ジゼルもたぶん同じように思ったのだろう。
「そろそろ行こう」
「ええ、そうね。その前にフィナにケープを掛けてあげる」
フィナが持っていたケープを掛けてやるとそれは良く似合っていて可愛らしかった。明るいブラウンが目を引く。
「可愛いわフィナ。良く似合ってる。さぁ、行きましょう」
ジゼルはフィナの手を引いて歩きだした。
私はそんな二人について歩きだした。
ジゼルは街を案内しながら度々店に寄ってはフィナの興味を引いた物を買ってあげていた。フィナは言葉を発しないし表情は特に何も変わりはなしなかったが、ジゼルは楽しそうに気持ちを汲み取って笑っていたのでフィナは楽しめているのだろう。
ジゼルはとても不思議だった。フィナはジゼルの話に頷きはするものの頷かない時もある。なのにフィナの好みや感情を理解してあげている。何をどう見てあげているのだろうか?そこまで分かれる程情報がある訳ではないのに言葉を交わしているかのように易々と理解しているジゼルには凄いとすら思った。
「フィナ、次はね、本が沢山あるお店に連れて行ってあげる。フィナの好きそうなのが多かったからずっと連れて行きたいと思っていたの」
「フィナは本が好きなの?」
フィナの手を優しく引くジゼルは少し私の顔を見て応えた。
「ええ。フィナは読書が好きなの。特に花や星だったり、自然に関する本が好きなのよ」
「そうなんだ」
「今日行く所は珍しい本が沢山あるから、あなたも楽しめると思うわ。ほら、ここよ」
脚を止めたジゼルはとある本屋に入っていく。中はずらっと本棚にびっしり本が入っていて店内は変わった様子はない。すたすたと店内を歩くジゼルはある一角で脚を止めた。
「ここの本棚は殆ど自然に関する本なんだけど……これとかどうかしら?絵も付いてるのよ」
何冊か本を取り出したジゼルは適当に本を開いて見せた。その本は星座について書かれていて分かりやすい絵と共に解説をされていた。文字がびっしり書かれている本よりも親しみやすいものだ。
「……」
「ふふふ。気に入ったみたいね。良かったわ」
フィナは少し目を見開いてじっと本を見ていた。確かにこれは気に入ってくれたようでジゼルと共に笑う。ジゼルはそれから何冊かフィナに見せてあげて、フィナは食い入るように見つめていたから私も何冊か取ってから見せてあげた。
「フィナ、好きなのを買ってあげるよ。気に入ったやつはあった?」
フィナは表情はないけど興味を持っていて楽しそうなので私は聞いていた。ジゼルが汲み取っていたのはこういう事なのか、ジゼルは本を見ながらフィナの頭を撫でる。
「良かったわねフィナ。どれにする?」
「……」
「これはどう?こっちも興味深いけれど……」
ジゼルが広げた本をじっくり見てから私が広げた本にも視線を向ける。フィナは何回かそれを繰り返すとジゼルが広げていた星座の本を黙って掴んだ。思わぬ意思表示にジゼルはクスリと笑った。
「これにするのね。ローレン、フィナはこれが欲しいって」
「うん。じゃあ買ってくるよ」
何も言わなければ表情もないけれど私は喜んで本を受け取ると会計を済ませた。本を買ってやれて良かった。喜んでいてくれているのかなと思うと何だかニコニコしてしまう。
本を買ってからお茶をしていたらもう日が傾き始めていた。
充実した一日を過ごせたが、フィナの帰りが危なくないように私達は早めに医術師会に戻る。すると医術師会の前には馬車が停まっていた。誰か先客が来ているようだ。
「馬車だ。誰だろう?」
呟きながら馬車を見ていると馬車の影からブレイクが出てきた。男の姿をしたブレイクは私達を確認すると目礼した。
「ブレイク、元気そうで安心したわ」
「ジゼルも元気そうで良かった。君にも話したい事があるがその前に準備が整った。ローレンを借りていく」
どうやらもう時間がきたようだ。やつらの本拠地に向かうらしい。ブレイクは私を見てからジゼルに向き直る。
「無事に返す精一杯の努力はするよ。カベロの動きが読めないからディータにまた攻められた時のための警戒もしてる。何かあった時はジゼルの助けが必要になるだろうが…」
「ええ。私も協力できる事はするわ」
「頼もしいよジゼル。ローレン、馬車に乗れ。中にミシェルカがいる。残党の拠点まで向かうから道中で詳しく話を聞くと良い」
「うん。分かったよ」
これからはブレイクが言った通り無事に帰る努力をしないとならない。ジゼルとの約束を守らないと。しばらく会えなくなるだろうから私は笑ってまずはフィナの頭を撫でた。
「フィナ、今日は楽しかったね。また出掛けよう。次も本を買ってあげるよ」
「……」
フィナは私が買ってあげた本を小脇にしっかり抱えながら私を見た。何も言わないが次回がとても楽しみである。もっと感情が出るようになれば尚の事嬉しいが。
私は手を離すと次はジゼルに視線を向けた。ジゼルは複雑そうに顔を曇らせるも私の手をそっと握った。
「気を付けてね。ローレン」
「うん。無事に帰ってくるよ。ジゼルも気を付けて」
「ええ……」
不安を与えないように明るく笑う。ジゼルは少し目尻を下げて笑ってくれた。だけど、それが悲しげにも見えて私は何と言えばいいか分からなくなる。
「……ジゼル」
少しの沈黙の後、ふと今日一日言葉を発しなかったフィナがジゼルを呼んだ。ジゼルを見つめるフィナは無表情ながらジゼルを心配したのだろうか、ジゼルは驚いて何時ものように笑った。
「大丈夫よフィナ。ありがとう」
「じゃあ、行ってくるよ」
「ええ。帰ってくるのを待ってるわ」
「うん」
手を離したジゼルに笑って私は馬車に乗り込んだ。
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